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第1章

エピローグ 勇者と家族(前編)

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 魔族討伐から1週間が経った。
 その間のことは、あまり覚えていない。
 朧気に記憶にあるのは、ウォルナーさんたちにしこたま酒を飲まされたことと、青白い顔をしながら大通りを練り歩いたことだ。

 魔族を倒したあの日から、外れ勇者だった俺の人生は、180度変わった。

 救国の英雄……。
 勇者の中の勇者……。
 最強の救世主……。

 様々な呼び名で呼ばれたが、詰まるところ俺は『外れ勇者』を卒業し、『勇者』として名誉回復したのである。

 しかし……。

「あー。『縛りプレイ』の勇者様だ!」
「『縛りプレイ』だ」
「ところで『縛りプレイ』ってなんだ?」
「なんかよくわからないけど、とてもエッチなんだって」
「じゃあ、変態だ」
「変態勇者様だ!」

 とまあ、子どもたちはこんな有様だ。
 外れは取れたけど、肝心のスキルは【縛りプレイ】のままである。
 こればっかりは否定しようがない。

 とにかく目まぐるしい1週間であったことは確かだ。

「痛てて……」

 俺は二日酔いの頭を抱えながら、ベッドから起き上がる。
 窓から漏れる朝日は気持ちよかったが、目に入ってくる光は余計頭を刺激した。
 すると、妙なホールド感を腰に感じる。
 それは、ひどく懐かしい感じがした。

 布団をめくる。
 まるで妖精のようにケモミミ少女が、俺の腰にぐっと腕を回していた。
 ルーナだ。

 柔らかな髪を梳くように、俺は頭を撫でる。
 すると、嬉しそうに微笑んだ。
 良い夢を見ているらしい。

 思えば、俺が召喚されてから色々なことがあった。
 それでも、おそらくまだ1ヶ月も経っていない。
 何度も諦めようと思った。
 命の危険もあった。

 だけど、俺はまだ生きている。

 それはきっとルーナが側にいてくれたからだろう。


『この子はあんたのになりかけている。大切に育てるんだよ。それはあんた自身の強みにもなるはずだから』


 いつかのウォルナーさんの言葉が思い出される。

 そうだ。
 ルーナはもう立派な俺の根になっていた。

 ノックが鳴る。

「ご主人様、起きてますか」

 すると、ティレルが入ってきた。
 再びルーナと俺がベッドインしているところを目撃する。
 俺は慌てた。
 しどろもどろになりながら弁解する。

「てぃ、ティレル、こ、これは……」

「ん? どうかされました?」

「そのルーナが勝手に……」

「ああ。大丈夫ですよ。別に気にしてないですから」

「そうなのか……?」

 なんかそれはそれで複雑なんだが……。
 まあ、慣れてくれたのは助かるけど。

「ご主人様がそういうご趣味なのは、承知しております」

 やっぱりなんか誤解してた!

「それよりもご主人様。王宮よりお客様が来ております。至急、王宮に参内しろと。それも、ルーナちゃんを連れて」

「……そうか。もう見つかったんだな」

「何がですか?」

「いや、何でもない。ティレルも一緒に来てくれ」

「よろしいのですか?」

「ああ。俺たち家族にとって、大切な日になるかもしれないからな」

 ちちち、と小鳥の声が窓外から聞こえる。
 外を見ると、鮮やかな青が空に広がっていた。


 ◆◇◆◇◆


 俺たちは謁見の間に赴く。
 ここでは色々なことが起こった。
 1度目は最悪だった。
 2度目も最悪だった。
 3度目も結果的に最高だったが、それでも最悪でもあった。

 正直にいって、良い思い出がない。
 取り替えられた真新しい赤い絨毯を見ると、今も怒りがこみ上げてくる。

 周りに並んだ家臣や貴族が、靴を鳴らして整列した。
 王――デラータス・ギラム・メシェンドが入ってきたのである。
 皆が傅く中、俺だけが立ったままだった。

「これ! はず……。ゆ、勇者! 王の御前であるぞ」

 大臣が叱咤する。
 偽王が玉座に座っていた時と変わらず、神経質そうな表情を浮かべていた。
 周りを見ても、偽王の頃とさほど陣容は変わらない。
 これで大丈夫なのか、と疑いたくなる。

 前に王は言っていた。
 優秀な人材を殺された、と……。
 故に、家臣を動かせずにいるのだろう。

「大臣、良い」

 王は大臣を手と声で諫めた。
 大臣は納得していない様子だったが、すぐに列に戻る。
 それを見送り、ようやく王は玉座に着いた。

 その感触を確かめるように、肘掛けをさする。
 王が偽王によって地下に落とされた期間は、半年。
 よくそれであの暗い地下で生きていたと思う。
 最初は国外脱出も考えたそうだが、色々と考えた末、あそこに居座る方が安全だと考えたのだと、俺に話してくれた。

「地下の冷たい石床に慣れたせいか、ふわふわして気持ち悪いわい。こうも玉座というのは、居心地の悪いものだったとはな」

 それは、王としての勤め――その息苦しさから来る暗喩だろうか。
 身なりこそ立派だが、地下にいる時よりも疲れているように、俺には見えた。

 王は勇者だった。
 俺と同じく、この国に召喚され、一時は仲間とともに魔王討伐に向かった。
 多大な犠牲をかけ、魔王の幹部を倒すという偉業を成し遂げる。
 しかし、その代償はあまりに大きかった。
 多くの仲間を失ったのだ。

 そして、気付けば50にさしかかろうとしていた。

 国に凱旋することを決め、多くの国民がその功績を祝福したという。

 当時多大な軍事費を重税によってまかなっていた国や王族は、その人気に目を付けた。
 王女と結婚させ、勇者を王にしたのが、事の顛末である。

 それでも王は身を粉にして政務に励んだ。
 魔王を討伐できなかった自分を、温かく迎えてくれた国民のためにもだ。
 だが、王女は結婚して、すぐに病で死去。
 自分を支えてくれた家臣も、魔族によって討たれた。

 つまり、王は今“根無し草”といってもよかった。

「勇者リックよ」

 それでも、王は王たる責務を放棄しようとしていない。
 厳かな声を上げて、俺に語りかけた。

「此度のこと、本当にすまなかった。国を代表して、謝罪する」

 王は玉座から立ち上がる。
 俺の前まで来て、頭を下げた。
 周りがどよめく。
 大臣などは、こめかみのあたりをヒクヒクさせている。
 今にも血管が破れてひっくり返るのではないかと思うほど、顔を赤くしていた。

 山のようなデザインの王冠が、俺の方を向く。
 それは確かに、国が俺に対して謝っているように見えた。

「わかった。謝罪を受けいれる。頭を上げてくれ」

かたじけないヽヽヽヽヽヽ……」

 その言葉は、この世界では聞き覚えのない言葉だった。
 だが、ひどく懐かしくも感じる。
 もしかしたら、俺と王は同じ世界からやって来たのかも知れない。

「そして国を救ってくれたことを感謝する、勇者リックを」

「国を救ったんじゃない。俺は、ここにいる家族を救ったんだ」

 後ろに控えるルーナとティレルを紹介する。
 王は俺の背中越しに後ろの2人を覗き込んだ。
 ふっと笑う。
 硬かった表情が初めて綻んだ。

「褒賞を下賜する。望みの褒美を与えよう」

「俺の望みは伝えているはずだ」

「あいわかった」

 王は大臣に合図を送る。
 大臣もまた家臣に合図を送ると、謁見の間の扉が突如として開いた。

(※ 後編へ続く)
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