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姑とドアの鍵

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 お屋敷では通夜の後、葬式、初七日……と一週間ほど行事が続いて慌ただしかった。
 風習なのか、毎日ひっきりなしに村人が線香を上げに来るので、家の中に他人がいない時間がほとんどない状態だった。

 その間ずっと人目に付かないように家事をしながら、姑が私のスマホと財布をどこに隠したのか考えていた。

 ここへ来てすぐに『荷物を預かる』と持ち去って行ったのは姑だった。だから姑の部屋に隠してあるはずだ。

 姑の部屋は南東の端にあって、最初見た時はまるで離れのようだと思った。
 お屋敷の各部屋の出入口はほとんど引き戸なのに、姑の部屋だけドアになっていて鍵をかけることができた。だから私は姑の部屋を掃除したことがない。

 財布にはある程度のお金を入れてあったし、スマホ本体も月々の支払いが残っている。何としても返してもらわなければ。
 ……というより、そもそも手間のかかる舅はもういないのだから、ここに私がいる必要はないと思う。むしろ姑が自ら返してくるのが筋なのではないか。

 そう口に出して言えたら良かったのだけど。
 情けないことに、私は姑の持つ権力が怖くて言うことができなかった。

 姑がその気になれば、私に舅の死の濡れ衣を着せて警察に突き出すことさえできるのだ。想像しただけで身震いするほど恐ろしかった。
 あの時の警察官の冷たい目。もし私が捕まったとしたら、きっとこの村の人間も……夫も口裏を合わせるのだろう。

 ――こんな村だから、前の奥さんは黙って逝ってしまったのかしら……。

 相変わらず私に用事を言いつけてくる姑の不機嫌そうな顔を眺めて、ふと私はそう思った。


 ◇〇△


 舅に関する行事がひと段落した頃、姑は隣町にできた福祉施設のオープニングセレモニーに出席するのだと、いつもより着飾って家を出て行った。

 ようやく村人が訪ねてこなくなったこのタイミングで姑がいなくなるとは、またとないチャンスだ。

 私は意を決して姑の部屋へ行った。
 そっとドアノブを回したところ、やはり鍵がかかっている。

「ああ、もう……」

 私は無意識につぶやいて、床に膝をついた。わかっていても苛立ちが抑えきれない。

 古い金具の鍵は簡単な作りに見える。
 昔、こんな感じの鍵穴に安全ピンの針を入れて開けているのをテレビで見たことがあった。素人でもできるのかもしれないが、無理やりこじ開けると鍵穴に傷がつくらしい。
 帰ってきた姑がそれを見てどう思うのかを考えると、滅多なことはできなかった。

 鍵屋さんを呼ぶとしてもこんな村まで来てくれるかどうかわからないし、来るのに時間がかかってその間に姑が戻ってきたら意味がない。
 何より、鍵屋さんが来たことを村人が姑に報告するに決まっている。

 どうしようもない悔しさが込み上げてきて、私は大きなため息をついた。
 この村では私は圧倒的に無力で、姑に踏みにじられるだけの存在なのだと思い知らされる。

 腹立ちまぎれに思い切りドアを叩いた。
 木製のドアが大きく振動し、ガタガタと音を立てる。
 他人をこき使ったあげく言いがかりをつけるような人間が、何も悪びれずに堂々と大きな顔をしているのが許せなかった。罪に問われるべきは誰なのかと。

 二度目に拳を叩きつけた瞬間――何か小さな物が頭上から落ちてきて、床で跳ねる。

 鈍く光る茶色い金属の鍵だった。

 思わず息をするのを忘れていた。心臓の鼓動が激しくなる。

 どこから落ちてきたのだろう。
 見上げると、壁からドアの枠が一センチほど出ていた。この枠の上に置いてあった鍵が落ちた……と考えるのが自然だけれど、こんなところに大事な鍵を隠すものだろうか。

 祈るような気持ちで鍵穴に入れて回してみると、カチャン、と軽快な金属音が響いた。


 ピロロロロッ、ピロロロロッ。

 お屋敷の固定電話が鳴ったのはその時だった。

 姑からだったら、また何か用事を言いつけられるのでは。
 イヤな気持ちを抑えて表示部分を覗くと、携帯からではなく固定電話からだった。姑である可能性は低い。私は思い切って出ることにした。

 電話の向こうの男は隣町の警察署を名乗った。

 警察、と聞いて顔がこわばっていくのがわかった。あの警察官と夫の冷たい目が頭に浮かんで、歯がカチカチと音を鳴らした。とうとう私は冤罪で逮捕されるのか。

 そんなことを知る由もない電話口の相手は、淡々とした口調で私に告げる。

「タクシーがガードレールを突き破って転落し、運転手と乗客の方が病院へ搬送されたのですが――」
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