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濡れ衣
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「キャアァァァ!」
翌朝、キッチンで朝食の準備をしていると、姑の鋭い叫び声が聞こえた。
三日前に出かけた姑が帰って来ていたようだ。
何があったのだろう、と私は慌てて廊下へ出た。
姑は舅の部屋の前で立ち尽くしている。襖の隙間から舅が仰向けにベッドからずり落ちた状態で死んでいるのが見えた。
目を見開いたその顔は、まるで何かに驚いているようだった。
村の駐在所に連絡し、急いで来てもらうことになった。
叫んだきりいつもと変わらない様子に戻っていた姑は、警察官が来た途端に態度を一変させる。
目から大粒の涙をこぼして、
「この人よ! この人がやったのよ!」
と私を指さして警察官に訴えたのだ。
どこかの名探偵じゃあるまいし、姑の言葉ひとつで犯人が決まるわけがない。だいたい舅の死因すらはっきりしていないというのに。
あまりの突拍子の無さに呆然としている私の前で、姑はさらに口を開く。
「この人が変なものを夫に食べさせたのよ!」
「そうなんですねぇ」
ヒステリックに叫ぶ姑に向かって大きくうなずく警察官を見た時、私は嫌な予感がした。
「旦那さんのお世話をしていたのは?」
警察官の質問に姑は目を輝かせる。
「この嫁よ! わたくしが家を出ている間、この人が是非任せてくれと言うから、仕方なくお願いしていたのよ!」
「えっ……そんな、何を」
私は言葉を失ってしまった。あんな暴力的な人の世話を自分から任せてくれなどと言う人はいない。明らかな嘘に驚いて、喉が引きつったように声が出なくなった。
それでも警察官は穏やかな目で姑を見ていた。
「嫁さんがお世話をしていたんですね、じゃあ嫁さんが悪いですねぇ」
「そうでしょう⁉」
鼻息荒くふんぞり返る姑。
この状況でこんなことを言う警察官がいるのだろうか。私はますます混乱した。
まさか、この男性は警察官のニセモノなのでは――
思わずじっと見つめていると、男性は面倒くさそうな顔をして私のほうを向いた。
「あなたも嫁に来たんなら、人の世話くらいちゃんとしなさいよ。ましてや目上の家なんだから」
警察官の格好をした中年の男性はとても冷たい口調で言い放った。
「しっかり反省して、家の人の言うことをよく聞きなさい! 口答えをせずに!」
大きな声に私は頭が真っ白になって、何と返事をしたか覚えていない。
まさかこの警察官は……本気で私のせいだと思っているのだろうか……。
家にお医者さんが来て姑と話した後、夕方になってお通夜が始まった。いつの間にか広間に祭壇ができていて、村人が続々と集まってくる。
姑の地元の隣町から町議員が来ると聞いて、喪主である姑は水を得た魚のようにいきいきと振舞っていた。
私は自分の荷物の中からありあわせの黒い服を着て、仕出し弁当の手配や大量のお茶の準備をした。みっともないから表には出なくていいと姑に言われ、ずっとキッチンで湯呑を洗っていた。
――そこへ夫が帰ってきたのだ。
一か月ぶりの再会。言いたいことはたくさんある。文句を言いたいのは私のほうで、私にはその権利があるはずだった。
なのに夫は無言で近づいてきて、私を平手打ちした。
バチッ、という大きな音と熱くなった頬が、これは夢ではないと私に告げていた。
「よくも親父にあんな……おふくろがかわいそうだ」
夫の目は私に対する憎悪に満ちている。姑の主張を頭から信じているのだろう。参列していた村人の中にも私に同じ目を向けてくる者がいた。
ああ――そういうことか。
分かっていたつもりで、分かっていなかった。私の味方などいないということを。
だけど、本来はあなたが親の世話をしなくてはいけなかったんじゃないの?
それに『おふくろがかわいそう』って……私はかわいそうじゃないって言うの?
その不満が顔に出ていたのかもしれない。夫は得体のしれないものを見るような目をして口元をゆがめた。
「お前、一言も謝ることができないのか⁉ 人としてどうかしてるぞ!」
大声で怒鳴られ、私は思わずキッチンを飛び出してしまった。
翌朝、キッチンで朝食の準備をしていると、姑の鋭い叫び声が聞こえた。
三日前に出かけた姑が帰って来ていたようだ。
何があったのだろう、と私は慌てて廊下へ出た。
姑は舅の部屋の前で立ち尽くしている。襖の隙間から舅が仰向けにベッドからずり落ちた状態で死んでいるのが見えた。
目を見開いたその顔は、まるで何かに驚いているようだった。
村の駐在所に連絡し、急いで来てもらうことになった。
叫んだきりいつもと変わらない様子に戻っていた姑は、警察官が来た途端に態度を一変させる。
目から大粒の涙をこぼして、
「この人よ! この人がやったのよ!」
と私を指さして警察官に訴えたのだ。
どこかの名探偵じゃあるまいし、姑の言葉ひとつで犯人が決まるわけがない。だいたい舅の死因すらはっきりしていないというのに。
あまりの突拍子の無さに呆然としている私の前で、姑はさらに口を開く。
「この人が変なものを夫に食べさせたのよ!」
「そうなんですねぇ」
ヒステリックに叫ぶ姑に向かって大きくうなずく警察官を見た時、私は嫌な予感がした。
「旦那さんのお世話をしていたのは?」
警察官の質問に姑は目を輝かせる。
「この嫁よ! わたくしが家を出ている間、この人が是非任せてくれと言うから、仕方なくお願いしていたのよ!」
「えっ……そんな、何を」
私は言葉を失ってしまった。あんな暴力的な人の世話を自分から任せてくれなどと言う人はいない。明らかな嘘に驚いて、喉が引きつったように声が出なくなった。
それでも警察官は穏やかな目で姑を見ていた。
「嫁さんがお世話をしていたんですね、じゃあ嫁さんが悪いですねぇ」
「そうでしょう⁉」
鼻息荒くふんぞり返る姑。
この状況でこんなことを言う警察官がいるのだろうか。私はますます混乱した。
まさか、この男性は警察官のニセモノなのでは――
思わずじっと見つめていると、男性は面倒くさそうな顔をして私のほうを向いた。
「あなたも嫁に来たんなら、人の世話くらいちゃんとしなさいよ。ましてや目上の家なんだから」
警察官の格好をした中年の男性はとても冷たい口調で言い放った。
「しっかり反省して、家の人の言うことをよく聞きなさい! 口答えをせずに!」
大きな声に私は頭が真っ白になって、何と返事をしたか覚えていない。
まさかこの警察官は……本気で私のせいだと思っているのだろうか……。
家にお医者さんが来て姑と話した後、夕方になってお通夜が始まった。いつの間にか広間に祭壇ができていて、村人が続々と集まってくる。
姑の地元の隣町から町議員が来ると聞いて、喪主である姑は水を得た魚のようにいきいきと振舞っていた。
私は自分の荷物の中からありあわせの黒い服を着て、仕出し弁当の手配や大量のお茶の準備をした。みっともないから表には出なくていいと姑に言われ、ずっとキッチンで湯呑を洗っていた。
――そこへ夫が帰ってきたのだ。
一か月ぶりの再会。言いたいことはたくさんある。文句を言いたいのは私のほうで、私にはその権利があるはずだった。
なのに夫は無言で近づいてきて、私を平手打ちした。
バチッ、という大きな音と熱くなった頬が、これは夢ではないと私に告げていた。
「よくも親父にあんな……おふくろがかわいそうだ」
夫の目は私に対する憎悪に満ちている。姑の主張を頭から信じているのだろう。参列していた村人の中にも私に同じ目を向けてくる者がいた。
ああ――そういうことか。
分かっていたつもりで、分かっていなかった。私の味方などいないということを。
だけど、本来はあなたが親の世話をしなくてはいけなかったんじゃないの?
それに『おふくろがかわいそう』って……私はかわいそうじゃないって言うの?
その不満が顔に出ていたのかもしれない。夫は得体のしれないものを見るような目をして口元をゆがめた。
「お前、一言も謝ることができないのか⁉ 人としてどうかしてるぞ!」
大声で怒鳴られ、私は思わずキッチンを飛び出してしまった。
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