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第五章
第65話
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ドキッ!
まずった
我ながら、聖女の時の言い草がそのままうつってしまったようだ。
考えて見ると、やたら慈愛に満ちた言葉が多い。
1000年前の聖女の依り代となったと説明したけど、どうやらまだあの時の私が乗り移ったままでいるらしい。……まあ、本人なんだけどね。
「あははは……。ご冗談を、陛下」
「うむ。確かに過ぎた冗談だった。君主として、此度の決定に少々寄っているのかもな」
ふう……。なんとか誤魔化せた。
それにしても我ながら1000年前の聖女設定は強烈ね。
世界を救っておいた甲斐があるというものよ。
今度、またなんかあった時、この方法を使うのも悪くないかもね。
『良かったね、ミレニア』
「ありがとう。ムルンも大変だったわね」
『君ほどじゃないさ。ジャノが厄災竜として召し捕られていたりしたら、今世の君の人生が終わっちゃうかもしれないしね』
ハッ! そういえば忘れてた!
厄災竜を討伐したら、そのまま世界の終焉を迎えるんだった。
だから、殺さないようにしたのをすっかり忘れていたわ。
『もしかして、忘れてたの? しっかりしてよね』
「あはははは……。ご、ごめん」
使い魔に説教されてしまった。
「随分と騒がしいこと……」
気が付けば、綺麗なブロンドの髪をした女性が立っていた。
その姿を見ていて、ゼクレア師団長の顔色が変わる。
「帰ってきたのか」
と一言呟いた。
え? いつの間に?
こんな人初めからいたっけ?
緩やかに腰まで伸びたブロンドの髪。
パールのような白い肌に、スラリとした長い手足。
やや垂れた双眸には、エメラルドを埋め込んだような深い緑色の瞳が輝いている。
魔術師とは対照的な真っ白な司祭服は華美で、頭から被ったヴェールのおかげでまるでウェディングドレスを来た花嫁のようだった。
魅力的だが、どこか棘のある……。
見ていて息が詰まるような雰囲気を持つ美人だった。
こんなに綺麗で、独特の空気を纏う人が最初から謁見の間にいるなら、目の端に止まったはず。
今さっき入ってきたんだわ。
謁見の間の扉を開けて、歓喜に溢れる魔術師たちの横を通りぬけ、間の中央に立つとようやく存在を明かした――そういうことができる人間なのだろう。
前世でもいたわ、こういう人間。
目立ちたがりなタイプで多いのよね。
「おお。よくぞ帰った、アリシミリア」
国王陛下は破顔し、再び玉座から腰を上げる。
アリシミリアといった女性を歓待した。
同時に、陛下と私以外の人物は膝を突く。
ゼクレア師団長もその1人だ。
「陛下、到着が遅れて申し訳ありません」
スカートを摘まみ、アリシミリアという人は国王陛下に向かって一礼する。
「知らせを聞いて、すぐ引き返してきたのですが……」
「よい。結果的にゼクレア師団長以下、魔術師たちが我らと王宮を救ってくれた」
「すでに聞き及んでいます。ゼクレア、よく頑張りましたね」
え? なんなの、この人?
ゼクレア師団長を呼び捨てにして。
そんなに偉い人なの。
――――って、あれ? なんで私こんなにムカムカしてるんだろうか?
「ありがとうございます、アリシミリア様」
「ですが、傷は浅いとはいえ、ロードレシア王宮を傷付けた。王宮防衛を担う第一師団の長として、怠慢ではありませんか?」
アリシミリアは歪んだ瞳で睨む。
ゼクレア師団長の厳しさを兼ねた眼力とは違う。
蛙を睨む蛇ようなねちっこさに、怖気が走る。
「まあまあ、アリシミリア。結果的に余も無事であったし、目立った死傷者もなかった。ゼクレアはよくやってくれたと、余は評価しておる」
国王陛下が間に入るが、アリシミリアの態度も、その考え方は変わらなかった。
「あたくしなら王宮を一切傷付けず、事を終息することができた。勿論、あたくしとゼクレアとの実力差は明らか。それでも第一師団に怠慢があったと考えざるを得ない」
優雅にまくし立て、ゼクレア師団長を攻め立てる。
なんか感じ悪いわね、この人。
私が嫌いなタイプだわ。
「しかも聞けば、まだ入団してすらいない民間人が事を収めたというではありませんか? つまり、あなたは何もしていないというわけではありませんか、ゼクレア総帥代理殿」
「そんな――――」
「アリシミリア殿」
そんなことはない、と私が言いかけた時、被せるようにゼクレア師団長は口を開いた。
ずっと頭を垂れていた顔を上げる。
そっと覗き見ると、顔こそ平静を装っていたけど、口の端がピクピク動いていた。
うわ~。めっちゃ怒ってる。
でも、ゼクレア師団長がかなり我慢してるわね。
そんなに偉いの、この人。
「今日は随分と喉に骨が引っかかったような言い方をなさる。普段はもう少し舌の周りが良いのでは? ……俺に何か言いたいことがあるなら、はっきりと仰っていただきたい」
慇懃無礼とはこのことではないだろうか。
言葉尻こそ丁寧だけど、使ってる言葉には皮肉がバターみたいに濃厚に塗られている。
ゼクレア師団長が今できる精一杯の抵抗といったところだろうか。
しかし、その口撃もアリシミリアにはただ単純に鼻で笑われる程度だった。
完全に見透かすように目を細めると、ゼクレア師団長の前に立って、堂々と宣言する。
「ねぇ……。魔術師師団の総帥代理。あたくしが代わって差し上げましょうか?」
まずった
我ながら、聖女の時の言い草がそのままうつってしまったようだ。
考えて見ると、やたら慈愛に満ちた言葉が多い。
1000年前の聖女の依り代となったと説明したけど、どうやらまだあの時の私が乗り移ったままでいるらしい。……まあ、本人なんだけどね。
「あははは……。ご冗談を、陛下」
「うむ。確かに過ぎた冗談だった。君主として、此度の決定に少々寄っているのかもな」
ふう……。なんとか誤魔化せた。
それにしても我ながら1000年前の聖女設定は強烈ね。
世界を救っておいた甲斐があるというものよ。
今度、またなんかあった時、この方法を使うのも悪くないかもね。
『良かったね、ミレニア』
「ありがとう。ムルンも大変だったわね」
『君ほどじゃないさ。ジャノが厄災竜として召し捕られていたりしたら、今世の君の人生が終わっちゃうかもしれないしね』
ハッ! そういえば忘れてた!
厄災竜を討伐したら、そのまま世界の終焉を迎えるんだった。
だから、殺さないようにしたのをすっかり忘れていたわ。
『もしかして、忘れてたの? しっかりしてよね』
「あはははは……。ご、ごめん」
使い魔に説教されてしまった。
「随分と騒がしいこと……」
気が付けば、綺麗なブロンドの髪をした女性が立っていた。
その姿を見ていて、ゼクレア師団長の顔色が変わる。
「帰ってきたのか」
と一言呟いた。
え? いつの間に?
こんな人初めからいたっけ?
緩やかに腰まで伸びたブロンドの髪。
パールのような白い肌に、スラリとした長い手足。
やや垂れた双眸には、エメラルドを埋め込んだような深い緑色の瞳が輝いている。
魔術師とは対照的な真っ白な司祭服は華美で、頭から被ったヴェールのおかげでまるでウェディングドレスを来た花嫁のようだった。
魅力的だが、どこか棘のある……。
見ていて息が詰まるような雰囲気を持つ美人だった。
こんなに綺麗で、独特の空気を纏う人が最初から謁見の間にいるなら、目の端に止まったはず。
今さっき入ってきたんだわ。
謁見の間の扉を開けて、歓喜に溢れる魔術師たちの横を通りぬけ、間の中央に立つとようやく存在を明かした――そういうことができる人間なのだろう。
前世でもいたわ、こういう人間。
目立ちたがりなタイプで多いのよね。
「おお。よくぞ帰った、アリシミリア」
国王陛下は破顔し、再び玉座から腰を上げる。
アリシミリアといった女性を歓待した。
同時に、陛下と私以外の人物は膝を突く。
ゼクレア師団長もその1人だ。
「陛下、到着が遅れて申し訳ありません」
スカートを摘まみ、アリシミリアという人は国王陛下に向かって一礼する。
「知らせを聞いて、すぐ引き返してきたのですが……」
「よい。結果的にゼクレア師団長以下、魔術師たちが我らと王宮を救ってくれた」
「すでに聞き及んでいます。ゼクレア、よく頑張りましたね」
え? なんなの、この人?
ゼクレア師団長を呼び捨てにして。
そんなに偉い人なの。
――――って、あれ? なんで私こんなにムカムカしてるんだろうか?
「ありがとうございます、アリシミリア様」
「ですが、傷は浅いとはいえ、ロードレシア王宮を傷付けた。王宮防衛を担う第一師団の長として、怠慢ではありませんか?」
アリシミリアは歪んだ瞳で睨む。
ゼクレア師団長の厳しさを兼ねた眼力とは違う。
蛙を睨む蛇ようなねちっこさに、怖気が走る。
「まあまあ、アリシミリア。結果的に余も無事であったし、目立った死傷者もなかった。ゼクレアはよくやってくれたと、余は評価しておる」
国王陛下が間に入るが、アリシミリアの態度も、その考え方は変わらなかった。
「あたくしなら王宮を一切傷付けず、事を終息することができた。勿論、あたくしとゼクレアとの実力差は明らか。それでも第一師団に怠慢があったと考えざるを得ない」
優雅にまくし立て、ゼクレア師団長を攻め立てる。
なんか感じ悪いわね、この人。
私が嫌いなタイプだわ。
「しかも聞けば、まだ入団してすらいない民間人が事を収めたというではありませんか? つまり、あなたは何もしていないというわけではありませんか、ゼクレア総帥代理殿」
「そんな――――」
「アリシミリア殿」
そんなことはない、と私が言いかけた時、被せるようにゼクレア師団長は口を開いた。
ずっと頭を垂れていた顔を上げる。
そっと覗き見ると、顔こそ平静を装っていたけど、口の端がピクピク動いていた。
うわ~。めっちゃ怒ってる。
でも、ゼクレア師団長がかなり我慢してるわね。
そんなに偉いの、この人。
「今日は随分と喉に骨が引っかかったような言い方をなさる。普段はもう少し舌の周りが良いのでは? ……俺に何か言いたいことがあるなら、はっきりと仰っていただきたい」
慇懃無礼とはこのことではないだろうか。
言葉尻こそ丁寧だけど、使ってる言葉には皮肉がバターみたいに濃厚に塗られている。
ゼクレア師団長が今できる精一杯の抵抗といったところだろうか。
しかし、その口撃もアリシミリアにはただ単純に鼻で笑われる程度だった。
完全に見透かすように目を細めると、ゼクレア師団長の前に立って、堂々と宣言する。
「ねぇ……。魔術師師団の総帥代理。あたくしが代わって差し上げましょうか?」
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