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第4話 パーティメンバー
しおりを挟む朝の訓練が終わり、昼食をとっていた俺とリュカの元に王様からの使いがやって来た。
昨日に予定していた旅のメンバーとの顔合わせが、思ったより買い物が長引いたとかで今日にずれ込んだからだ。
完全に俺の疲れ方が半端なかったからだろうが、そこに触れてこないあたり、かなり気を使わせている気がする。
筋肉痛でバッキバキの体を無理に動かして、使いの人に付いて歩く。
この使いの人はおじいちゃんとでも言っていいような年だからか、その歩みは遅い。
もしかしたら気を使ってゆっくり歩いてくれているのかもしれないが、どちらにせよ今の俺からしたらありがたいことで、薄らと白髪の生える後頭部にこっそり感謝の眼差しを向けた。
「こちらの部屋で皆さんお待ちです。……カイ様?」
「え? あ、ああ。ありがとうございます」
危ない危ない。
なんとか取り繕った笑顔を向けると、不思議そうにしながらも俺の不躾な視線を流してくれた。
「……どんな人たちなのかな? ちょっと緊張するね」
俺の様子のおかしさを緊張からと勘違いしたリュカが、恥ずかしそうにはにかみながら見上げてきた。
俺より長い時間訓練しているはずなのに筋肉痛はきてないらしく、いつもと変わらないスムーズな動きだ。
若いっていいよな。
「いいやつらだといいな」
「うんっ」
「では、開きますね」
俺が頷くのを待って、使いの人がゆっくり扉を開いていく。
部屋というより温室に近い作りなのか、色々な種類の草花が陽の光を浴びてのびのびと育っていた。
その中心、丸い机を囲んで座る三人の視線が一手に俺たちに注がれる。
思わず後ずさりそうになるが、その中にここ最近よく会う人物を見つけて声を上げた。
「ゲオルグさん!? なんでここに――」
「そりゃあ一緒に魔王倒しに行くんだからな。ここにいる皆、そのつもりで待ってんだ。早く入って来い。待ちくたびれたぜ」
「は、はい。リュカ、行こう。……リュカ?」
自分のせいで一日遅れたのに、集まるのも一番最後だなんて気まずすぎる。
早く席に座って顔合わせを済ませようとリュカを急かすと、リュカは何の感情も乗せない顔で彼らを見つめていた。
俺が呼びかけたら可愛い笑顔を見せてくれたから、まだ緊張しているのかもしれない。
「よーし、まずは自己紹介だ。これから一緒に旅するんだ。身分や年齢関係なくいこうぜ」
「はい」
「おっと、敬語もいらねぇよ。咄嗟のときに困るからな」
何を話していいか分からないから、ゲオルグがこうやって引っ張ってくれるのは助かる。
皆が頷いたのを見て、ゲオルグは白い歯を覗かせてニカッと笑った。
「じゃあ俺からいくぜ。ゲオルグ・ハーネイ、二十歳だ。第一騎士団副団長をしている。スキルは【身体強化】。剣でガンガン押していくスタイルが主だな」
「要は力馬鹿ってことでしょ」
「んだとコラ! お前みてぇな根暗よりはいいだろうが」
ゲオルグの自己紹介に黒髪の不健康そうな男が食ってかかり、一触即発の空気が流れる。
もしかしたらこの二人、すっごく仲が悪いのかもしれない。
なんとも言えない表情で顔を見合わせる俺とリュカ。そしてオドオドと皆の顔に視線を彷徨わせるもう一人の金髪の女の子の様子に、流石にバツが悪くなったのか二人は言い合いを止め、お互いに視線を逸らした。
「……ヨハン・バラック。十八歳。宮廷魔導師長やってる。攻撃魔法なら任せて」
それだけ言ってぷいっと顔を逸らしてしまったヨハン。
スキルについては言及されなかったが、魔導師長になれるくらいだから多分魔法関係なのだろう。
彼の隣にいる俺に自然と視線が集まるのを感じて、俺は口を開いた。
「俺はカイ・クラウゼン。ヨハンと同じで十八。スキルは【鑑定】だ。これからよろしく頼む」
「リュカ・クラウゼンといいます。カイ兄ちゃんの弟で十三歳。えっと……【勇者】、です。よろしく、お願いしますっ」
つっかえながらもなんとか最後まで言いきったリュカ。思わず頭を撫でたくなるが、ここは我慢だ。
あらかじめ敬語じゃなくていいと言われていたが、初対面でいきなり話すのは気が引けるのか、たどたどしい敬語になってしまっていた。
こればかりは慣れてもらうしかないなと苦笑しつつ、視線をリュカの横の女の子に向ける。
「ア、アンジュ・ブレンターノですっ」
え、それだけ? と首を傾げたのは俺だけじゃないだろう。
そんな中、気を利かせたゲオルグが「歳はやスキルなんかも教えてくれるか?」と優しく促すと、女の子は「ひぃっ」と小さく悲鳴を上げたあと勢いよく頭を下げた。
「す、すみませんっ! とととと歳は十四で、【聖女】でござっ、ございます!」
「よ、よろしく……」
「ひゃあっ!?」
緊張を和らげてあげようと笑いかけたのだが見事に失敗。
アンジュは怯えて縮こまってしまった。
「……えーっと、【聖女】って何の効果があるスキルなの? 僕の【勇者】はゲオルグさんと似てて、体が強くなったりするんだけど」
「え、えっと…………聖属性、の魔法で、攻撃したり傷を癒したり出来る……みたい、です……?」
リュカのフォローに俺は心の中で勢いよくサムズアップを送る。
人見知りらしい彼女も、歳の近いリュカには話しやすいのか怯えることなく答えてくれた。
けれど、そこに聞き捨てならない言葉を見つけた俺は、思わず頬を引き攣らせた。
「ちょっと! みたいってなに? まさかとは思うけど、使ったことないとか言わないよね!?」
「ひぃっ!? すすすすすみませんっ!!」
同じところに引っかかったらしいヨハンが詰め寄ると、アンジュは青い顔で何度も頭を下げた。
【聖女】が見つかったのは一年前だと聞くが、まさか今までスキルを使ったことがないとは思わなかった。
皆が困惑する中、一度溜息をついて落ち着いたのかヨハンが先程よりトーンダウンしてアンジュに問いかけた。
「ブレンターノ男爵に引き取られて一年、何してたの? ああ、君を責めている訳じゃないよ。怒らないから正直に話してくれる?」
「あ、あの、平民だからと舐められないようにと……ダンスを……」
「……はぁ。男爵は何を考えてるんだろうね。何のための【聖女】なのか、どうやら分かっていないらしい。この件は僕から陛下に報告しておくよ。……それで、アンジュ?」
「は、はいっ」
「はっきり言って、今のまま旅に出られても足手まといだ」
「――っ、は、い……」
アンジュが涙目で俯く。
可哀想だが、ここで軽々しく励ますことは出来ない。
みんな、命を懸けて魔王退治に乗り出すのだ。いざとなって「使えません」じゃ話にならない。
どうするつもりなのだろうと伺っていると、何故かヨハンは俺とリュカの方を一瞥し、次いでゲオルグを見て顔を歪めた。
「今、そこの兄弟が訓練してるの知ってる? 毎日、必死にさ。それくらいやる気がないんだったら来ない方がマシ。違う?」
「いえ……おっしゃる通り、です……」
「……魔法についてはそこの筋肉ダルマより僕の方が詳しいからね。仕方ないから、みっしり鍛えてあげる」
「……え?」
「時間がないから厳しくいくよ。途中で投げ出すことも許さない。覚悟してて」
「――はっ、はい!!」
なんとか収まるところに収まったようで、ほっと息を吐く。
流れ弾をくらったゲオルグだけは「誰が筋肉ダルマだ」と腑に落ちない顔でぼやいていたが。
それぞれの人となりを知るための会で、俺たちは残された時間をどう使うかを再確認した。
(……とりあえず、俺たちは付けられるだけ力を付けるだけだ)
ゲオルグやヨハン、アンジュには家族や友人、残された者たちへの別れもあるだろう。
残り五日――いや、実質四日で出来ることは限られる。
ヨハンはああ言ったが、アンジュがどれくらい使えるレベルに達するか分からない。
(……いや、)
人のことよりまずは自分のことだ。
戦闘に特化したスキルのない俺は、圧倒的不利。ただ愚直に腕を磨くことしか生き残る術はない。
気が付けばあっという間に【聖女】に抜かれていたということだって有り得る。
無意識に腰に佩いたナイフに触れて、ハッとする。
(ああ、これにも慣れていかないとな……)
買ったばかりの剣やナイフを今朝の訓練で試し、大分慣れたつもりだったが、やはりまだ多少違和感は残る。
使いやすすぎるというのも難点というのは、幸せな悩みだろうか。
「じゃ、五日後に。時間が勿体ないからもう行くよ」
ヨハンが立ち上がったのを皮切りに、それぞれが退室する構えとなる。
俺も早速訓練に行こうと席を立ったところで、勢いよく扉が開かれた。
「やあ! 君たちが勇者御一行かあ。……あれぇ? もしかしてもう解散するところだった?」
「……ギルファル王子」
艶々と輝く金色の髪にエメラルドの瞳。
ギルファル王子とやらの登場に、ゲオルグたちはサッと敬礼の姿勢をとった。
咄嗟のことに俺もゲオルグの真似をするが、出遅れたこともあり目立ってしまったようだ。
王子は俺に視線を向けると首を傾げた。
「君が【勇者】?」
「い、いえ。こちらの弟が【勇者】であります」
「そ。なあ、ゲオルグー。俺も一緒に行きたい~」
視線が俺から外れたことに安堵しつつ、俺は皆の様子を伺った。
まず、一番扉に近かったヨハンは、彼がゲオルグに話しかけたことで自分が死角に入ったのをいいことに、あからさまに眉間に皺を寄せていた。
自分が話しかけられなかったからという訳ではなさそうだから、何か確執があるのだろうか。
次にアンジュ。
信じられないことに、彼女は立派なカーテシーをしたまま完全に気配を殺し、ただただ立ち去るのを待っていた。
先程「舐められないように」と言っていたから、男爵家でしっかり教え込まれたのだろう。
リュカについては、俺より後ろにいるため見ることが出来ないが、しっかり者だからきっと卒なくこなしている。そうに違いない。
そして絶賛話しかけられている最中のゲオルグ。
彼は子供のように駄々をこねる王子を、俺が聞いたことのないような真面目な声色で窘めていた。
意外な一面に驚いていると、開け放たれた扉の向こうからパタパタと慌てて走る音が聞こえてきた。
「ギルファル王子!! ハーネイ侯爵から聞きましたぞ! 王子が旅に参加するなど言語道断。絶対に許されないことです!」
怒り心頭という面持ちで入って来て早々王子を叱りつけたのは、王様との謁見のときにいた大臣みたいな人だ。
眉毛をキュッと持ち上げて怒っているが、話す度に二重あごが揺れて締まりがない。
だから響かないという訳でもないのだが、王子は特に反省した様子もなく「え~」と不満を口にする。
「だって【勇者】だぞ? 英雄、英雄! 『国を救った王子』だとか言われたらカッコイイじゃん」
「それで貴方の身に何かあったらどうなさるおつもりですか! 次期国王ともいうお方が、自ら危険に飛び込む必要はございません!!」
「確かに危ないのは嫌だけどさぁ……なんか、手っ取り早く箔がつけられることないのかなあ」
ギルファル王子の言った甘ったれた理由も鼻につくが、それより大臣の言い分が頭にきた。
(それって、俺たちならどうなっても構わないってことかよ)
世界を救うために旅をしなければならない。
もちろん危険と隣り合わせだし、いつ死ぬか分からない旅だ。
俺は自分の意思で参加を決めたからいいが、【勇者】や【聖女】は違う。
そのスキルが出たというだけで意思など関係なく強制的に組み込まれるのだ。
奥歯を噛み締めて溢れ出る怒りを押し殺す。
この男の認識がどうであれ、王子を止めてくれるのはありがたいことだ。
きっとハーネイ侯爵とやらもこの王子の態度を見るに見かねて大臣に報告したのだろうし……
(……ハーネイ?)
聞き覚えのあるそれに思わずゲオルグの顔を見る。
もしかしてゲオルグはもの凄く地位のある人間なんじゃないのだろうか。
王子と大臣が言い合っているため聞くことも出来ず、二人がいなくなるまで俺はひとり悶々と考え込んでいた。
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