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1章
7話
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「さて、早速だが。実は今日突発的に君が遭ったような暴力事件が多発してね。被害者はみんな、君の所属するクラウン組合だ」
眼鏡の警察官が、手帳を取り出しながらそう言う。さっきも被害者が多いとか言っていたが、そのみんなが同僚だとは思わなかった。
「組合にとって、今日は大事な日だったと聞いている。なんでも出世のチャンスの日だったとか。率直に聞こう。何か心当たりは無いかな」
「心当たり?」
「なんでもいい。怪しい人物、妙な噂、普段と様子の違ったこと……。どうかな」
普段と違う様子、と言われて頭をよぎるのはスノウと黒コートと、あの暴力的な若者達。スノウは兎も角、同じビルにいた黒コートが、強いて言うならば怪しいかもしれない。
警察にそう伝えれば、詳細にメモへ書き込んでいく。
「なるほど。それ以外には?」
「いや……、すみません。俺も何が何だか」
「まあそうだろうね。君は特に念入りに殴られたようだから」
「……なんで?」
「分からない。犯人達は目下捜索中で、まだ捕まえられていないんだ」
そのためにも色々聞いておきたい。そう言って、警察はさらに質問を続けた。出勤してからの職場の様子や、同僚、上司の様子。果てには今日の朝食やルーティンも聞かれた。
「よし、ありがとう。それじゃあ次の被害者に話を聞いてくるよ」
ぱっと笑顔になった警察が立ち上がる。メモ帳を懐にしまう警察に、ずっと後ろで様子を見ていた女性の警察が声をかけた。
「マーティン、ちょっと席を外してくれる? その子にちょっと聞きたいことがあるの」
マーティン、と呼ばれた警察が眉を上げる。僕がいるとだめなのかい? と聞くと、女性はあなたがと言うより、あなたが男だからだめ。と返した。
その言葉に、ふと自分が気を失う前服を脱がされたことを思い出す。今俺の体はスノウの噛み跡や、鬱血痕が山のように残っている。それを見られたのか。
さっと血の気が引いて行く感触がした。女性警官と目が合う。ぐ、と何かを堪えるような顔をしたその人は、マーティンをやや強引に部屋の外へ追い出した。
「自己紹介からね。私はエマ。よろしく」
エマはベッドサイドの椅子に座り、手を差し出してくる。それに握手を返せば、力強く握られ、軽く上下に振った。
「まず、通報を受けて君の現場に行ったのは私とマーティン、さっきのおじさんね。それで、君に嘔吐反応が見られたから服を脱がしたの。その時に、……見たわその体」
さらに血の気が引く。やはり見られていた。まだアイツが握っている写真も動画も消せていないが、今ここでこの人に助けを求めるべきだろうか。冷や汗が出て、生唾を飲み込む。
「ちょっと激しいだけってことならいいのよ、全然。でも……、ごめんね、私の思い過ごしならいいんだけど。貴方、今、酷い目に遭ってない?」
エマが俺の目を覗き込む。いまだ。今言うしかない。今を逃せば、きっともう当分こんなチャンスはやって来ない。直感が叫んでいた。
「お、俺……」
「ヴェローナ!」
がら、と病室の扉が開く。ひっ、と喉が引き攣る。
そこに立っていたのはスノウだった。
髪と服が乱れて、いかにも「今走ってきました」と言わんばかりの体だった。スノウの背後で控えめな怒声が聞こえる。
一歩、大きな一歩でスノウがこちらに踏み込む。体が硬直して動けない。エマが立ち上がるのが見えた。通すまいと広がる腕をスノウがするりと躱す。
気づいたら、抱きすくめられていた。スノウの匂いの中にわずかな汗の匂いがする。
「心配した……」
スノウの心臓の音が聞こえる。激しい、早い鼓動だ。
俺は、何も言えなかった。
「君! ここは病室よ、それに今は事情聴取中! 早く出ていきなさい!」
エマがスノウの肩を掴む。スノウの暗い目がエマを見る。それには明らかな敵意が含まれていた。
いやな予感が走る。この男は、自分の気に入らないものにどんな行動を取るかわからない。運転席に座って、ハンドルを握るスノウの姿がフラッシュバックする。
「あっ、あい、会いたかっ、た……」
心にも無いことを言った。とにかく、スノウの関心を自分に向けようと必死だった。スノウの目がぐるりと俺を向く。少し驚いたように見開かれたそれは、少しずつ撓んでいき笑顔のような形になった。
「僕もだよ、可愛いヴェリー」
さらに強く抱きしめられる。体温が近くにあるのに寒気が迸った。こめかみにキスが落とされる。その唇が耳元まで滑って行く。小さな、本当に小さな声。
「選択を間違えないでね」
熱が遠ざかって行く。影に飲まれたスノウの顔、その口元だけが緩く弧を描いている。
「すみません、お巡りさん。あまりにも心配で、つい」
スノウは陽炎のようにゆらりと振り向いて、自分の肩に置かれていた手をすり抜ける。そのままスタスタと扉まで歩いて行く。
「お邪魔しました。……また後で迎えにくるよ、ヴェリー」
重い沈黙が残った。
エマが俺を見ているのが分かる。
「今のは……、ボーイフレンド?」
エマの目には、そんなはずないだろう、と書かれていた。口角が震える。選択を間違えるな。スノウの声が心臓にイバラのように食い込む。
「……はい」
ここにはいないはずの白い影が笑った気がした。
眼鏡の警察官が、手帳を取り出しながらそう言う。さっきも被害者が多いとか言っていたが、そのみんなが同僚だとは思わなかった。
「組合にとって、今日は大事な日だったと聞いている。なんでも出世のチャンスの日だったとか。率直に聞こう。何か心当たりは無いかな」
「心当たり?」
「なんでもいい。怪しい人物、妙な噂、普段と様子の違ったこと……。どうかな」
普段と違う様子、と言われて頭をよぎるのはスノウと黒コートと、あの暴力的な若者達。スノウは兎も角、同じビルにいた黒コートが、強いて言うならば怪しいかもしれない。
警察にそう伝えれば、詳細にメモへ書き込んでいく。
「なるほど。それ以外には?」
「いや……、すみません。俺も何が何だか」
「まあそうだろうね。君は特に念入りに殴られたようだから」
「……なんで?」
「分からない。犯人達は目下捜索中で、まだ捕まえられていないんだ」
そのためにも色々聞いておきたい。そう言って、警察はさらに質問を続けた。出勤してからの職場の様子や、同僚、上司の様子。果てには今日の朝食やルーティンも聞かれた。
「よし、ありがとう。それじゃあ次の被害者に話を聞いてくるよ」
ぱっと笑顔になった警察が立ち上がる。メモ帳を懐にしまう警察に、ずっと後ろで様子を見ていた女性の警察が声をかけた。
「マーティン、ちょっと席を外してくれる? その子にちょっと聞きたいことがあるの」
マーティン、と呼ばれた警察が眉を上げる。僕がいるとだめなのかい? と聞くと、女性はあなたがと言うより、あなたが男だからだめ。と返した。
その言葉に、ふと自分が気を失う前服を脱がされたことを思い出す。今俺の体はスノウの噛み跡や、鬱血痕が山のように残っている。それを見られたのか。
さっと血の気が引いて行く感触がした。女性警官と目が合う。ぐ、と何かを堪えるような顔をしたその人は、マーティンをやや強引に部屋の外へ追い出した。
「自己紹介からね。私はエマ。よろしく」
エマはベッドサイドの椅子に座り、手を差し出してくる。それに握手を返せば、力強く握られ、軽く上下に振った。
「まず、通報を受けて君の現場に行ったのは私とマーティン、さっきのおじさんね。それで、君に嘔吐反応が見られたから服を脱がしたの。その時に、……見たわその体」
さらに血の気が引く。やはり見られていた。まだアイツが握っている写真も動画も消せていないが、今ここでこの人に助けを求めるべきだろうか。冷や汗が出て、生唾を飲み込む。
「ちょっと激しいだけってことならいいのよ、全然。でも……、ごめんね、私の思い過ごしならいいんだけど。貴方、今、酷い目に遭ってない?」
エマが俺の目を覗き込む。いまだ。今言うしかない。今を逃せば、きっともう当分こんなチャンスはやって来ない。直感が叫んでいた。
「お、俺……」
「ヴェローナ!」
がら、と病室の扉が開く。ひっ、と喉が引き攣る。
そこに立っていたのはスノウだった。
髪と服が乱れて、いかにも「今走ってきました」と言わんばかりの体だった。スノウの背後で控えめな怒声が聞こえる。
一歩、大きな一歩でスノウがこちらに踏み込む。体が硬直して動けない。エマが立ち上がるのが見えた。通すまいと広がる腕をスノウがするりと躱す。
気づいたら、抱きすくめられていた。スノウの匂いの中にわずかな汗の匂いがする。
「心配した……」
スノウの心臓の音が聞こえる。激しい、早い鼓動だ。
俺は、何も言えなかった。
「君! ここは病室よ、それに今は事情聴取中! 早く出ていきなさい!」
エマがスノウの肩を掴む。スノウの暗い目がエマを見る。それには明らかな敵意が含まれていた。
いやな予感が走る。この男は、自分の気に入らないものにどんな行動を取るかわからない。運転席に座って、ハンドルを握るスノウの姿がフラッシュバックする。
「あっ、あい、会いたかっ、た……」
心にも無いことを言った。とにかく、スノウの関心を自分に向けようと必死だった。スノウの目がぐるりと俺を向く。少し驚いたように見開かれたそれは、少しずつ撓んでいき笑顔のような形になった。
「僕もだよ、可愛いヴェリー」
さらに強く抱きしめられる。体温が近くにあるのに寒気が迸った。こめかみにキスが落とされる。その唇が耳元まで滑って行く。小さな、本当に小さな声。
「選択を間違えないでね」
熱が遠ざかって行く。影に飲まれたスノウの顔、その口元だけが緩く弧を描いている。
「すみません、お巡りさん。あまりにも心配で、つい」
スノウは陽炎のようにゆらりと振り向いて、自分の肩に置かれていた手をすり抜ける。そのままスタスタと扉まで歩いて行く。
「お邪魔しました。……また後で迎えにくるよ、ヴェリー」
重い沈黙が残った。
エマが俺を見ているのが分かる。
「今のは……、ボーイフレンド?」
エマの目には、そんなはずないだろう、と書かれていた。口角が震える。選択を間違えるな。スノウの声が心臓にイバラのように食い込む。
「……はい」
ここにはいないはずの白い影が笑った気がした。
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