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2nd season 第三章

136 同衾

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ミズーラとの戦いで主殿は変わってしまった。
変わってしまったけれど、やはり、変わってなどいない。

『幸せが感じられない』というのは、一体どんな感じなのだろう?
美味しい食事をしても嬉しくないのに、不味いものを食べるとちゃんと嫌な気分になる、主殿はそう言っていた。

つまり、今の主殿の世界は苦痛だけで創られている。
普通はそれでも、周囲の愛情によって和らぐそうだが、主殿の場合、その愛情が原因に関係しているから、我らに縋ることも出来ない。
想像すると胸が張り裂けそうだ。

「あー、アベル、そんなに離れなくても大丈夫だ。どのみち最後は気絶するしな?」

そんな状態にも関わらず、先日の握手会後、こうして再び、我らの寝室を訪れてくれるようになった。
勿論毎日では無い。
だが・・・嬉しい。

「いや、良いのだ。あまり近づいてはすぐに気絶してしまうだろう?触れ合わずとも、こうして一つのベッドで語らうだけで、私は幸せだ」

主殿が言うには『ショック療法』というものだそうだ。
我らに愛情を感じると、それが悪寒に変換され、やがて許容値を越えると気を失う。
なぜそれが治療になるのかはわからないが、脳内分泌液という汁?が効くかもしれないそうだ。

「・・・約束・・・なかなか果たせなくてゴメンな?」
「主殿・・・」
「頑張ればこの状況でも、作れない事は無いと思うんだ、アベルとも、シリアとも・・・でも、そういうのダメだろ?やっぱな?」

「主殿、私ばかりが幸せにして貰って申し訳ないが、それでも、私は幸せだ。ゆっくりと待てるよう、しっかりレベル上げするから、焦らないで欲しい。それに、あと少しなのだろう?気球の旅に出られるようになるまで?」

「ああ。あと少しだ。全ての国が、神殿郵便無しでは立ちいかなくなれば、少なくとも国という規模で攻撃されるリスクは無くなる。そうなれば、バレても大丈夫だと思うんだ」

主殿と、家族皆で空を旅する。
想像もつかない。
主殿はいつも、我らを想像すらしていなかった世界に連れて行ってくれる。

私は本当に得難い主を得た。
我らほど幸せな女などどこにも居ない。

「あー、悪い。空の旅は俺も相当楽しみにしてたみたいだ・・・結構キツくなってきた・・・気絶する前にこっち来て」

幸せを感じそうになると、反対に悪寒に襲われる。
本当に、本当に非情な呪いだ。

「おやすみ、アベル」

主殿はそういうと、腕枕の中に私を抱き入れ、脂汗に震えながら、そっと口づけ・・・そのまま気を失った。

幸せを、愛情を感じられなくとも、私の主殿はこんなにも優しい。
やはり私は幸せ者だ。



#####



神殿の監視網は世界の七割をカバーするに至っていた。

国家や商人、そういった競い合う必要のあるもの達であれば、少なからずその網にかかる。
神殿郵便を使わなければ時勢の速度についていけないからだ。
だが、それはあくまでも網。

郵便を使わない者達までを網羅するのは無理がある。

「あの若造・・・よもやここまで大きくなるとは・・・もはや余が討つことはできぬ」
「仮にあの男を殺す事が出来ても、殺したものは世界中から恨みを買う事になるでしょう」

神殿郵便は世界を支えるインフラ、それを破壊すれば時代は逆行、一度手に入れた便利な暮らしを、奪われた者がすんなり受け入れられるワケが無い、受け入れるには相応の生贄が必要だ。

しかも今や郵便だけでは無い。
預金と送金のサービスが開始され、国家から農民まで、ありとあらゆる地上の財貨が、神殿に保管されている。
コレを破壊すれば世界が飢える。
国家は、民は、飢えた獣となり、互いに相喰み合う。
真っ先に喰い千切られるのは、恨むべき破壊者の首だ。

それがわからぬほど、ユザールは愚かでは無かった。
故に教皇位、その奪還をついに断念・・・だが、その地位を奪われた恨みまでも忘れる気は無かった。

「だがあの亜人の女は別!薄汚い魔物の分際で、崇高なる我ら聖騎士をアゴで使うなど思い上がりも甚だしい!ひん剥いてオークの巣に投げ込んでくれる!」
「ふむ、計画は順調なのだろうな?」
「万事抜かり無く」
「くれぐれも、取り逃がしたりしてくれるなよ?」
「いかに手練とは言え、あの女のギフトは大したことがありません。昨今は教皇も忙しいようで、女達に張り付いていない。おびき出して数で囲めば、どうする事もできぬでしょう」

人族至上主義。
エルフやドワーフ、獣人などの亜人を人族と認めず、魔物に分類して根絶やしにすべきという民族浄化思想だ。
500年前の魔王出現時に人族側で戦った為、大陸中央から北の国々では、表立って人族至上を唱えても眉をしかめられる事になるが、未だ南方には国を挙げて亜人排斥を掲げる国家すらある。

この世界よりも余程成熟しているであろう地球でさえ、肌の色が違うだけで差別される。
表面上は取り繕われていても、一定数の主義者達が北側の国々にも存在していた。
そしてそれらは通常、組織化されて活動するような性質のものでは無いため、誰が主義者なのか識別する事は難しい。

神殿郵便が普及する以前より、同志との連絡方法は出入商人への委託。
その荷の中に紛れ込ませた手紙が、今や殿として数日中に届けられる。

ユザール達は決してそれを狙ったわけでは無かった。
以前よりの習慣がそのまま引き継がれただけ。
そもそも郵便の軌跡が監視されているなどついぞ思っても居ない。
そしてユザールの動向を監視していた神殿文書保管室も、出入り商人が伝書鳩になっている事に気づかなかった。
皆この、画期的な監視網に傾倒するあまり、従来の方法を見落としていたのだ。

「ふむ。女達が嬲られる様をこの目で見られんのは残念だが、あの男が打ち拉がれる様は見られるだろう。それを見納めたら、そろそろ余も居を移すとするか・・・」


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