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互いが交差している地点

互いに重なり合った地点に立つ

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「別に……お姉さんが悪いんじゃないし」

(タンス預金ですらない行動をとってるボクが一番悪い)

 確かに悪いのは馨ではなく自分にあると燿太は考えていた。

(見られた中身が鞄じゃなくて財布だけだったならどうって事なかった……万札を崩してしまえばご主人様からもらったお金じゃなくなるから)

 自分が悪いと思っているから余計に「茶封筒の束を見られた」事を恥じ……悔い、よって動揺しているのだ。
 
 ケースケをはじめとする他のセラピスト達が安西香織から手渡された茶封筒をどのように扱っていたのか燿太は知らない。
 少なくとも、安西香織を通して初めて恋を学んだ燿太にとって手渡し方式の給与は「愛する女性ひとからのプレゼント」だと思っていた。だからこそ「大事な消費するまでは物理的に手放したくない」となんとなく思ってしまっており、この5年それがずっと習慣付いてしまっていた。

「でも……」

 馨は心配そうな表情で何かを言いたそうにしている。

(どうせ「銀行に預けないと危ない」とか叱ってくるんだろうな)

 燿太のこの気持ちを一切知らない他人がこんな状況を見たら何て言うか、そんなの分かりきっていた。今まで誰にも見られないように気を遣っていたし、アルバム先の休憩室で5時間眠り込んだ時だってロッカーからわざわざショルダーバッグを取り出して抱き枕代わりにしていた。主人の残り香を少しでも嗅げるように。

「そうね、私がとやかく言う筋合いはないわね。もしそれが働いて稼いだお金なら手放したくない気持ちも分かるし」

 けれど、彼女が発した台詞は燿太の予想を飛び越えていて

「えっ?」

 今度は燿太の方が「えっ?」の声を発してしまう。

「私、分かるのよ。お金そのものに意味がないって頭では理解してるのに、なんとなく自分の中でルール作っちゃうの」
「…………」

 木崎馨という女性は自分と似た考えを持つ人物だったのである。

「私はちゃんと通帳に入れてるのよ。西岡さんみたいな事まではしてない。
 だけど、貴方と似たような事してるの。彼と付き合い始めの時にね、新しい通帳口座作ったの。彼から奢ってもらった分と同じ金額を預けてみたり、自分のご褒美としてそれまで買ってたお菓子とか雑貨とかを我慢した分をその通帳に預けたりして……で、私が29になった誕生日に200万になって」
「…………」
「彼からの奢り金額よりも私が我慢した金額の方が断然多いのよ、それ。だけどそれは全部『彼の為に貯めたお金』になってて、私にとってはものすごく意味のある通帳になってるの。大事にしすぎてその通帳肌身離さず持っちゃってる。
 『いつか彼と結婚する時に使おう』って決めてて、プロポーズされたらすぐに下ろせるようにしとこうって決めてて、彼にも200万貯めてるって話してて」

「そう……なんだ」

 彼女の話に、燿太はその一言しか返せなかった。

「昨日あんな事になったのに、通帳はまだ大事にこの中にあるの」

 彼女は手持ちの、ボクのよりも小さなショルダーバッグをパンパンと叩き音を鳴らしながらそんな話をしてくれる。

「そっか……もしかして、元彼への気持ちよりもお金の意味合いの方が強い感じ?」

 ようやく絞り出した燿太の質問に

「うん……別の用途で散財しようって気持ちになれないのよ。かといってその通帳をこの中に入れたまんまにしててもいけないって思ってる。
 いっそのこと『これ全部彼に渡しちゃった方がいいのかも』って馬鹿な考え働いちゃってるくらいよ」

 彼女はそう返答し、眉を下げた。

「そっか……発想はボクと逆だよね。ボクは死別でご主人様への未練を残したくなるけど、お姉さんは後輩に寝取られてるから捨てたい気持ちがあるでしょう?」
「でも、は一緒じゃない? 私も西岡さんもお金に無理矢理意味を込めちゃってるんだから」

 牛丼屋の扉前で燿太頭によぎった「まさか」とは別の意味で鼓動が高鳴っていく。

(まさかこの人もボクみたいに、鞄の中に「思い出のお金」を入れてるなんて思わなかった……)

 燿太と木崎馨は共通項がたくさんあり、しかもそれらは重なり合っていた。

(もしかしてボクらは、その重なり合った地点に今立っているのかもしれない)

「着いたね、マンションの駐輪場」
「うん……ずっと自転車押してくれてありがとう」

 タイミング良く互いの住まうエントランスに到着して……燿太は握っていた自転車のハンドルを木崎馨へと突き返す。

「ううん……じゃあ、さよなら。おやすみなさい」

 「互いが交差してる地点に今立っている」という事実が気恥ずかしくなっていた燿太はそれだけを言うと急いで階段を駆け上がり、201の部屋に入って……ベッドへ仰向けになり



「っはあぁぁぁ……」

 ずっとずっといきり勃っていた男根に右手で優しく触れてみた。

「ああぁぁぁ」

 ずっとずっと我慢していた所為でソレは情けなく衣服の中で暴発し、手も指もドロドロになる。

(ご主人様じゃないヒトで出しちゃった…………)

 瞬時に激しい後悔や恥辱感が襲う。

「はぁ……はぁ……」

 ファスナーをしっかりと閉めているショルダーバッグが、自分を見つめているような……そんな気恥ずかしさまで感じる。
 
 でも、その不快感は一瞬の事で……

「気持ち……かったぁ……」

 何かと何かが切り離されるようなイメージが頭の中に浮かび……睡魔と共にやわらかて温かな感情が燿太の心身を包んでいったのだった。


 
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