34 / 64
お金で解決していこうよ
「だって見てられなかったから」
しおりを挟む(え? ……え?)
確かに馨の200万円は燿太が取り返した。が、代わりに燿太の所持金が俊輔の手に渡ってしまったのだ。
「いやぁ、本当に良かった♪」
なのに燿太は今まで一番明るく晴れやかな表情で馨に笑い掛け「解決して良かった」という意味合いのセリフを口から発する。
「ぇ……」
良くないのだ。まったくもって解決していないし、逆に部外者の燿太が損をしているではないか。
「今お返ししても良いのですが、念の為安全な場所で渡します……ねぇ、それが良いですよね店長」
燿太は表情を一つも崩す事なく、手に持っている封筒を後方の中年男性へと手渡し
「うんうん西岡くんの言う通りだよ。さぁお客様、こちらへどうぞ……」
「店長」と燿太が呼んでいた中年男性が馨をカウンター奥の従業員専用室へと案内する。
「ぁ……はい」
周囲の目線も気になっていた馨は仕方なくその場で頷き
「お姉さん、立てますか? ボクの手を握ってて下さいね」
「はい……」
笑い顔の燿太の介助を受けながらカウンター奥まで向かう事にした。
「はい、お金が無事に戻ってきて良かったですねお客様!」
従業員専用部屋に連れて行かれたらすぐ、中年男性こと店長の手からお金入りの封筒を返却される。
「あ……ありがとうございます」
勿論燿太はそばで見守っており、封筒をバッグに入れ直すのをきちんと見届けながら「良かったですねー」と張り付いた笑顔のままで拍手までしていた。
(何よそれ……)
まるで別人のような振る舞いでいる燿太に違和感を持つ馨は、右頬をピクピクと震わせ心の中で悪態をつく。
「お客様。結果として実害がなかったとはいえ、やはり警察に連絡した方が良いのではないですか?」
複雑な気持ちでいる中、店長から通報の助言をもらったが、馨は呆然とした表情のまま首を左右に振り
「被害が出なかったので不要です。この度は助けて下さり誠に有難うございました」
と答えて店長と(別人のような)金髪ヘーゼルアイの男に会釈すると、それからインターネットカフェを後にした。
(なんか恥ずかしい……あの200万、祝儀袋にでも包んでおけば良かった)
雑居ビルの階段を足早に駆けていきながら、馨は頭の中を反省で埋め尽くす。
あの200万を形式的に「ご祝儀」としておけば店内で怪しまれる事はなかったし店長や金髪ヘーゼルアイ男に心配されたとしても「同僚にご祝儀を渡しただけだ」と誤魔化す事が出来たのだ。
(あー、もうっ!)
確かに数日前は嫌な気持ちでいたが、今日の馨は覚悟を決めておりあの200万を俊輔に渡してしまいたかった。
俊輔に何と暴言を吐かれようが何をされようが、馨の中では「あのまま渡す」が正解で取り返して欲しかった訳ではない。
(やだ……やだやだっ!!)
急いでビルから這い出て駅前広場に到着すると、ビュウウッと冷たい風が馨の体へと取り巻き
「寒っ」
身震いして両腕で自分自身を抱き締める。
「さむい……サムイよ、本当に」
気温差とは別の意味でそう呟いた馨が目線を真正面に向けるとそこには
「ぁっ」
前回この場所に降り立った時には拝めなかった、煌びやかなクリスマスツリーが視界に入る。
「すごい……」
以前真澄から聞いていたように、LEDの装飾を纏った円錐形のツリーは何十パターンものカラー配列を変えて観る者を飽きさせないように演出しており、それを取り囲むような店はどれも賑わって美味そうな香りを漂わせているし、ステージではダンスパフォーマンスが催されていて
(この前とは真逆だわ……)
真夜中に観たあのイベント初日とは真逆の賑やかさがあった。
「これが本来のクリスマスイベントかぁ……」
そこはまるで別世界のよう。
(楽しそう……)
俊輔とのゴタゴタから抜け出せた今の馨にとっては魅力的ではあったが
(でも私なんかが楽しんでいいはずないよね……)
5年も付き合っていた彼氏の口から聞かされた「処女ゲット出来た後は惰性で付き合うしかなかった」という本音が脳裏にこびりついていて、LEDライト満載の賑やかで煌びやかな世界に足を踏み入れられなくなっていた。
(価値がない女が楽しんでいい場所じゃない……)
馨はクルリと180回転して背を向けると
(帰ろう。こういう時は自転車で風を切るのが一番っ)
いつもの駐輪場へと向かおうとした。
(っていうか、お金どうしよ……俊輔に渡す筈がそのまま戻ってきちゃって)
俊輔への想いと決別出来なかった点や女として魅力がなかった現実と向き合いながら歩みを進めていると
「お姉さんっ! さっきは勝手な事してごめんなさいっ!!」
馨の肩を、耳慣れた声の人物がポンッと叩いた。
「ぁ」
振り向くと、白い息を鼻や口からモワモワと排出させてる金髪ヘーゼルアイ男こと燿太の姿があって
「西岡燿太っ……! あっ……あんたのせいで!!」
めちゃくちゃに混乱した馨は駐輪場の前で西岡燿太の胸元をドンッと強く叩いた。
「っ」
燿太は痛そうに顔を歪めただけで馨の行動を咎めはしない。
「あんたの所為で私恥かいちゃったじゃない! なんなのよあんた! なんであんたが私の代わりにあんな事!!!!」
それ以後も馨が何回もドンッ、ドンッと拳を打ち付けても制止はせずに
「ごめん……ごめんなさいお姉さん」
謝罪の言葉を繰り返していた。
「ごめんじゃ済まないわよ! あのお金とさよなら出来る良い機会だったのに台無しにしてっ!!」
それが余計に馨をムカつかせた。一般的にさっきのアレは馨を救ったと解釈されるだろう。でもそれは馨本人が望んだものではなかった。
「うん、台無しにしちゃったね。ごめんなさい」
そして燿太はそれを分かっていたのだろう。
「台無しよ! あんたの所為で!!」
だから馨の腹が立つのだ。彼は分かっていた上でワザとあんな事をして周囲の賞賛をもらったのだと……それがムカついてムカついてたまらなかった。
「バカじゃないの! 偽善者っ!! あのお金がどんな意味を持ってたのか、貴方知ってたじゃない! なんて事してくれたのよ!!」
燿太が理由を知っていて馨の状況を把握してくれているからこそ腹立たしい。
「うん……お姉さんが怒る気持ち分かるよ。ボクはお姉さんのお金と交換なんてすべきじゃなかった」
そして燿太も燿太で、そんな馨のイライラを一心に受け止めてくれていた。
「じゃあなんでしたのよ! あんな事っ!!」
いつの間にか馨の目には涙が浮かんでおり、拳は彼の胸の手前でスカッと空振りする。
「だって見てられなかったから」
空振った手は、西岡燿太の温かい掌でパシっと受け止められて……それから
「あんなオッサンに大事なお金渡ってほしくないって……勝手にボクが思っちゃったんだ……本当にごめんなさい」
「……」
「ごめんなさいお姉さん、勝手な行動取って本当にごめんなさい」
大事そうに小さな拳を包むとその場に跪き、何度も何度も謝る。
「……」
「ごめんなさい……ごめんなさい」
燿太がそう何度も何度も謝ったので、流石に馨もこれ以上怒る気が失せて
「分かったわよ、もう……」
溜め息をつき、昂る意識を緩めていった。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
社長の奴隷
星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
【R-18】クリしつけ
蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。
お嬢様、お仕置の時間です。
moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。
両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。
私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。
私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~
taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。
お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥
えっちめシーンの話には♥マークを付けています。
ミックスド★バスの第5弾です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる