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猫になる

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「実は今日、彼氏と水族館デートしたんです」

 カフェ・オ・レを半分ほど飲み進めたところで、私はゆっくりと今日の涙の理由を夕紀さんに語り始める。

「朝香ちゃんの彼氏って、隣の部屋に住んでる同級生だったっけ?まだ付き合い始めて1ヶ月くらいの」
「はい、とてもかっこよくて大人っぽくて素敵な男性なんです」

 彼氏の存在については夕紀さんにも少し伝えていた。恋バナもここ1ヶ月でちょこちょこ話していたから、そこからは一気に1日の出来事を全て夕紀さんに話す。



「えぇ!?  下着姿の朝香ちゃん抱き締めて、キスしたのにすぐに機嫌悪くして外へ出て行ったぁ?」
「全部私が悪いんです。私がちゃんと自分の気持ちをハッキリと彼に伝える事が出来なくて、その上彼を萎えさせちゃうくらい私が田舎っぽくて女の子としての魅力が何にもなくって」
「違う違う!! 私が今リアクションしてるのは、朝香ちゃんが悪いとか彼が悪いとかそういう次元の話じゃなくてさぁ」
「そういう……次元?」
 
 私の話に、夕紀さんは最初から最後まで真面目に聞いていてくれたんだけど、話が終わった途端夕紀さんは不思議そうに首をかしげている。

「それさぁ、彼が絶対嘘ついてるでしょ!」
「嘘?」

 夕紀さんの「嘘」が何を指しているのか全く分からず、今度は私が首を傾げる。

「嘘っていうのは『野獣くんの噂や高校辞めた話が事実と言い放った件』の部分じゃないのよ勿論! きっとそこは本当に事実なんだと思うの。
 だってわざわざ言わなくてもいいプライベートな話を朝香ちゃんに明かしたんだから。嘘ならそんな細かい話を自ら明かさないでしょ」

 夕紀さん曰く、高認を取得した上で大学受験した事や警察のお世話になった事は、現在の状況下では「言わなくてもいいプライベートな話」になるらしい。

「確かに……その事は彼のお友達も知ってる様子や素振りないです」

 藤井くんは入学以来ずーっとりょーくんと仲良くしていて、学内の中では彼を一番よく理解している人物だと私は感じている。
 真澄は藤井くんを「妖怪」と称してウザがってはいるんだけど、自分に言い寄ってくる妖怪を利用してりょーくんの過去について探っていた時期があって私も藤井くんからりょーくんの過去話を側で聞いていた。
 でも、耳にするのは「野獣くん」の話ばかりでどこの中学高校出身だったとかどんな学生生活を今まで送っていたかについては一切語られる事なく「ますみんに教えたくても教えられないんだよ~笠原に訊いても答えてくれないんだから」と藤井くん自身が嘆いていたのを思い出す。

「でしょ? 彼の地元の人間がバラすならまだしも超真面目な大学生になった今わざわざ言う話かなって思わない? 高認取って入学する子は少なからずも日本全国存在するし、未成年で荒れてて警察のお世話になる事も分からないでもないけど今更ねぇ……って感じ」
「なるほど……」
「私が『嘘ついてる』って予想してるのはそこじゃなくて下着姿の朝香ちゃんと触れあってるのに萎えたって言い放った件よ! 私が男で半裸の朝香ちゃんを抱き締めてキスしちゃったら萎えるどころか止まんなくなるわよ!!」
「えっ……でも、私はイマドキの子じゃないしメイクも下手だし」
「1ヶ月付き合ってたんだから彼だって朝香ちゃんの可愛い部分をいっぱい見つけて萌えてた筈よっ!
 それに朝香ちゃんはとっても可愛い子なのっ! 服装やメイクがイマドキかどうかなんて関係無しに可愛いし、下着姿の女の子はそういうのを凌駕する可愛さセクシーさが出るものなのっ!
 私が彼だったらギューッとしてムチューッを延々やり続けるわよっ!! それこそお互いのバイトの時間が迫っても止めらんないくらいっ!!」

 夕紀さんは自分の体をギュッと両腕で抱き締め、唇もタコみたいに尖らせながら私に熱弁した。

「……」

 昔からの周知の仲ってヤツでお姉さん的存在で師匠であるだけでなく、スタイルめちゃくちゃ良くて超絶な美人さんでもある夕紀さんが「ギューッ」「ムチューッ、チュッチュッ」と口にしてユサユサ体を揺らしているのを目の当たりにすると、ドン引きを通し越して全身がむず痒くなってくる。

「……」
「…………」
「え……えーっと……ね、朝香ちゃん」

 そこで夕紀さんは自分自身の行動にハッとし冷静になったらしく、コホンと咳を一つして真面目な表情に戻すなり、私に彼の心境を解説してくれた。

「彼って嘘をつく時、朝香ちゃんから顔を背けてない?」
「え?」
「朝香ちゃんのさっきの話を最初から最後まで聞いてて私はそうイメージしたの。照れ臭くて視線を逸らす事も多々あるだろうけど、乱暴な言葉遣いをしてる時は朝香ちゃんに背中向けてたんじゃないかな?」
「あっ……」

 夕紀さんに指摘され、私は小さな声を漏らした。


ーーー

『だからさぁ、マジで野獣と子猫が付き合えんのかってんだよ!!!!』

『皺になるから掴んでんじゃねーよ』

『あー、やっぱり寝ときゃよかったー!! 時間の無駄だったー!!帰ろ帰ろ』

『こっち来んなよ!! うっとおしい!!』

ーーー


 りょーくんが言い放ったそのセリフの数々は私の心を凍てつかせ思い出したら今でも涙が出ちゃうくらい辛い言葉だらけなんだけど、言われた状況をよく思い出してみると全て私に背を向けながら彼は喋っていたと気付く。

 

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