魔物が棲む森に捨てられた私を拾ったのは、私を捨てた王子がいる国の騎士様だった件について。

imu

文字の大きさ
上 下
1 / 53

いち。

しおりを挟む
季節は春先。

朝、喉の痛みと体の怠さに目が覚める。

そう言えば昨日の夜も喉が痛かったような…と思い、直ぐに対処しなかった自分にため息が出た。

はぁ、と一つ、空気が出る刺激に咳が出る。

落ち着くのを待って、痛む喉を気にしながら水を飲む。喉を通るその水は、微かに血の味がした。



ピピッピピッピピッ

「38.2度…。」

熱を測れば、思ったより高い温度。

あるとは分かっていても、それを実際に数字にしてしまうと、更に体調が悪くなったような気がする。

時刻は9時過ぎ。

就業時間はとっくに過ぎていた。

目覚ましでも起きなかったのか、と苦笑し、会社に電話を入れようとスマホを手に取る。

着信3件あり。

全て会社からだ。

急いで掛け直し、休む旨を伝える。

声の掠れ具合から嘘では無いと通じたのか、早く病院に行きなさいね、お大事に。と電話を切られた。


電話が終われば、次は病院に行くための準備をする。

適当に顔を洗い、手櫛で髪を結ぶ。

黒のスキニーに白のTシャツ、薄いグレーのカーディガンを羽織り、冬に使い切らなかったマスクを棚から引き出し着ける。

いつもは完璧にする化粧も、この体の怠さと痛みに、する気は起きない。

ソファーに置いていた白いリュックに、財布とスマホをいれ、家を出た。






「風邪ですね。」

医者は無表情で言う。

ですよね。と思いながら、話をする医者を眺めた。



お大事に。との声を背に、薬局から出る。

薬は5日分貰った。

2種類、薬を貰った気がするが、ボーッとする頭では人の話が入って来なかった。

後から確認しよう。そう思いながら家までの道のりを歩く。

まだ肌寒さが残る風が、火照る体には気持ちが良かった。



途中、コンビニで飲み物とおにぎりを数個買う。

レジに行くと、こいつ、熱あんの?と、店員の迷惑そうな視線を感じた。


コンビニ袋片手に、残りの道を歩いて行く。

体が怠い。喉が痛い。動きたく無い。あぁ、なんでタクシーにしなかったんだろう。アホか自分。

マイナスなことばかりを考えてしまいながら、最後の角を曲がる。

「—っ⁉︎」

角を曲がった先に見えるはずだった築15年のアパートは、目の前に広がる眩い光に消え、私は、声を発する間も無く、その光に飲み込まれた。







「召喚に成功したぞ!」

「おぉ!これはまた美しい黒髪である!」


周囲がガヤガヤザワザワと騒がしい。

重い瞼をゆっくり開けると、

「…え?何?…どこ、ここ…。」

私は、水の中にいた。


はっ⁉︎と、驚きすぎて、熱でだるい体の事も忘れて立ち上がる。

ザバッと音をたてて立ち上がった私は、辺りを見回した。

白を基調としたその場所には、色とりどりな頭をした人達と、私達がいる、大きな水たまり。


「…ん?なぜ、2人いるのだ…?」

「聖女様は1人だけのはずでは?」

「これはどういう事だ!?」

そう、その水たまりには、私ともう1人、15、6歳くらいだろう少女がいたのだ。


先程とは違う、騒がしさがあたりに広がる。

ゆっくりと、でも、確実に状況を把握してく頭に、周りが混乱していると、自分が冷静になれるとは、こう言うことだろうか。と一人笑った。


私は、この目の前の少女の影になっており、見えなかったらしい。

成功したと思われたが、私と言う、第2の存在により、失敗したのではないか、と。

なんかよく分からないが、早くここから出たい。

体温を奪っていく水に、体が震える。

忘れていた体調の悪さもぶり返し、フラフラと地に倒れ咳き込む。

そんな私に、大丈夫ですか?と、心配気に声をかけ、手を差し出してくれる少女には悪いが、今、立ち上がれる気分ではない。

咳が止み、大丈夫、ありがとう。とマスク越しに分かるかわからないが、笑いかけ、未だ差し出されている手をありがたく掴もうとした、その時、

「聖女に触るな!異界の者!」

そんな言葉と共に、私は突き飛ばされ、全身ずぶ濡れになる。

勢いよく入ってきた水に、せっかく止まった咳も再開される。

激しい咳き込みに酸素が薄れ、ぐにゃりと歪み、薄れいく意識の中、なんて事するんですか!と怒る少女の声と、この異界の者を東の森へ連れて行け!という男の声が聞こえた気がした。


しおりを挟む
感想 65

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【完結】人々に魔女と呼ばれていた私が実は聖女でした。聖女様治療して下さい?誰がんな事すっかバーカ!

隣のカキ
ファンタジー
私は魔法が使える。そのせいで故郷の村では魔女と迫害され、悲しい思いをたくさんした。でも、村を出てからは聖女となり活躍しています。私の唯一の味方であったお母さん。またすぐに会いに行きますからね。あと村人、テメぇらはブッ叩く。 ※三章からバトル多めです。

このたび聖女様の契約母となりましたが、堅物毒舌宰相閣下の溺愛はお断りいたします! と思っていたはずなのに

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
マーベル子爵とサブル侯爵の手から逃げていたイリヤは、なぜか悪女とか毒婦とか呼ばれるようになっていた。そのため、なかなか仕事も決まらない。運よく見つけた求人は家庭教師であるが、仕事先は王城である。 嬉々として王城を訪れると、本当の仕事は聖女の母親役とのこと。一か月前に聖女召喚の儀で召喚された聖女は、生後半年の赤ん坊であり、宰相クライブの養女となっていた。 イリヤは聖女マリアンヌの母親になるためクライブと(契約)結婚をしたが、結婚したその日の夜、彼はイリヤの身体を求めてきて――。 娘の聖女マリアンヌを立派な淑女に育てあげる使命に燃えている契約母イリヤと、そんな彼女が気になっている毒舌宰相クライブのちょっとずれている(契約)結婚、そして聖女マリアンヌの成長の物語。

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

異世界に落ちたら若返りました。

アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。 夫との2人暮らし。 何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。 そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー 気がついたら知らない場所!? しかもなんかやたらと若返ってない!? なんで!? そんなおばあちゃんのお話です。 更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

パワハラ騎士団長に追放されたけど、君らが最強だったのは僕が全ステータスを10倍にしてたからだよ。外れスキル《バフ・マスター》で世界最強

こはるんるん
ファンタジー
「アベル、貴様のような軟弱者は、我が栄光の騎士団には不要。追放処分とする!」  騎士団長バランに呼び出された僕――アベルはクビを宣言された。  この世界では8歳になると、女神から特別な能力であるスキルを与えられる。  ボクのスキルは【バフ・マスター】という、他人のステータスを数%アップする力だった。  これを授かった時、外れスキルだと、みんなからバカにされた。  だけど、スキルは使い続けることで、スキルLvが上昇し、強力になっていく。  僕は自分を信じて、8年間、毎日スキルを使い続けた。 「……本当によろしいのですか? 僕のスキルは、バフ(強化)の対象人数3000人に増えただけでなく、効果も全ステータス10倍アップに進化しています。これが無くなってしまえば、大きな戦力ダウンに……」 「アッハッハッハッハッハッハ! 見苦しい言い訳だ! 全ステータス10倍アップだと? バカバカしい。そんな嘘八百を並べ立ててまで、この俺の最強騎士団に残りたいのか!?」  そうして追放された僕であったが――  自分にバフを重ねがけした場合、能力値が100倍にアップすることに気づいた。  その力で、敵国の刺客に襲われた王女様を助けて、新設された魔法騎士団の団長に任命される。    一方で、僕のバフを失ったバラン団長の最強騎士団には暗雲がたれこめていた。 「騎士団が最強だったのは、アベル様のお力があったればこそです!」  これは外れスキル持ちとバカにされ続けた少年が、その力で成り上がって王女に溺愛され、国の英雄となる物語。

処理中です...