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父上ー、母上に言いつけますよー!!

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 満足そうに頷くリリーシアの愛らしさに悶えたルカであるが、次の瞬間にはおちゃらけるように肩をすくめ、棒読みな言葉をルフェーブルに向かって投げた。


「父上ー、独裁政治に職権濫用を行うようなら、母上に言いつけますよー!!」


 瞬間、王妃を溺愛する国王は、借りてきた猫のようにおとなしくなる。


「えぇーっと、バカドールだっけ?私の名前は、ルカーシュ・セオドア・リオネル。リオネル王国の第2王子だよ」


 周囲から起こるどよめきは、彼がどれほどの期間この国を不在にしていたかを示すようであった。

 10年という月日は、人々が思っているよりもずっと長い。
 それが幼少のみぎりとあらば、なおのことだろう。


(………懐かしいですわね、この挨拶)


 この中で唯一、場違いにも感傷に浸っているリリーシアは、彼との初めてを思い出していた。


 ———あれは、確か8年前の出来事だったはずだ。

 商売で隣国を訪れた際、まだ当時6歳だったリリーシアは、取り引きのために招かれたお客さまの邸宅のお庭で迷子になってしまった。
 美しく咲き乱れる薔薇の迷路の中で、お供の者とも逸れてしまったリリーシアは、ひとりぐずぐずと泣きじゃくっていた。

 そんな時、彼は現れたんだ。

『うわっ、天使さまだ』

『てん、し………?』

『え、あ、ちが、その………、………君、迷子?』

 軽い口調と質の良さが窺える重厚な服のアンバランスさに首を傾げたリリーシアは、真っ赤な顔をした彼に、ルカに、一目惚れした。
 今よりも柔らかい黒髪も、丸みを帯びた深紅の瞳も、何もかもが美しくて、でも、愛らしい。
 大人になりかけの子供という微妙な立ち位置が生み出す美の至高に、リリーシアの頬は赤く染まり上がった。

『お、おーい、………あれれ?よくよく考えてみると、僕ってめっちゃ不審者じゃん。うーん、………、』

 伏し目がちに首を傾げる姿も、大変美しい。

『えぇーっと、リールー伯爵だっけ?その娘さんかな?僕の名前は、ルカーシュ・セオドア・リオネル。リオネル王国の第2王子だよ』

 この後、リリーシアはルカーシュによって無事邸宅へと送り届けられ、両親の腕の中で号泣した。


 そして、———現実を知った。

『リリーシア。ルカーシュ殿下にいくら好意を寄せられたとしても、恋をしてはいけないよ。殿下とお前では身分が違うのだから』

 父に言われた言葉に、リリーシアは必死になって反抗しようとした。

『で、でも、伯爵家の人間がお妃さまになった歴史だってありますわ!』
『それはお父君が騎士団長や宰相であるという特別な場合のみだ。お前が殿下の隣に立てたとしても、それは妃としてではない。妾としてだ』

 歳の割には大人びて賢いリリーシアには、父の言葉が痛いほどに理解できてしまった。

 でも、諦められなかった。
 諦めたくなかった。

 リリーシアは、その日から、彼に恋をした日から、学びを増やした。
 知識という知識を貪欲に吸収し、父の商談にちょこまかとついて行っては、顔を繋ぎ、恩と信頼を売った。
 隣国の商談の場では、必ずと言っていいほど、何故かルカーシュがいて、リリーシアに熱い視線をくれて、甘い言葉をくれて、リリーシアはそれが堪らなく嬉しかった。

 少し年齢が上がってからは、自らも商売に携わるようになり、自らに眠っていた並外れた商才によって、一気に成り上がった。

 その頃から、有力貴族との縁談がいくつも浮上したが、リリーシアは一向に頷かない。
 何故ならリリーシアは、この期に及んでもまだ、夢を捨てきれていなかったからだ。

 両親はなんとしてでも諦めさせたかった。


 だがしかし、リリーシアはもっていた。

 自らの望みを手に入れるための強運を。


 3年前、王妃が病気を患った。

 病の治療には、半鎖国状態の国家のみで自生するとある植物を使用する薬が必要だった。
 なんとまあリリーシア、世界に数名しかいないその国との貿易許可証を持つ人間だったのである。

 この時リリーシアは、持つべきはあらゆる国の貿易許可証だと確信した。
 身も蓋もない気づきである。

 そんなこんなで、王妃の薬作りに大いに貢献したリリーシアは、もちろん国王夫妻にいたく気に入られ、とんとん拍子でルカーシュの隣を手に入れた。

 両親は唖然とし、そして、苦笑しながらも祝福した。
 この子ならばやりかねないと思っていたが、本当にやるとはなという呟きを、リリーシアは聞かなかったことにした。


「リリー?」

 愛おしい人の呼びかけに、リリーシアの意識は浮上する。
 心配そうな表情をしたルカーシュの腕の中に囚われているリリーシアは、微笑んだ。


「なんでもありませんわ」

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