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お金で解決していこうよ

「だって見てられなかったから」

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(え? ……え?)

 確かに馨の200万円は燿太が取り返した。が、代わりに燿太の所持金が俊輔の手に渡ってしまったのだ。

「いやぁ、本当に良かった♪」

 なのに燿太は今まで一番明るく晴れやかな表情で馨に笑い掛け「解決して良かった」という意味合いのセリフを口から発する。

「ぇ……」

 良くないのだ。まったくもって解決していないし、逆に部外者の燿太が損をしているではないか。

「今お返ししても良いのですが、念の為安全な場所で渡します……ねぇ、それが良いですよね店長」

 燿太は表情を一つも崩す事なく、手に持っている封筒を後方の中年男性へと手渡し

「うんうん西岡くんの言う通りだよ。さぁお客様、こちらへどうぞ……」

 「店長」と燿太が呼んでいた中年男性が馨をカウンター奥の従業員専用室へと案内する。

「ぁ……はい」

 周囲の目線も気になっていた馨は仕方なくその場で頷き

、立てますか? ボクの手を握ってて下さいね」
「はい……」

 笑い顔の燿太の介助を受けながらカウンター奥まで向かう事にした。


「はい、お金が無事に戻ってきて良かったですねお客様!」

 従業員専用部屋に連れて行かれたらすぐ、中年男性こと店長の手からお金入りの封筒を返却される。

「あ……ありがとうございます」

 勿論燿太はそばで見守っており、封筒をバッグに入れ直すのをきちんと見届けながら「良かったですねー」と張り付いた笑顔のままで拍手までしていた。

(何よそれ……)

 まるで別人のような振る舞いでいる燿太に違和感を持つ馨は、右頬をピクピクと震わせ心の中で悪態をつく。

「お客様。結果として実害がなかったとはいえ、やはり警察に連絡した方が良いのではないですか?」

 複雑な気持ちでいる中、店長から通報の助言をもらったが、馨は呆然とした表情のまま首を左右に振り

「被害が出なかったので不要です。この度は助けて下さり誠に有難うございました」

 と答えて店長と(別人のような)金髪ヘーゼルアイの男に会釈すると、それからインターネットカフェを後にした。

(なんか恥ずかしい……あの200万、祝儀袋にでも包んでおけば良かった)

 雑居ビルの階段を足早に駆けていきながら、馨は頭の中を反省で埋め尽くす。
 あの200万を形式的に「ご祝儀」としておけば店内で怪しまれる事はなかったし店長や金髪ヘーゼルアイ男に心配されたとしても「同僚にご祝儀を渡しただけだ」と誤魔化す事が出来たのだ。

(あー、もうっ!)

 確かに数日前は嫌な気持ちでいたが、今日の馨は覚悟を決めておりあの200万を俊輔に渡してしまいたかった。
 俊輔に何と暴言を吐かれようが何をされようが、馨の中では「あのまま渡す」が正解で取り返して欲しかった訳ではない。

(やだ……やだやだっ!!)

 急いでビルから這い出て駅前広場に到着すると、ビュウウッと冷たい風が馨の体へと取り巻き

「寒っ」

 身震いして両腕で自分自身を抱き締める。

「さむい……サムイよ、本当に」

 気温差とは別の意味でそう呟いた馨が目線を真正面に向けるとそこには

「ぁっ」

 前回この場所に降り立った時には拝めなかった、煌びやかなクリスマスツリーが視界に入る。

「すごい……」

 以前真澄から聞いていたように、LEDの装飾を纏った円錐形のツリーは何十パターンものカラー配列を変えて観る者を飽きさせないように演出しており、それを取り囲むような店はどれも賑わって美味そうな香りを漂わせているし、ステージではダンスパフォーマンスが催されていて

(この前とは真逆だわ……)

 真夜中に観たあのイベント初日とは真逆の賑やかさがあった。

「これが本来のクリスマスイベントかぁ……」

 そこはまるで別世界のよう。
 
(楽しそう……)

 俊輔とのゴタゴタから抜け出せた今の馨にとっては魅力的ではあったが

(でも私なんかが楽しんでいいはずないよね……)

 5年も付き合っていた彼氏の口から聞かされた「処女ゲット出来た後は惰性で付き合うしかなかった」という本音が脳裏にこびりついていて、LEDライト満載の賑やかで煌びやかな世界に足を踏み入れられなくなっていた。

(価値がない女が楽しんでいい場所じゃない……)

 馨はクルリと180回転して背を向けると

(帰ろう。こういう時は自転車で風を切るのが一番っ)

 いつもの駐輪場へと向かおうとした。

(っていうか、お金どうしよ……俊輔に渡す筈がそのまま戻ってきちゃって)

 俊輔への想いと決別出来なかった点や女として魅力がなかった現実と向き合いながら歩みを進めていると

「お姉さんっ! さっきは勝手な事してごめんなさいっ!!」

 馨の肩を、耳慣れた声の人物がポンッと叩いた。

「ぁ」

 振り向くと、白い息を鼻や口からモワモワと排出させてる金髪ヘーゼルアイ男こと燿太の姿があって

「西岡燿太っ……! あっ……あんたのせいで!!」

 めちゃくちゃに混乱した馨は駐輪場の前で西岡燿太の胸元をドンッと強く叩いた。

「っ」

 燿太は痛そうに顔を歪めただけで馨の行動を咎めはしない。

「あんたの所為で私恥かいちゃったじゃない! なんなのよあんた! なんであんたが私の代わりにあんな事!!!!」

 それ以後も馨が何回もドンッ、ドンッと拳を打ち付けても制止はせずに

「ごめん……ごめんなさいお姉さん」

 謝罪の言葉を繰り返していた。

「ごめんじゃ済まないわよ! あのお金とさよなら出来る良い機会だったのに台無しにしてっ!!」

 それが余計に馨をムカつかせた。一般的にさっきのと解釈されるだろう。でもそれは馨本人が望んだものではなかった。

「うん、台無しにしちゃったね。ごめんなさい」

 そして燿太はそれを分かっていたのだろう。

「台無しよ! あんたの所為で!!」

 だから馨の腹が立つのだ。彼は上でワザとあんな事をして周囲の賞賛をもらったのだと……それがムカついてムカついてたまらなかった。

「バカじゃないの! 偽善者っ!! あのお金がどんな意味を持ってたのか、貴方知ってたじゃない! なんて事してくれたのよ!!」

 燿太が理由を知っていて馨の状況を把握してくれているからこそ腹立たしい。

「うん……お姉さんが怒る気持ち分かるよ。ボクはお姉さんのお金と交換なんてすべきじゃなかった」

 そして燿太も燿太で、そんな馨のイライラを一心に受け止めてくれていた。

「じゃあなんでしたのよ! あんな事っ!!」

 いつの間にか馨の目には涙が浮かんでおり、拳は彼の胸の手前でスカッと空振りする。

「だって見てられなかったから」

 空振った手は、西岡燿太の温かい掌でパシっと受け止められて……それから

「あんなオッサンに大事なお金渡ってほしくないって……勝手にボクが思っちゃったんだ……本当にごめんなさい」
「……」
「ごめんなさいお姉さん、勝手な行動取って本当にごめんなさい」

 大事そうに小さな拳を包むとその場に跪き、何度も何度も謝る。

「……」
「ごめんなさい……ごめんなさい」

 燿太がそう何度も何度も謝ったので、流石に馨もこれ以上怒る気が失せて

「分かったわよ、もう……」

 溜め息をつき、昂る意識を緩めていった。
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