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第一章:結婚

2.見合い

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 ミスティは席を立つと、スカートを少し持ち上げ膝を折ってみせる。
「本日は、お招き賜りまして誠にありがとうございます。オークラント家が長女レナ・ミスティと申します。どうぞ、以後お見知りおきの程を」
 そう言って立礼を取ると、再び椅子に座り微笑んだ。
 この時、イジェス家の使用人一同の思考はほぼ一致した。

 この方なら!

 女性に対し気配りというものが一切出来ていない若様の事を気にしないかもしれない。
 仕事をする事が何よりの生きがいで結婚相手を仕事の障害か何かだと思っている坊ちゃんの事を気にしないかもしれない。
 常にイライラとして余裕の無い若君の事を気にしないかもしれない。
 結婚は家がする事だとか思ってる頭のおかしい坊ちゃんの事を気にしないかもしれない。
 なまじ早くにお母様を亡くされ女性が家にいるという事を理解できない若君の事を気にしないかもしれない。

 婚約してくれるかも知れない!

 そんな重たい期待を全方向から向けられている事など気付きもしないミスティは、
(ちゃんとはきはきと喋れたわ。後はお話をきちんと聞いてすぐにお返事ね)
と、満足気にしているだけだったが。
 丁寧に巻かれた艶のある銀の髪を、生花を使った花飾りでふわりとまとめて、茶色の肌を淡い黄色のドレスで包んだミスティは、笑顔を浮かべて椅子に座っている。その青い瞳の先に居るのは、懐中時計を見下ろすエットだ。
 エットの容姿は、話に聞くイジェス家の領地がある北方らしさの塊だ。象牙のような色白の肌、金の髪に庭園で艶めいている緑と同じ色の目。背が高く、二十歳という年齢の割にがっしりとしていて、顔の彫も深い。
(北の方は皆さまエット様のようなのかしら。そういえば、家人の方も皆さま色白でいらっしゃるわね。女性も背が高くて、手が長いから、きっと足も長いわね。すらっとして格好が良いのね、素敵だわ)
 口を差し挟める立場にない使用人達が、何時までも黙っているエットにハラハラしている中。ミスティはのんびりとそんな事を考えている。
「オークラント嬢」
 懐中時計を仕舞ったエットの呼びかけ方に使用人一同が鋭い視線を向けるが、彼は眉を寄せた表情を崩さない。
「はい」
 ミスティはすぐに返事をできた事に満足していて、そんな場の空気には気付かない。
「申し訳ないが仕事が立て込んでいる。話す事が無ければ場を終わりにしたいのだが」
 話す事が無いのではなく貴方が話しかけろ、と使用人一同は視線の圧を強めるが、彼はそれら一切を無視した。
「かしこまりました」
 ミスティはエットの言葉に変わらず笑顔で頷く。
 その頷きを見届けて、侍従が引き留めようとするのを無視したエットは、ミスティを見送りもせずその場を去って行った。
 使用人一同は、ただでさえ白い顔を蒼白にして落胆しきりだ。とはいえ、主が場をお開きにしてしまったのに主の客であるミスティを引き留める術はない。また駄目だった、と肩を落としながらミスティを玄関まで案内するだけだ。
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