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第18話 ヨハン・バラック 2
しおりを挟む【勇者】リュカ、【聖女】アンジュ、第一騎士団副団長で侯爵家三男ゲオルグ、【勇者】の兄であるカイ、そして魔導師長であり伯爵家次男のこの僕。
彼らと旅をして分かったことがある。
一見、いなくて構わないように思えるカイこそが、このパーティの要なのだと。
冒険者として腕は立つようだが、彼よりも優れた冒険者は探せばいくらでもいるだろう。
剣の腕ならば筋肉馬鹿の方が上であるし、魔術に関しては僕に及ばない。
リュカやアンジュのように【魔王】討伐のために必要なスキルがあるわけでもなく、この旅にだって強制されて参加したわけではない。むしろ、【鑑定】スキルを用いて王城に勤めるように誘われていたと聞く。
けれど旅に出てみれば、一番貢献しているのは彼だった。
僕とはウマが合わないゲオルグは、よくカイを連れて飲みに出ているし、アンジュは随分改善されたが元々の人見知りが発動した際、リュカの兄という安心感からか魔物についての師としてかよく頼っているのを目にする。
それに、【魔王】討伐には欠かせない【勇者】のリュカは、兄の前では従順な可愛らしい弟を演出しているが、あれで案外我が強い。
リュカはいつも弟という立ち位置を最大限に活用して、カイの隣を死守している。それはもはや「尊敬」ではなく、「依存」ともとれるくらいに。
この間なんて、カイにマリナという女性が話しかけていたら、しっかり彼に見えない位置を計算して彼女を睨みつけて牽制していた。
そのあと【勇者】として頑張るとしおらしく語ったあれも、多分演技だ。【勇者】のスキルの影響か、今やリュカはこのパーティの中で一番強くなっている。それをひた隠し、カイに心配されて喜んでいるのだから、末恐ろしいと言う他ない。
まあ、彼が強くなることに文句はないのだけれど、このままのペースで進むと【魔王】が世界統一する方が早い気がしないでもないから、そこは悩みどころではあるが。
とにかく、カイの一言一行で浮き沈みするリュカの様子を見ていると、よくぞ王城での就職を蹴り旅に参加してくれたと、両手放しで褒めたくすらあるのだ。
彼がいなかったならば、きっともっと心労の多い旅になっていただろうから。
「んあ、そういえばもうすぐお前んとこの領に入んじゃね?」
間もなくバラック伯爵領へと差し掛かろうというとき、ゲオルグが今気付いたという調子で切り出してきた。そして邸に寄らなくてもよいのかということも。
僕同様、彼らが親から言い含められていることを知っている。きっとゲオルグはそのことに配慮してくれたのだろう。
ゲオルグは筋肉馬鹿だけれど、曲がりなりにも公爵家の息男なのだと思い出した。
けれど、僕は端から邸に寄るつもりなんてなくて、願わくば領内すら通らずに済ましたかった。流石にそれはルート的にあからさますぎて叶わなかったが、最低限には抑えられているはずであった。
だから、バラック領に入ってすぐの村で家紋入りの馬車を見つけたときは、頭から冷水を被せられたような気持ちになった。
実家へ帰るのはおよそ一年ぶりだ。
馬車に揺られ、久しぶりに帰って来た僕を待っていたのは、兄上の上面だけの笑みと凍えるように冷めた視線だった。
言い付けを守らなかったことを咎めるためか、いつもの憂さ晴らしか、兄上が僕を自室に呼びたがっていることは分かっていた。
けれどそのたびに、屍食鬼王の幻術にかかった際のうわ言で家族との確執を悟ったらしいカイが間に入ってくれて、僕は安堵すると同時に、それが彼にも向いてしまうのではないかと恐怖も感じていた。
「殺されるわけない」カイにはそう言ったけれど、【勇者】パーティに参加しているとはいえカイは平民で、本来ならば貴族である兄上の気に触ればすぐにでも消すことの出来る存在なのだから。
仮にそうなった場合、兄を溺愛しているリュカが許しはしないだろうが、それは共に旅をしているからこそ分かることだ。パッと見ただけの兄上たちには気付けないかもしれない。
「ねえ、なにアイツ。平民のくせに何度も俺の話遮ってきてさ。お前なにか言ったの?」
夜中、今度こそ確実にカイのいない時間を狙って部屋に引きずり込まれ、僕は一糸まとわぬ姿で兄上の鞭を受けていた。
力任せに打ち付け、肌に赤い痕が増えるにつれ上機嫌になっていく。その狂気に歪んだ顔を見ないように身を縮め耐えていると、少しは気の晴れたらしい兄上が問いかけてきた。
「……いえ」
小さくそう答えた僕の太腿に、鞭が走る。
皮膚が裂け、血が滲んだのを恍惚とした表情で見つめると、再度同じ場所を狙って鞭を振り下ろしてきた。
「困るんだよね。……お前には教えといてやるけど、【聖女】はね、僕のものになる予定なんだ」
「え……?」
「元々、バラック家が養子にするつもりだったからね。それなのにブレンターノ男爵のところなんかに引き取られてさ……まっ、元が平民だからどんなものかと思ったけど、案外見れた容姿で安心したよ」
だからあんなに豪勢な料理が並んでいたのかと、得心がいく。
アンジュを養子にするという話や、ましてや兄上と婚姻させるだなんて話は初耳だったけど、わざわざ僕に嘘の情報を伝える意味もないし本当の話なのだろう。
まさかアンジュにまで鞭を振るうとは思いたくないが、完全に否定も出来なくて僕は唇を噛み締める。
そんなとき、部屋の外が騒がしいことに気付いた。
どうやら見張り役の従者が誰かと話しているようで、耳を澄ますとその相手がカイなのだと分かった。
そして、その声にほっとしている自分がいることにも――
「……あの平民か」
解放される気配を感じて、素早く服を着る。
その間もドアの外で彼らが問答する言葉が聞こえていて、カイが「ただならぬ関係」と告げたことで思わず手を止めた。
「は……?」
同時に聞こえた声に思わずそちらへ視線を向けると、兄上が得体の知れないものを見るような瞳でこちらを見つめていた。
きっと、いや絶対カイはそんな意図で言っていない。実際僕と彼との間にそんな事実はないし、彼にそんな気がないのも知っている。
それなのに何がどうしてそんな話になったのかは分からないが、兄上のこんな顔を初めて目撃して、僕は若干胸のすく思いで部屋を出た。
「ヨハン!」
兄上の部屋から出て来た僕を、心底ほっとした顔で迎えてくれるカイ。
兄上の手前毒づくしかなかったけど、多分僕の頬は緩んでいたと思う。
カイに連れられて彼の部屋へと向かう間、僕は悟られないように痛みを押し殺して歩いた。
(これくらいなら、部屋にあるポーションを飲めば治るし……)
せっかく助けに来てくれたカイに、これ以上心配をかけないように。そして何より、何故か彼にはこの傷を見られたくないと思った。
けれど、ジョゼフがポーションを出したことで怪我に気付かれて、ましてや見られたくなかった傷まで晒すことになって――
「っ、……もう、いいでしょ」
カイの顔が見れなくて、思わず顔を背けた。
どんな表情をしているのか、怖くて。兄上のようにこの身体が醜いと思っているのか、それとも……少しはショックを受けてくれているのか。
(知られたく、なかった……)
すぐに隠そうと、剥ぎ取られた服に手を伸ばすと、気付けばカイに抱き締められていた。
「いいわけないだろっ!? バカじゃないのか! こんな、こんな痛めつけられて……っ」
僕たち兄弟のことなんて彼には関係ないはずなのに、こんなに悲痛な声で嘆いてくれるカイに、僕の瞳からぼろぼろと涙が零れ落ちていく。
血の繋がった兄弟でさえ上手くいかないのだから、他人との関係なんてとっくに諦めていたのに――けれど確かに、今の僕は”これから”の未来について微かな希望を感じていた。
(……もしも、カイが兄上だったら)
だとしたら、きっと。
今までのような思いもせず、毎日が楽しくて輝いていて……
きっと――――
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