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猫みたいな目で伝えたら

メイク直しの達人を呼ぶ

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「ユリさん?」

 真澄のセリフから耳慣れない固有名詞を拾い、聞き返してみると彼女は頷き

「そうなの。私がこっちに来てからの知り合いで」
 
 と、澄ました顔で答えたのだが……

「就職してから出来たお友達?」

 という馨の質問に、何故か「う~ん」と複雑な表情を作っている。

(どういう事? 友人関係ではないの?)

 「さん」付けだから歳上なのだろうか? でも真澄の口ぶりからは自分のような先輩後輩関係ではないような雰囲気がある。関係性をどう説明したら良いのか考えあぐねているように、馨には見えた。

(友達ってほどの関係までいかないけど連絡先知ってる仲って事かぁ)

 馨は就職理由で移り住んだ事もあり、仕事仲間以外の交友関係を広めようなんて思った事がなかった。恋人も社内で見つけてしまったので社外に出会いを求める必要性がなかったのだ。
 一方、関東からこちらへ移り住んだ経緯こそ同じであった真澄は「ユリさん」という知り合いを見つけて交友関係を広げようとしていたようだ。

「……で、その『ユリさん』がメイク詳しいの?」

 「ユリさん」と真澄の具体的な関係はさておき話を進めようとすると

「いや、メイク詳しいのは『コウさん』って人で」
「コウさん?」

 彼女の口から別の固有名詞が新たに飛び出してきた。

「私は何度か会ってる仲なんだけどメイクはしてもらわずじまいで」
「結局? してもらわなかった??」

(何度か会ってる仲なのに「してもらわずじまい」とは??)

 真澄の話を聞けば聞くほど謎は深まっていくし……。

「あー、えっと……その、ユリさんの方が仲良いのっ! その、コウさんは」
「矢野さんも仲良いんじゃなくて?」
「あ、まぁ……そうなんだけど……仲の良さのレベル? が、ユリさんの方がダンチで」

 それに伴って馨が質問すればするほど真澄は焦った表情を向ける。

(うーん……ますます分からない。具体的に突っ込んじゃいけないのかしら?)

「ユリさん、コウさんにメイク直しお願いしてもらっててその話を私がたまたま聞いた~っていう、そんな感じ!」

 なんとなく「触っちゃいけない部分」が存在してる上、真澄からそのように言い切られてしまったら仕方ない。

「そうなんだ……じゃあ、そのコウさんがメイク直しの達人ってわけね」

 馨は敢えてツッコミまず、彼女の話をそのまま呑み込んで理解していくしかなかった。

「そうそう! んもぅ馨さんってば理解早くて助かるぅ~♪」

 真澄は上目遣いしながら「助かった!」みたいな、ホッとした顔つきになり

「ユリさんに聞いたらきっと分かるんだろうけどなぁ~すぐに連絡取れてコウさんとアポ取るなんていくらなんでも無理かもなぁ~」

 ダメ元でユリさんに連絡取ってくれた。

「まぁ……達人といきなり近場で会えるなんて奇跡私も想定してないけど」

 馨の頭の中では既に「ユリさん」も「コウさん」もなく、気心知れた真澄にメイク直ししてもらえばそれで充分だったのだ。

(ま、連絡つくわけないよね)

 こちらからは期待せず、自分のメイクポーチをショルダーバッグから出していたら……

「うっそ! ヤバい奇跡起きたよ馨さんっ!!」

 真澄がテンション上げて馨の肩をポンポン高速で叩き

「え?」
「居る! クリスマスツリーの近くに!! ユリさんもコウさんも今居るみたい!!!!」

 たった今相手から送られてきたらしい巨大なクリスマスツリーの画像をこちらに見せてきた。

「え?! 居るの? こんな近くに?!」

 確かに、スマホ画面に映っているのはあのクリスマスツリーである。撮影も今まさに撮って送られてきたようでライトアップツリーは微妙にピンボケしており、画面下方部には琥珀色の飲みかけの透明カップや誰かの指の様なものが写り込んでいた。

「そうみたい! ユリさんは今日コウさんにクリスマスマーケットで食事しないかって誘われて、駅前広場でお酒飲み始めたばっかりらしくて」
「そうなの??!!」

 なんともまぁ、先日馨が足を踏み入れられなかった賑やかな空間にたった今2人とも立っているという話にただただ驚くばかりだった。

「ね! ねっ!! 馨さんっ!!
こんな奇跡、なかなかないんだからっ!! 今すぐしてもらお! コウさんにメイク直しっ!!!!」

 真澄の方はめちゃくちゃ興奮してて鼻息が荒い……が

「ええ~……でも、もうお酒飲んでてこれから盛り上がろうとしてたところなんでしょ? イベントを楽しむ2人の邪魔しちゃうでしょ。ダメよそんなの」

 馨の方はというと消極的だ。

「ええー!! 頼まなきゃダメでしょ!! だってこんな奇跡2度と起きないかもしれないのに!!」
「奇跡っていったって……」

 いくら達人だからといって仲の良い人達で今からクリスマスイベントを楽しもうとしているところへ水を差す気はない。馨だってそのくらいの社会的常識は持ち合わせている。
 なのに真澄はオフィスに誰も居ないのを良い事に「奇跡!」「奇跡過ぎるからヤバいから!!」を大声で繰り返しながらユリさんと通話を始めてしまい……

「来るって! 今から! コウさんがこっちに!!!!」

 なんとコウさんとやらを会社近くまで呼び寄せるという荒技を成し遂げてしまった。

「嘘でしょ……」

 呆れ返っている馨がよく見えていないのか、真澄は空気を全く読むことなく

「社用車の中でメイク直ししてもらう約束取り付けた! すごい! 激ヤバ展開になってきたっ!!」

 1人でその場にピョンピョン飛び跳ねて興奮しまくっている。

「えっ? マジなの?! マジで来るのその人……」
「マジ! マジよ馨さんっ!! ユリさんにはちょっとだけエキナカで待っててもらってサクッとこっち来てサクッとメイクしてくれるって! 一応ここの地図をユリさんに送ったからコウさんにも伝わったと思う。
 コウさんうちの会社名知ってるし、社用車のステッカーで気付いてくれると思うっ」

 真澄の興奮度はドンドン上がっていき、脳がバグり始めてるんじゃないかってくらい変になってて

「私っ! ユリさんのとこ行ってくる! 馨さんの足に合う勝負パンプス買ってくる!」

 そんな事まで言い始めた。

「は?! 靴?」

 何故に馨の知らない人物が我々の会社名のみならず事務所の住所まで知っているのかと、今すぐツッコミたい……が、真澄のバグったテンションのスピードは思考の更に先を進んでしまっているのでそれが全く出来ないし、更に「勝負パンプス」なるものまで飛び出したものだから馨頭の中がパニックになる。

「だって馨さん、チャリ通だからぺたんこ靴かスニーカーの2択ばっかりなんだもんっ!! 足のサイズいくつでしたっけ? せっかくなら靴もキレイめなヤツにしなくちゃ! 馨さん美脚なんだもんっ!!」
「えっ……ちょっと!」

 馨の身体も脳も置いてきぼりにしたまま、真澄はオフィスを出て駆け出してしまった。

(状況的に駅方面へ行ったのよね……?)

 窓から下を覗くと、既に真澄は外に出ており、街灯の光のみの中ウキウキした様子で駅の方へと走っていってて

(って事は、私……社用車の前で見ず知らずの「コウさん」を待たなきゃいけないって事??)

 辿り着いた答えに今度は馨が頭を抱えてしまう。


「えぇぇぇぇ…………なんなのよ、本当にもう」

 私はそのまま一階まで降り、会社名がデカデカと貼られている社用車が並ぶ駐車場前でポツンと立って待つしかなかった。

(っていうか、コウさんってどんな人なのよ?! 矢野さんと仲良いっていうくらいだからキレイめの女性なんだろうけど……)

 初冬の風は冷たくて、立ち尽くしたままの状態だとコートを着ていても凍えてしまいそうだ。

(そんな人に今から会うの? 私が? も~、別に達人じゃなくても良かったのに!)

 寒さでイライラしながら外に出て待つしかないという状況に陥ってしまった。
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