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猫になる

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「取り敢えずソファに座って」
「ああ……はい」
「俺、向こうでスウェット履いてくる。パンツ姿恥ずかしいし」
「あ、うっ……うんっ!」
「あーちゃんはちゃんとパーカーのファスナーをしっかりと閉めて……下さい」
「はい」

 彼に促され素直に座ったらりょーくんは一旦その場から離れていきながら私にブラを隠すよう指示してきた。

(確かにパーカー羽織っただけの姿でうろついてるのは良くないかも……)

 彼に言われた通りファスナーを首元までしっかり閉めたら、りょーくんのズボンお着替えを黙って大人しく待つ事にした。

(男の人の部屋ってこんな感じなんだぁ……人生初体験だぁ)

 とはいえ、部屋の物珍しさに思わずキョロキョロしてしまう私。

 りょーくんが着替え終わり、こちらへ戻ってくると、ソファの隣にドカッと座って私の顔を不思議そうな表情で見つめ始めた。

「なんで焙煎する日でもないのにベランダ出たんだよ?」
「えっ?」
「あーちゃん、前に『大雨降った日は湿度高いから焙煎やらない』とかなんとか言ってたような気がしたっていうか……」
「私は今日19時半上がりだったの。だから気分転換に焙煎でもしようかなって」
「ふぅん」
「っていうかそもそもりょーくんだってベランダ出てたじゃない?バイトあったんでしょ? そっちこそなんで?」
「っ!!」

 私に言い返せなくなったのか、りょーくんは余裕のない表情で言葉を詰まらせている。

「今夜のりょーくん……いつもと違って可愛い……」

 昼間とのギャップが違い過ぎて、思わずそんな感想を漏らすと

「あーちゃん反則っ!! 普通にしてても可愛いのに、プレゼントした服を着てメイクしたポニテのあーちゃんも可愛かったし、今なんか最高にエロ可愛くて……」
「えっ? エロ?」
「『昼間はいっぱい嘘ついてごめん』って言いたいんだよっ!!」

 りょーくん逆ギレしてるかのような様相で、私に怒ってるんだか謝ってるんだか分からないような言葉を私にビシバシぶつける。


「…………昼間は嘘ばかりついて本当にごめん、あーちゃん」

 でもりょーくんはすぐに眉を下げて哀しげな表情を作ると、私に向かってペコリと頭を下げた。

「嘘?」

(夕紀さんの予想が当たっていたって事かな……)

「昼間の俺の言葉は忘れて……そもそも俺は可愛いあーちゃんを泣かせて傷付かせて傷モノにまでさせたんだから『忘れて』とか軽々しく言う資格ないんだけど」

 夕紀さんや私の思い込みたい内容がピタッと合っていたようでホッとするものの「昼間の俺」の部分が気になった。

「りょーくんはどうしてあの時あんな事を?」

 私の今の問いにりょーくんは表情を曇らせて

「正直、自信が無くなってしまったんだ。可愛くて『子猫ちゃん』って矢野や藤井に言われてるようなあーちゃんと、『野獣くん』の俺じゃ釣り合わないんじゃないかって」

 彼は私の顔から目を一切逸らす事なく、本心を吐露してくれた。

「釣り合わない?」
「だって……あーちゃんは矢野達の言う通り純粋な子で、気持ちも中身も純白で、野獣の俺があーちゃんをめちゃくちゃに扱ってけがしちゃいけないって思うから。
 ましてあーちゃんは痴漢被害でずっと苦しんできていて、色んなトラウマも抱えているっていうのに」
「そんな……」
「本当にごめん。俺、あーちゃんに酷い言葉ばかり言ったよね。本当は純白で純粋なあーちゃんのままでいてほしいに願っているのに、俺自身がその真逆だから『薄汚れた雌猫』だとか思ってもない言葉をぶつけてしまって」
「りょーくん……」
「真逆の俺とこのまま付き合ってしまったらあーちゃんが俺にドン引きして嫌いになってしまうんだろうなって、水族館デートしながら可愛いあーちゃんと接している最中そんな妄想勝手に始めてしまって。
 段々と自分でも辛くなってきたんだ。あーちゃんのプルッとした可愛い唇が開く度に、『りょーくん嫌い』『私とは合わないから別れよう』って言うんじゃないかって……ちょっと怖くなってた」
「……」
「ランチの時、あーちゃんが『月に一回美容室行って見た目を変えたい』みたいな事言っただろ? あーちゃんは珈琲の仕事を物凄く大事にしてて過剰なオシャレをしなくて派手な格好を元々しない子で。
 そんなあーちゃんが俺と釣り合いを取ろうとしてわざわざそう言ってくれたのが嬉しいと一瞬思ったし感じた。
 だけどやっぱりそれはあーちゃんの人生計画から逸れちゃう。俺の存在であーちゃんの大事な物を失くしたり金銭的に奪ったりしてしまうかもって……」
「…………」
「それならいっその事あーちゃんに嫌われる態度を取って今すぐにフラれて、心の傷を最小限にしとこう……とか、そんな事を思いついてあんな嘘を」

 私の目を見つめながら真剣に話してくれる、真面目で誠実なりょーくん。

「りょーくんの本心が聞けて良かった」

 彼の言う通り、野獣くんや警察のお世話云々の悪い噂は全部真実なんだと思う。
 私に背中を向けてた時のあの言葉だけが、嘘なんだと思う。
 彼の真剣な眼差しを一心に受け止めながら私はそう感じて……私は自分の目を潤ませながら

「でももう、嘘つかれるのは嫌だ。純粋な私は簡単に信じてしまうから」

 彼にそう言い、彼の大きな掌に自分の掌を重ねた。

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