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笑顔のために【リョウside】

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私、リョウは非常に悩んでいた。

それは目の前でしゃくりあげながら何かを忘れるように勉強に取り組むキョウスケ様のことである。


キョウスケ様がずっとプレ・デビューを楽しみになさっていたことはメイドや執事、果てまでコウダイ様直属の部下までよく知っている。それゆえ、今回の判断は非常に悩ましいものだったと理解してほしい。
夫婦に拍車をかけた当人であるトオル様も、この落ち込み気味にはさすがに申し訳なくなるようで、勉強に打ち込むキョウスケ様に何度もお茶を進めるが、キョウスケ様は聞く耳を持たない。

キョウスケ様は窓を見ながら何度もため息をつく。
この部屋からはお城が見える。もう今頃、コウダイ様とカナコ様はお城に到着なさっているだろう。つまり舞踏会は始まっている。
まるでおとぎ話のシンデレラのようだ。シンデレラと違うのはキョウスケ様が男であることと誰にも虐められなんてしてないことだが、結果的に同じになってしまった。

「キョウスケ様、可哀想ですわ…。いつも当主になるための勉強を頑張ってらして、自由のない生活にも泣き言一つあげないのに」
「私も胸が痛いです。今日は本当はお休みなはずなのに、自主的に勉強されて…」

控えているメイド達が口々に言う。

キョウスケ様はメイドや執事達にとても人気が高い。無論、コウダイ様やカナコ様も非常に親切にして下さるのだが、どうしても可愛らしいキョウスケ様が挨拶してくださるだけでメイドからは嬉しい悲鳴が上がる。
料理人や庭師も、キョウスケ様が褒めていたと知らせるだけでその日の夕食が大変手が込んだものになる。


「リョウ様、僕から言うのもなんですが、今からでもキョウスケ様を王宮に行かせられないでしょうか。どうしてもあんな姿のキョウ様を見ているのがすごく辛くて…。王宮に行かれて騒がれるのも嫌だったんですが、キョウ様が辛いのが今は辛いです」

トオル様が泣きそうな顔で訴えてきた。

トオル様もキョウスケ様のことを大変慕っている。お二人は滅多なことがない限り一緒にいて、いつも楽しそうに笑い合っている。
コウダイ様やカナコ様はキョウスケ様をすごく愛していらっしゃるが、身分上領地の視察などもあってお忙しい方でもある。そのためトオル様が来る前までキョウスケ様は一人になることもあり、我々も心苦しかったが、トオル様が来てからキョウスケ様がおひとりになることはなくなった。


「キョウスケ様…」

その小さな背中はいつにもなく弱々しく見えた。
表情は見えないが、笑っていないことだけは確かである。
私の勝手な願いではあるが、キョウスケ様にはいつも笑顔でいて欲しい。

私はリョウ・フィデリス。コウダイ様に仕える忠実なる部下。
しかし、コウダイ様のいないこの場を任された最高権力者である。


コウダイ様申し訳ありません。
私はキョウスケ様の笑顔を優先致します。


「アンナ、ユミ、洋服の準備を。なるべく目立たない地味な服を」
「! リョウ様!」
「かしこまりました!」

「ユウジ、厩の者に三頭速い馬を準備するよう伝えてください。それからソラ、私の直属の部下のあなたにこれからの屋敷の全権限を譲ります。何かあったら王城へ早馬を。警備は強化し、何者にも今から起こることを知らせないように。闇の者にもそのように伝えてください」
「承りました」
「かしこまりました、リョウ様。安心してください、我々メイド執事部下一同、騒動のことは存じております。今日は特別な日にございますから、使用人が数人追いかけた・・・・・・・・・・・としても誰も気づきませんよ」

力強くこちらを見上げたソラに思わず笑みが零れる。

「キョウスケ様、こちらにお着替え下さいませ」
「トオル様はこちらです!」
「ええ、なに、なにこれ?」

「リョウ様…!」
「ええ、トオル様、どうぞご内密に。今から貴方様二人は私の部下。旦那様に忘れ物があったので今から届けに参りますよ」
「はい!」
「え、父さまの忘れ物…?」

まだ状況が上手く飲み込めていないキョウスケ様は困惑した表情でメイドになされるがままに着替えさせられている。

間もなく、部下から馬の準備が出来たと報告を受ける。

「キョウスケ様、馬は乗れますよね」
「? う、うん、乗れるけど…」
「城につきましたらくれぐれも私から離れないでくださいね。城には大勢の方がいらっしゃいますから。それから今からのことは誰にも話しちゃいけませんよ」

「城」という言葉に、察したのかキョウスケ様の表情がパアッと晴れていく。

「うん!うん!絶対話さない! ありがとう、リョウさん!」
「リョウ様、ありがとうございます、本当に…」
「いえいえ。キョウスケ様の良さをあまり周囲に知られたくなかったのは私も同じですから」



「キョウスケ様、トオル様、リョウ様!いってらっしゃいませー!」
「キョウスケ様、楽しんでらっしゃってくださいねー!!」
「三人ともお気をつけて!!」

数人のメイドや執事が見送りに来ている。
私は振り返って頷くと、馬に跨った。

「飛ばしますよ。王家への謁見が始まる前には戻りましょう。謁見が始まると大広間から抜けることが困難になりますから」
「行けるだけで満足だよ! すっごく嬉しい!」
「キョウ、手綱しっかり持って。僕から離れちゃだめだからね」
「うん!」
「キョウスケ様が喜んでくださることが私の喜びです。さあ、お二人共、行きますよ」

手綱を強く引くと、馬がいなないて走り始める。
あっという間に遠くなる屋敷。 

難なく着いてきている二人にほっと胸を撫で下ろし、明かりのついている城へと馬を進めた。





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