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Chapter4:海の家

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(うわあ……思った以上に忙しいぞこれは)

 夏真っ盛りの時季で天気も良く、9時には海水浴客でいっぱいになっていた。

(去年より忙しいかも)

 今年もまさやんのお兄さんの店は大盛況で、昼が過ぎてもてんてこ舞いな状態。

「阪井くん、ノンアルビール3杯ね、よろしく」
「はいっ!」

 ノンアルとはいえビールだから19歳のはなちゃんには持たせないようにやっていたら、ガンガン注文がきて自分の事で精一杯となりはなちゃんをちゃんとカバー出来てるか不安になる。

(あと少しで休憩か……はなちゃん大丈夫かな?)

 はなちゃんの方を向いていると、思った以上に動きが良くて目を見開いた。

(凄いな……コンビニしかバイト経験がないと言っていたけど、すごく楽しそうに仕事してテキパキ捌いてる……)

 長い三つ編みを揺らし弾けるような笑顔を振る舞いているはなちゃんはとっても可愛いしかっこよく見え、自分自身が恥ずかしいと感じてしまうくらいだった。

(いいなぁ……)

 前から「良い子」だと思っていたけれど、人間的に「いい」って思った。

(はなちゃんみたいになりたいな、俺……)

 就活では本格的な選考が2ヶ月前から始まって、今が最盛期といった感じ。
 相変わらずお祈りされては激凹みしたり、選考に残ってガッツポーズとったりとジェットコースターに乗ってるみたいな日々を過ごしている。
 本来なら今日は体を休める為に1日予定を入れず家でゆっくりしつつはなちゃんと数時間だけデート出来ればいいなくらいに思っていた。

(そもそも俺、はなちゃんが働いてる姿を一度も見た事がなかったんだよなぁ……忙しいバイトに誘ってはなちゃんに申し訳ない気持ちもあるけど、俺的にははなちゃんの一面を良く知れて得しちゃったなぁ)

 まさやんを助けるつもりで今日のバイトを受けたわけなんだけど、ヘトヘトになりながらもこうしてバイトに参加して本当に良かったと実感した。





「終わった…………」

 あっという間に陽が落ちて、営業は終了。

「あおくんお疲れ様」

 今ははなちゃんと一緒に店の片付け中だ。

「うん、はなちゃんもね」

 掃除道具を手に持ってニコニコ顔を向けるはなちゃんの姿は、4ヶ月前とギャップがあって余計に可愛く感じる。

「忙しかったけど、すっごく楽しかった!」
「そう? 本当に楽しかった? コンビニバイトしてる時よりもヤバかったんじゃない?」
「確かにそうだけど、いつもとは違う業務だからすごく新鮮で楽しかったんだよ~」
「そっかぁ」
「あおくんももしかしたらそうだったんじゃない?」
「まぁ、そうかも」

 可愛いはなちゃんが言っていた通り、海の家でのホール業務は新鮮な気持ちで取り組めて楽しかった。忙しくてたまらなかったけど、こうして片付けをしていると爽快感でいっぱいになるんだ。

「あおくん、ニコニコしてたもん!」
「そうかなぁ?」
「うん!」

 しかも俺の接客してる顔を好きな子に見られていたというのが恥ずかしい。

(「あの中でニコニコしてたのははなちゃんが居たからだよ」って……言えたらいいんだけどなぁ)

 はなちゃんに見られていた恥ずかしさはあるけれど……

「ふふふ♪」
「えへへ♪」

 全然嫌じゃなかった。

(海の家って、やっぱりいいなぁ)


 周囲を見渡すと、キッチン担当やパラソル貸し出し担当をしていた人達がゾロゾロと帰っている。
 周りの人達の会話をよく聞いていると、どうやら隣町でこれから花火大会が開催されるらしく急いで向かわなきゃヤバいのだとか。

(花火大会か……今から行けば間に合うのなら、はなちゃんも誘ってみようかな)

「ねぇはなちゃん、俺達も……」

 俺はすぐにはなちゃんが居た方を振り向いて帰るよう呼び掛けようとしたんだけど

「あれ? 居ない」

 さっきまで俺のそばで掃除していた彼女の姿が見当たらない。

「あっ! あおくーん!」

 あちこち見渡していたら、薄暗い中砂浜にしゃがんで何やらしているはなちゃんの姿があった。

「はなちゃん……どうしたの?」

 慌てて向かうと、はなちゃんは大きなポリ袋とステンレス製のゴミばさみを持っている。

「店長さんに了承得て、ゴミ拾いしてたの」
「ゴミ拾い?」
「うん! 陽が落ちちゃったから出来る量に限りはあるんだけど、少しでも拾っておけば明日バイトに来る人の負担が減るでしょ?」
「確かに……」

 確かに、ここのバイトの集合時間は朝7時半と結構早めだ。
 店頭の準備をするだけならここまで時間を早める必要はないのだけれど、朝一でゴミ拾いをしないとお客様を気持ち良く呼び込めないからどうしてもその時間になってしまうのだという。

「ここ、夜もカップルや学生で手持ち花火したりと遊ぶ人が多いんだって。だから営業終了直後にゴミ拾いしても追いつかなくてあんまり意味ないらしいんだけど、今日は隣町で花火大会があるからこっちで手持ち花火やる人はほぼ居ないんじゃないかって店長さんが言ったから、それで私がゴミ拾いやっておこうって」
「はなちゃん……」

 疲れてクタクタなはずなのに、はなちゃんはゴミ拾いの手を止める事なく俺に意気揚々と話してくれる。

(そっか……俺ははなちゃんと花火大会行けたらいいなって思って大勢の人と同じくここを離れて移動しようって考えていたけど、はなちゃんは逆の考えを持っていたんだ)

 彼女は「花火大会があるから早く帰ろう」ではなく、「花火大会があって今夜はここが静かになるからこそ、今日中にゴミ拾いをして明日のバイトに楽させてあげよう」って、そのような発想に至る子だった。

(俺、やっぱりかっこ悪くて恥ずかしいヤツだな……)

「俺も拾うよ」
「えっ?」
「完全に真っ暗になるまであと少し……1人よりは2人で手分けした方がたくさん拾えるからね」

 俺ははなちゃんを見習おうと、しゃがんで手でゴミを拾い始めた。

「あっ、ゴミばさみ店長さんからもう一つもらってくる……」
「いいよいいよ。手でいけるから」
「うん……じゃあ、危ないものが落ちてたら教えてね! 私が代わりに拾うからね」
「うん」

 薄暗い中でも、はなちゃんはキラキラ輝いて見える。

(俺も、はなちゃんみたいにキラキラしたいな……)

 ゴミ拾いを協力して取り組みながら、俺は一層彼女への想いを強めていった。
 

 
 


 
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