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事実と誤解

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「りょーくん……」
「それに、誤解を解くのはあーちゃん1人で俺は充分。
 大好きなあーちゃんに俺の事を理解してもらうだけで幸せなんだ」

 りょーくんはそこまで言って、猫耳ふにふにをやめてフードをパサッと私の頭から外すと

「俺の『野獣』の件、ちゃんと話を聞いてくれてありがとう。あーちゃんの事を好きになれて良かったって思っているし、俺の彼女がこんなにいい子で良かったって心から思っているよ」

 今までで1番幸せそうな笑みを私に見せてくれた。
 少年みたいな笑顔でもなく
 意地悪する時のニヤリ顔でもなく
 微笑み合う時の顔でもなく
 切なさや憂いを含んだ微かな笑みでもなく……。
 心の奥底から幸せな気持ちがあふれ出ているような、そんな笑みだった。

「そんな……私」
「そこは『どう致しまして』って言ってよあーちゃん」
「どういたし、まして」

 彼に促され、仕方なしに私はそう言ったんだけど、言い終えたらすぐにりょーくんは真顔に戻した。

「今の俺にとって大事なのは、在学中に取るべき資格を全部取ってちゃんと卒業する事と、あーちゃんの存在そのものなんだ。それ以外は本気でどうでもいいって思ってる。
 藤井や矢野っていう友達の存在もありがたいけど、既にあいつらは俺から『野獣』を切り離して俺の事を見てくれているし」

 真顔の真剣な表情で、りょーくんにとっての大学生活の重要さを改めて感じられる。

「大学で取得出来る資格をちゃんと取る事が、今のりょーくんにとって重要な事柄なんだね。私の珈琲の仕事と同じように」
 
 私の納得の意味を含むセリフにりょーくんは深く頷く。

「うん。このアパートでの一人暮らし含め、俺には沢山の恩を受けているからね。
 俺の部屋さ、あーちゃんの部屋よりもだいぶ広いだろ?あれって角部屋だからってのが理由じゃなくて、元々は店長……つまり、ここの管理人のお父さんの事務所だったからなんだ」
「事務所?」

 そして、話題が急にこのアパートの話になり、私はつい部屋の天井を見上げる。

「正確には俺の部屋の真下。伯父さんが事務整理をする為に使っていて、2階は趣味部屋だったんだ。元々他人に貸す気がなかったからこの部屋と真下の一階の部屋は広めにしてあるんだよ。バスルームもあーちゃん達の1Kのより広めにとっていて違う造りにしてる」
「そうだったんだ……お風呂まで広いのかぁ」

 確かにりょーくんのワンルームの部屋は広いなっていう感想を持った。

(事務整理の部屋の2階に趣味部屋だなんて凄いな……男性がワクワクするような秘密基地みたいだ)

 実際は「秘密」でも「基地」でもないんだろうけど、りょーくんからその話を聞いただけで女の私までちょっぴりワクワクな妄想を働かせてしまう。

「りょーくんの伯父さんって趣味を大事にする人だったんだね」
「というかね、資産運用する多くの人達とは少し変わった考えを持つ人だったんだ。
 店長もその傾向があるけど伯父さんは分譲マンションを土地にガンガン建てて利益得ようとするよりも、こういうアパートをちょこちょこ建てて管理し回るのが好きな人だったんだ。分譲マンションは主に伯母さんが所有してて、アパートが伯父さんの所有って当時はしてて。しかも伯父さんは自宅にはあまり帰らずに、一階部分で主に仕事して頭が疲れたら2階の部屋で趣味に没頭して……って生活してたんだ。晩年まで」
「晩年……」

 だけどりょーくんの口から出た「晩年」という言葉に私の胸はキュッとなる。

(という事は、伯父さんは早くにお亡くなりになったって事なのか……りょーくんの従兄さんは若いうちから辛い思いしてるんだなぁ)

「俺は4年前からここに住まわせてもらってるけど、それ以前は店長が一人暮らししてたんだよ」
「従兄さんは伯父さんと同じようなお仕事の仕方をしてるんだね」
「そうだね、本来ならもっとずっと長くこの部屋に居たかったんだと思う。でも俺が占有しちゃったようなものだから、店長は一つ向こうの駅の近くにあるマンションで今は生活兼事務作業してるんだ」
「占有?」
「うん……だから特に店長には恩があって、勉強頑張って恩を返していこうって思ってる」

 りょーくんの話の中で引っ掛かるワードだけを鸚鵡返おうむがえししたものの、それ以降りょーくんはその話題を広げようとはしなかった。

「そっか……りょーくん、毎日勉強頑張らなきゃだねっ!」

 彼の触れたくない部分であろう「占有」はもう聞き返すまいと心に決めた。

「うん、色んな話を聞いてくれてありがとうあーちゃん」
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