上 下
105 / 107
10章

第69話 えっけん(前編)

しおりを挟む
 ◆◇◆◇◆  魔族 Side  ◆◇◆◇◆


「無様ね、シードラ」

 薄暗い部屋に女の声が響く。
 きつい香の匂いが立ちこめ、そこで複数のインキュバスがまぐわっていた。
 みな、肌を剥きだし、重ね、時に恍惚とした表情を浮かべている。

 その中心にいたのは、雌型のデスエヴィルである。
 複数のインキュバスに精を貪られ続けながら、ケロリと長い舌を出して笑みを浮かべていた。
「面目次第もございません、ザイリア様」

 シードラは頭を下げる。
 その頭から生えた2つの角は、シードラの自慢であったが、1本はかけ、もう1本にもヒビが入っていた。
 スキルによってその傷は癒されたはずだが、以前顔色が悪く、ザイリアと目を合わせようとはしない。
 明らかに怯えているようであった。

「そんな顔しなくてもいいわ。相手は大魔王様なんですもの……。一筋縄ではいかないのはわかっていたわ。あなたが失敗するのも、計算のうちよ」

 ザイリアは硝子の杯に入った内容物を、くるくると回した。

「は、はあ……」
「――――な~~んて言って、私があなたの失態を許してくれると思った?」

 ザイリアは杯を投げる。
 シードラにヒットすると、中に入っていたものがかかった。
 その瞬間、ジュッと音を立てて、シードラの肌を焼く。

「ぎゃああああああああああ!!」

 悲鳴が、ザイリアの屋敷に響き渡った。

 彼女が持っていたのは酸だ。
 しかも、魔族の肌も溶かすほどの強烈なものである。

 シードラは悲鳴を上げながら部屋の中でのたうち回る。
 水、水! と求めたが、彼に与えられたのは、インキュバスの嘲笑だけであった。

「シードラ……。あんたも魔族の端くれなら、魔族が1枚岩じゃないことは知ってるわよね」
「は、はひぃ…………。魔王様と、だ、大魔王様です」
「そうよ。魔王エヴノス様の支持者には、特に古式ゆかしい魔族がついている。魔族としての位も高く、大領主も多い。対して、大魔王派閥の魔族はほとんどが新興の勢力で、貧乏なヤツらばかりだわ。古い魔族でも、ローデシア様の暗黒騎士族ぐらいなものね。これがどういうことかわかる?」
「……な、なるほど。例え大魔王派閥の間で売れたとしても、行き詰まりは目に見えているということですね」
「その通りよ。商売というのは、如何に市場規模を精査するかで決まるの。暗黒大陸の連中が、如何に頑張ったところで魔族のほとんどが他種族を嫌っている以上、今のブームは結局一過性のものに過ぎないのよ」

 ザイリアは不敵に笑うのだった。


 ◆◇◆◇◆  ダイチ Side  ◆◇◆◇◆


 シードラが自分の領地へ帰ったのと入れ替わるように、再び暗黒大陸に客人がやって来た。

 毛深く巨大な体を持つトロル族。
 もう1つはつるりとした頭を持つシーモンク族――日本でいうところの海坊主というヤツだ。

 この2つの種族には、すでに1度接触を図っている。
 デスエヴィルと違い、丁寧に返信の手紙を送ってきた種族だ。
 その内の1つであるトロル族は、偶然にも俺もよく知る魔族だった。

「ゴメス、久しぶりだな」
「お久しぶり、です。大、魔王、さま」

 舌っ足らずな感じで、ゴメスは俺に挨拶をする。

「大魔王様のお知り合いですか?」

 ルナが尋ねる。
 俺と違って、ゴメスは巨漢だ。
 こんな大きな魔族と知り合いであることが、不思議でならないのだろう。

「ああ。俺が魔王城に住んでいた時、魔王城の見回りをしてたトロル族の1体さ。俺、魔王城で畑もやってたから、よくゴメスも手伝ってくれたんだ」
「そうだったのですか? よろしくお願いしますね、ゴメスさん」
「よ、よろしく」

 ルナは手を差し出す。
 そこにゴメスは指をちょんと当てた。
 ゴメスの顔は真っ赤だ。めっちゃ照れてる。
 女の子に免疫がないのは相変わらずらしい。

「そうか。トロル族から手紙が来るなんて驚いたけど、あれはゴメスが書いたんだな」

 見ての通り、トロル族はどっちかというと、知能が低い種族だ。
 だけど、ゴメスはとても頑張り屋のトロルで、時間はかかったものの、俺が魔王城にいる間に文字を書けるようになったのである。

「大、魔王様に、手紙、書かない、失礼」
「ありがとう。嬉しかったよ」
「ごほん……」

 咳払いをしたのは、横にいるシーモンク族だ。
 こちらは、はっきり言って覚えていない。
 シーモンク族って、みんなほとんど同じ顔をしているから、見分けが付かないのだ。

「えっと……」
「シーモンク族のブーデンと申します」
「悪いな。こっちだけで盛り上がってしまって」
「いえ。拙僧どもは心が広い魔族ゆえ」

 自分で心が広いと言っちゃうのは、心が広くないのでは……?

「それで2人ともどう言った用件かな?」

 俺はまず1人ずつ事情を話してもらった。
 だが、面白いことに両種族が抱えている問題は一緒で、俺たちに求めるものも同じだった。
 即ち、『宝石染め』の販売権だ。
 その内容は、デスエヴィル族が出したものと比べれば、かなり真っ当な条件であった。 というか、シードラが行って来た条件が無茶苦茶なんだけどな。

 実は、トロル族も、シーモンク族も1つの問題を抱えていた。

 トロル族は農業。
 シーモンク族は主に漁業が盛んだ。
 共にいわゆる第一次産業が得意である一方、工芸品などの生産は不得手にしている。
 農業や漁業自体は順調なのだが、閑散期――つまり農業ならば冬の時期、漁業であれば不漁が続いた時などでは、どうしても領地の収入が減ってしまう。

 その点、工芸品は年中休みなく販売できるし、閑散期における貴重な収入にもなる。

 こうした工芸品を作ったり、買い付けたいという思いは、両種族ともに昔からあったのだという。
 そこで暗黒大陸の『宝石染め』に目を付けたのだ。

 話を聞き終えて、俺は2つの条件を話した。


~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~

6月15日に『魔物を狩るなと言われた最強ハンター、料理ギルドに転職する』という作品が刊行されます。

過剰な魔物保護団体から訴えられたことにより、ハンターギルドを追われることになったS級ハンターが、料理ギルドにて転職し、魔物を狩って美味しい料理を食べるお話になります。

小説家になろうのランキングでも1位になった作品ですので、
是非よろしくお願いします。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

転生させて貰ったけど…これやりたかった事…だっけ?

N
ファンタジー
目が覚めたら…目の前には白い球が、、 生まれる世界が間違っていたって⁇ 自分が好きだった漫画の中のような世界に転生出来るって⁈ 嬉しいけど…これは一旦落ち着いてチートを勝ち取って最高に楽しい人生勝ち組にならねば!! そう意気込んで転生したものの、気がついたら……… 大切な人生の相棒との出会いや沢山の人との出会い! そして転生した本当の理由はいつ分かるのか…!! ーーーーーーーーーーーーーー ※誤字・脱字多いかもしれません💦  (教えて頂けたらめっちゃ助かります…) ※自分自身が句読点・改行多めが好きなのでそうしています、読みにくかったらすみません

異世界転生したらよくわからない騎士の家に生まれたので、とりあえず死なないように気をつけていたら無双してしまった件。

星の国のマジシャン
ファンタジー
 引きこもりニート、40歳の俺が、皇帝に騎士として支える分家の貴族に転生。  そして魔法剣術学校の剣術科に通うことなるが、そこには波瀾万丈な物語が生まれる程の過酷な「必須科目」の数々が。  本家VS分家の「決闘」や、卒業と命を懸け必死で戦い抜く「魔物サバイバル」、さらには40年の弱男人生で味わったことのない甘酸っぱい青春群像劇やモテ期も…。  この世界を動かす、最大の敵にご注目ください!

【魔力商人】の僕は異世界を商売繫盛で成り上がる~追放で海に捨てられた為、海上ギルド建てたら実力も売上も波に乗って異世界最強に~

きょろ
ファンタジー
飛ぶ鳥を落とす勢いで、たちまち一目を置かれる存在となったギルド【フレイムナイツ】 この剣と魔法の異世界では、数多の冒険者達が日々活躍していた。 基本は4人編成のパーティから始まるが、ランクや実績を重ねたパーティは人数を増やし、自分達でギルド経営をする事が多い。 この世界では、10歳になると全ての人間が“職種適正”を受け、その適正で【剣士】や【魔法使い】といった職種が決まる。そうして、決まった職種と生まれ持った魔力を合わせて冒険者となる人が多い。 そんな中で、パーティ結成から1年しか経たないにも関わらず、その確かな実力で頭角を現してきたギルド……フレイムナイツー。 ギルドには【剣士】【魔法使い】【ヒーラー】【タンク】等の花形の職種が当然メインだが、ギルド経営となるとその他にも【経営】【建設】【武器職人】等々のサポート職種もとても重要になってくる。 フレイムナイツのマスターで剣士の『ラウギリ・フェアレーター』 彼を含めた、信頼できる幼馴染み4人とパーティ結成したのが全ての始まり―。 ラウギリの目標は異世界一の最強ギルドを築き上げる事。 実力も仲間も手に入れ、どんどん成長していくラウギリとその仲間達が織り成す怒涛の異世界成り上がりストーリー!! ………ではなく、 「無能で役立たずなお前はもういらねぇ!俺のギルドの邪魔だ!消え失せろッ!」 「え……そんな……嘘だよね……?僕達は幼馴染みで……ここまで皆で頑張ってきたのに……!」 「頑張ったのは“私達”ね!【商人】のアンタは何もしていない!仕方なくお世話してあげてたのよ。アンタはもう要らないの」 信じて疑わなかったラウギリと幼馴染達……。仲間達から突如お荷物扱いされ、挙句にギルド追放で海のど真ん中に放り棄てられた【商人】担当、『ジル・インフィニート』のお話――。 「そういえば……ギルドって沢山あるけど、この“海”には1つも無いよね……」 役立たずと捨てられたジルであったが、開花した能力と商才で1からギルドを立ち上げたら何故か実力者ばかり集まり、気が付いたら最強勢力を誇る異世界No.1のギルドになっちゃいました。 婚約破棄された人魚に蛙と融合した武術家、剣を抜けない最強剣士に追放された聖女から訳アリ悪役令嬢までその他諸々……。 変わり者だが実力者揃いのジルのギルドは瞬く間に異世界を揺るがす程の存在となり、国の護衛から魔王軍との戦いまで、波乱万丈な日々がジル達を迎える―。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

無尽蔵の魔力で世界を救います~現実世界からやって来た俺は神より魔力が多いらしい~

甲賀流
ファンタジー
なんの特徴もない高校生の高橋 春陽はある時、異世界への繋がるダンジョンに迷い込んだ。なんだ……空気中に星屑みたいなのがキラキラしてるけど?これが全て魔力だって? そしてダンジョンを突破した先には広大な異世界があり、この世界全ての魔力を行使して神や魔族に挑んでいく。

異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~

モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎ 飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。 保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。 そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。 召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。 強制的に放り込まれた異世界。 知らない土地、知らない人、知らない世界。 不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。 そんなほのぼのとした物語。

処理中です...