十魔王

nionea

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萬魔の王

9.

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(バケモノ? 俺が?)
 投げ付けられた言葉にナークの中では疑問が渦を巻く。
 彼は自分の家に戻された時に自分の体をひとしきり確認していた。頭に角など無い。尻に尾も生えてなければ、背に翼もついていない。皮膚だって、手足の爪だって何の変質もない。舌でなぞって確かめたのだ歯も変わっていない。
 化物と呼ばれる理由が解らなかった。
「待ってくれ、俺は」
「黙れ!」
「ドーグもお前が殺したんだろう!」
「知らない!」
「お前だ!」
「待ってくれ、ドーグが殺されたなんて…」
「じゃあ、どうして消えたんだ!」
「お前以外居ないだろう!」
「俺は、化物に連れていかれたんだ! でも、戻って…」
「嘘だ!」
「化物の仲間になったんだろう!」
「オレ達も殺すつもりだろっ!」
 口々に投げかけられる言葉に必死に反論しようとするが、誰かに向いている時に他から否定の言葉が上がり、会話が成り立たない。
(なんだ…殺したって…なんで俺が?)
 ドーグは彼とは村を挟んで反対側の外れに住んでいた狩人だ。ほとんど交流はなかったが顔くらいは知っている。ただ、それだけの相手だ。ドーグが殺されたなど、全く知らない。なのに、その犯人が自分だと言われ、化物だと言われ、凶器を手に村を出て行けと追い立てられている。
(なにを、どうして)
 勢いに押されて思わず後退しながら、彼は自身の無実を証明する方法が全く解らない。
 言葉をなくし、怯えたように退くナークを見ても、村人達の警戒心は揺らがず、その敵意はむしろ膨れ上がっていく。
 彼は、解っていなかったのだ。
(何で、俺がバケモノなんだよ…違う…あんなのは違う)
 自分が化物の卵を産んだ事が村人達に知られているのか、と、そんなはずがないのに思い詰めていく。
 だが、勿論村人達にはそんな事が解るはずもない。村人達はもっと単純な彼の変化に驚き、恐れを抱いていた。彼自身が見える範囲では解らない、その髪と目を恐れていたのだ。
「どこかへ行けっ!」
「化物!」
「消えろ!」
 彼がサーラに見た、自身に通じていた容姿。その、かつて茶色だった髪は、今、真っ白になっている。
 それだけだったなら、村人達は恐れながらもナークの話を聞いてくれたかもしれない。化物にさらわれたという話を信じ、よほどひどい目にあったのだろう、と同情すらしてくれたかもしれない。だが、無理なのだ。何が有ろうと変わるはずが無いと、濁ったり血走るようになる事はあったとしても、瞳の色が変わるはずが無い。そう信じているのだから。
 ナークの緑だった瞳が、まるで猫のように金色になっている事を、村人達は決して好意で受け入れる事などできない。
「待って、待ってくれっ…」
 自身しか知るはずがない恥辱と苦痛を知られているかと怯み、よろけるように後退していく彼は、道のへこみに足を取られて尻餅を付いた。
「ま…」
 ナークが呆然と見上げる先で、鉈をもつ男の手が振り上がっている。
(なんで)
 自分が殺される。その理由は解らないまま、襲い来るその刃を見つめていた。
「………」
 体に衝撃を感じ、彼はその温かさに戸惑う。
(なんで…?)
 背中を斜めに走る傷から赤い血を流して、サーラはナークにしがみ付いていた。
「なんだ!?」
「子供…」
「何処から!」
 鉈を振り下ろした男も、その周りにいた男達も、突然現れた茶色い髪の小さな少女の存在に戸惑う。
「サー…ラ………サーラ?」
 ナークは村人達よりもよほど混乱しながら、その小さな体を揺すり、名を呼びかけた。だが、ぐったりとしたサーラの瞼は閉じたままだ。小さな体から流れ出ている血が、彼の服どころか地面に広がっていく。
「サーラ!」
 確かにその存在に怒りを憶えていたはずなのに、腕の中で力なく、冷たくなっていく体を抱いていると、どうしようもなくその命を助けなくてはならないと感じた。何度も呼びかけ、揺すり、意味が無いと解っていながら傷を塞ごうとその背に手を押し当てる。
「誰か、誰か助けてくれ! 誰かっ…バケモノでもいいからサーラを助けてくれっ!」
 サーラの体に顔を埋めるようにしていたナークは村人達の怒号と悲鳴を聞いて顔を上げた。
「あ…」
 黒く蠢く影を背後に、バケモノが立っている。
 自分の見ているものが希望なのか絶望なのか、判断はできない。唇の震えも、頬を濡らす涙も、恐れからなのか歓びなのか。ただ、禍々しいものと対峙しているようには思えない。
「助けて、サーラが…」
「戻るのか?」
 赤く染まり始めた空の下で、黒い影が問いかけた。
 助けてくれという懇願への答えには思えず。揺らぐ瞳で呆然と見返した。
「サーラを助けて」
「戻るのか?」
 もう一度、同じ言葉が繰り返される。
 彼は、一度、首を縦に振った。
「解った」
 黒い影がドーム状に覆い、消え去った時。そこには彼等の存在はおろか、サーラが流したはずの血さえ残っていなかった。村人達は、黄昏時の道の上で、呆然と立ち尽くすのだった。
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