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ジューシーな部分だけ
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しおりを挟む「ユウちゃんが8歳の時に、そんなに素敵な出会いをしたんだね……このコーヒーと」
気が付いたら、部屋の窓から射す光がオレンジ色に染まっていて、私の右頬の表面温度を高くしていた。
「うん……朝香ちゃんのお母さんが焙煎していたグアテマラアンティグアと全く同じ味にはなっていないんだけど、だいぶ近付けた気がするの」
数時間にも渡る私の昔話を、穂高くんは左隣で静かに聴いてくれていて
「朝香ちゃんのお母さんは認めてくれてるんじゃないかな? ちゃんと弟子に技術を受け継がせる事が出来たからこそ、今のユウちゃんを広島から応援してくれてるんじゃないかな?」
私の意図を汲み取って、きちんと理解をして、私が一番に望むような言葉を選んで優しい返答をしてくれる。
「そうかしら……」
「そうだよ」
「でも、私は『まだまだ』って思ってる。店を開いてお客様に喜んでいただける珈琲を提供して生活出来る金銭を得られるようにはなってきたけど、まだまだゴールには程遠いと考えている」
「まだまだ、修行中……って事かな」
「そうね」
「生涯修行して研鑽していく感じ?」
「そう……そんな感じよ」
「ユウちゃんらしいなぁ、やっぱり」
「……」
チャラ男の言葉は、ある意味「プロ」だ。
私の左頬を、右と同じ温度へ簡単にしてしまう。
「あっ、夕陽の光、眩しいよね。カーテン閉めておくよ」
「うん……お願い」
そして私の変化にすぐ気が付いて、サッと行動してくれる。
……流石だな、と感じる。
「ごめんねユウちゃん、気が付かなくて」
「ううん……ありがとう」
けれど、チャラ男の彼は私の左頬も赤くなっている意味に気付いているんじゃないだろうか?
「ねぇ、もっと聞かせて? ユウちゃんの話。
もっともっと聞いてみたい。ユウちゃんの事をもっともっとたくさん知りたい」
そう……彼の本質はチャラ男なのだから、きっとこの状況を楽しんでいる筈だ。
私の心を弄んで、おちょくって、「あわよくば」なんていう邪な考えがあるに違いない。
「じゃあ、ピザとって」
「ピザ? デリバリーの?」
「うん、お腹空いたから。普段食べないくらいのスペシャルなピザをいっぱいとってよ。そしたら話してあげる」
だから、私もタダで転ばない女なんだというところを見せつけようと思った。
(デリバリーピザのそういうグレードのものならそれなりの値段になるし、金銭面でちょっとは穂高くんに反撃してやらなくちゃ)
なのに……
「ぶふっ……クククククッ」
穂高くんはお腹を抱えて笑い出した。
「なっ、んで笑うのよ?!」
勿論私は動揺した。
「なんでって、そりゃ笑うでしょ! 声も上擦ってるしっ……フフッ……クククク」
彼の「声の上擦り」という指摘にも私は体温を内側から上昇させる。
「上擦ったのは、たった今の事でしょっ!」
「そうだけどさぁ~『普段食べないくらいのスペシャルなピザ』って言い回しが可愛くって」
「!!」
「たった今の、上擦ったのもめちゃくちゃ可愛い」
アニメ映画の表現みたいに、私の髪がふわりと浮き上がったような気がした。
「……!!」
勿論、声の一つも出せずに……だ。
もうすぐ33歳になろうとしているけれど、こんなに恥ずかしい想いをしたのは初めてかもしれない。
「いいよ。デリバリーピザでオススメのところがあるから、そこの1番高いスペシャルなピザを今から頼もう」
穂高くんはひとしきり笑った後でスマホを取り出しネット注文を始めた。
「っ……」
「ユウちゃんは好き嫌いない?アレルギーはあったりするかな?」
「……ないけど」
「なら良かった♪ 支払いは気にしなくていいよ。今日の夕飯は俺が奢ろうと思っていたからさ、ユウちゃんの思惑通り俺の財布にちょっとだけ打撃食らわしちゃおうね♪」
穂高くんは察しが良い。
私は一応馬鹿な頭をしてないつもりでいたけれど、穂高くんのその性質が私を単細胞の何かにでも陥落させるような気にさせてしまう。
「うん……」
「だから、またコーヒー淹れてね♪」
「うん」
だから私は「うん」しか、しばらく声を出せずにいた。
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