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とある国の、小さな恋の昔話

小話

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どこかの青年が、愛しの人を助けに行く数時間前。

「リウ、早く準備しなよ。」
「あと少し待ってくださいメリル様!」
「はぁ…って何してるの?」
「え?サンドイッチつめてます。」
「バカなの?ピクニックに行くわけじゃないんだから。ご飯はゼノ達が用意するよ。」
「え?ピクニック…じゃ、ない…?」
「遠征の付き添いだから。…薬草採るついでだけど。」
「そんな…メリル様との久々のお出かけが…仕事だとは…!」

「まぁ着いてからでもたべようか、それ。」と私が詰めていたカゴを指差すメリル様はなんとお優しいことか。

薬草園で採れない稀少な薬草の在庫があと少しで切れるため、第一騎士団の遠征の補助と言う形で連れて行ってもらうことになった私とメリル様は、服や道具の準備をして外に出る。
途中、なかなか来ない私達を心配したパドマさんと合流し,3人で歩いて待ち合わせ場所に到着する。
ちょうど荷馬車に荷物を積み終わるところだった。
「お願いします。」と私達の荷物も荷馬車に積んでもらう。
「今日も荷馬車に乗るか?」と聞いてくるゼノさんに、以前別の遠征で荷馬車に乗った時、険しい道で激しくお尻やら頭やら色々なところを打って痛めた私は、「馬でお願いします!」と元気よく答えた。

「俺と一緒に乗るか?」
「ゼノは団長だからムリでしょう。リウ、おいで。一緒に乗るよ」

ゼノさんとメリル様が自分の馬にと勧めてくれるが、さて、どちらに乗ったら良いのだろうか。
ゼノさんは団長であるし、何かあったらいち早く動かなければいけない。
パドマさんやハロルド君の騎馬も似たようなものか。
では、メリル様が良いのでは?と思ったそこの君。残念ながら不正解だ。
私がメリル様と密着できると思うか?いや、できない。経験済みであるからこそ、断言できる。
以前メリル様と街に出かける際、久しぶりに馬に乗って行きたいという私に、自分の後ろじゃ危なっかしくて乗せられないと言うメリル様は、なんと私をメリル様の前に乗せたのだ。もう一度言う。“私”が“メリル様”の前に乗ったのだ。
背中に感じる体温と、抱き込むような腕。そして、これが1番けしからんかった。そう、耳元に感じる息遣いと声である。
私はついに萌え死にするかと思ったのだ。というかしていた。
「おいで」と言われても渋る私に、メリル様は「リウ?」と名前を呼ぶ。
「反抗期じゃないんです!乗りたくても乗れない理由があるんです!」と涙ながらに訴える私に、「では、俺と一緒に行こうか」と背後から声が聞こえた。

「え?セシル王子?」
「ちょっと息抜きに参加することにしたんだ。」
「7日間は“ちょっと”ではないでしょ?」

メリル様に呆れたように言われたセシル王子は、ははっと笑う。

「俺と一緒だったら戦闘にもほぼ参加しないし、メリルが馬で駆けている様子が見れるけど?」
「セシル王子万歳!お世話になります!!」

この際王子ということは気にしない。
メリル様の貴重な姿を見逃すわけにはいかないのである。

こうして私達は、やや色々あったが王都から出発したのである。

______
___

メリル様を眺めながら過ごしていた私は、少しずつ悪くなっていく道と、この世界に来てから乗るようになったとはいえいまだ慣れぬお尻の痛さにすでにギブアップ寸前だ。

「大丈夫か?」

そう聞いてくるセシル王子に、「お尻が割れそうです。」と返すと、「元々割れているだろう。」とバカな子を見る視線を向けてくる。
ムカついた私は、“一応”王子の護衛という形でそばにいるハロルド君を眺めることにした。存在が癒しである。
出会ってから変わらぬ可愛さを保ち続ける彼の肌は、羨ましいくらいのきめ細やかさである。

「何?」
「ん?かわいいなーって」
「またそれか。」

私の視線に気付いたハロルド君は、チラリと横目に私を見て話をする。
すぐに前を向いたハロルド君の、流し目のような姿がいつもと違い色っぽかったと伝えようとしたら、揺れで舌を噛んでしまった。

「あまり喋っていると舌を噛むぞ。」
「…。」

セシル王子よ。もう少し早く言って欲しかったのであります…。

____
___

私のお尻が割れ始めた頃、「止まれ!」と言うゼノさんの鋭い声が聞こえた。
ピシッと綺麗に止まったみんなは、何事かと周りを警戒する。
静かになった空間に、女性の泣き叫ぶ声が聞こえた。

「行ってきます!」
「は⁉︎ちょ、リウ!!」

その声に、ただ事ではないと思った私は馬からスッと降りて、前方に走る。
いつもなら怖いからと隠れることしかしていない私だが、なぜか今日は行かないといけない気がしたのだ。許せ。

馬の間を駆け抜けた私は、目の前に起こっている光景に目を疑う。
剣を使ったのだろう。
魔術を使ったのだろう。
傷だらけで、もうすぐ生き絶えそうな男の人と、彼の名だろう。泣き叫び、呼ぶ、女の子がいた。

「リウ!何をしている!」

馬車の近くで剣を持っている人達に話しかけていたゼノさんが私に気付く。
「すみません!」と謝った私は、それでも彼女達に駆け寄った。

「これを飲ませてください!」
「で、でも…」
「早く!」

そう言った私は、胸ポケットから遠征地についたらお尻のために使おうと密かに隠し持っていた赤の最上級ポーションを彼女に渡す。
彼女は戸惑いながらも、瀕死で飲み込むことが困難な彼に口移しで飲ましていく。

とりあえずこれで体力が少しは回復するはずだ。
この状況でどれだけ回復できるかは正直わからないが、今できることをしなければと私は荷馬車へと向かおうとする。
すると、私の近くに来ていたメリル様が「これ必要でしょう」と言って小さな箱を私に手渡してきた。
受け取り、箱を開けるとそこには最上級ポーションが5本ずつ綺麗に並んでいる。

「メリル様ー!」
「いいから早くしなよ」

メリル様の行動に涙が出るほど感謝する私に、メリル様が呆れる。

「赤を2本、その後に黄と青を1本、最後に紫を2本ね」
「分かりました!」

メリル様の指示の元、言われたポーションを彼に飲ます。
一本目のポーションで多少回復した彼は、少しずつではあるが自分で嚥下することができるまでにはなっていた。
心配そうに見守る彼女の視線を感じながらも、すべてのポーションを飲ませる。

「数日は目を覚まさないと思うけど、今はこれで大丈夫じゃない?」
「今はってところが気になります、メリル様」
「1日に飲めるポーションはその人によって限度があるからね。ここまで傷を負ったからにはまだ足りないくらいだよ」

そう言うメリル様に、近くにいた彼女はどうしたら彼を助けられるのか聞く。
その答えが分かった私は、ここで今、1番偉い人にお願いした。

「セシル王子ー!!」
「…来ると思った。」

馬で近くまで来ていたセシル王子は、私が名前を呼んだだけで言いたいことが通じたらしい。
…腹黒だとは思っていたけれど、もうここまでくると千里眼の能力を持っているのではないかと疑う。

セシル王子はゼノさんに指示を出し、移動を開始する。
遠征地まではそこからすぐのところだったらしい。十数分ほどで着いた私達は、すぐにテントを張り野営の準備をする。
忙しそうに動く彼等の姿を横目に、私は先ほどの彼女達の元へと向かう。
小さめのテントについた私は入り口の布を開ける。最初にゼノさんが話していた人たちは帰したらしく、中には泣いていた彼女と傷だらけだった男の人だけだった。
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