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斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中

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籠のトリに逃げ場はない

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 斎は樹の代わりでも構わないと昨晩思った。彼が求めてくれるなら、それでいいと。そしていつか自分を見てくれれば……なんて思っていた。
 抱かれている間、樹への罪悪感がなかったわけではない。
 熱を交わすたびに、積もって積もって苦しくて、それでも斎はそこに幸せを見つけてしまった。

 斎はたった一晩の過ちなのだと言い聞かせて、何もなかったことにしたかった。
 だから勇樹の申し出が許せなかった。自分を否定されているような気がして…………斎は逃げ出した。

 そしてすぐさま白井に連絡を取った。
 勇樹が次のマネージャーに指名したというのもあるが、何より彼はいつでも勇樹のことを心配していたからだ。

 自分勝手な愚痴にも近いそれを白井はずっと聞き続けてくれた。
「社長には俺から言っておこう。服部君、君には荷が重すぎたようだ」
 最後に白井が告げた言葉は斎を強く突き放す言葉だったが、斎にはその言葉が何より心地よかった。



 それから正式に会社を辞める手はずが整った斎は今までお世話になった人達にまともに挨拶をする間も無く数年ほどお世話になった会社のデスクの片付けを始めた。
 会社より出先にいることの方が多かった斎のデスクにはあまり荷物は置かれておらず、引き出しの中のカップラーメンが持ち帰りの荷物の大半を占めた。
 せめて白井にはお詫びと別れの言葉を告げたかったが、急遽辞めることとなった斎の代わりに勇樹のマネージャーの役目を担ってくれた白井にそんな時間はなかった。斎は白井から託されたノートを彼のデスクの上に置いて、深く頭を下げた。


「お世話になりました」
 事務室を後にすると、目の前からブライダル会社の撮影から抜け出したような白いスーツに身を包み、花束を抱えた勇樹が斎の元へと歩み進んでくる。
 斎は目を合わせないように俯きながら、彼の進路を開くべく廊下の端に寄った。すると勇樹もそれに合わせて進行方向を変える。

「斎!」
「な、なんですか?」
「結婚してくれ!」
「その話はお断りしたはずですが」
「だからもう一度プロポーズした。これからも斎が頷くまで何度だって乞い続けるさ」
「何度言われても俺の答えは変わりません」
「何度断られても俺の思いは変わらない」
「他の人、探せばいいでしょう?」
「斎じゃなきゃ意味がない」
「樹さんがもう人のものになったからですか? だけどそんなの、俺には関係ないはずでしょう? ……これ以上、巻き込まないでください」
「樹は関係ない!」
「なら……放っておいてください」

 斎は勇樹から目をそらす。
 もう自分には関係ないのだと。

 もう、こんな醜い姿を見ないでくれと。

「樹の方じゃなくて……ああややこしいな……。俺が好きなのは服部 斎であって金城 樹じゃない!」
「そうですか……」
 言い訳のように聞こえるそれは斎には耳心地いいもので、手の届かない目の前のアルファについ手を伸ばしたくなる。

「初めは確かにあいつに重ねてた部分もあるけど、だけどあいつとお前は顔以外、全然似てなくて……それ以前に違う人間だろ! 俺はあいつとは全く違うお前を選んだ。……お前が欲しいんだ」
「本当に私で、いいんですか?」
「ああ。斎じゃなきゃ意味がない」

 その強い言葉に背中を押され、斎は美しいアルファの手を取った。勇樹は弱く伸びたその手を引き、彼の身体を包み込む。
 伝わる熱は昨晩のように燃ゆるような熱ではなく、じんわりと温かいものだった。
 だがどちらも斎にとって愛おしい勇樹から与えてもらった熱には変わりないのだった。

 勇樹に溺れるようにしてその胸に抱かれていると、パンパンパンとよく響く音が斎を強引に現実へと連れ戻した。

「はいはいはいはい、タイムリミットです。服部君ごとでいいので次の仕事向かいますよ」
「白井……空気読めよ」
「服部君の退社日教えてあげたの、俺だってこと忘れたんですか?」
「そのことには、まぁ……感謝してる」
「なら行きますよ」
「白井さん、迷惑かけてすみませんでした」

 斎は勇樹の身体から少し離れて、おそらく今回一番の迷惑を被ったのであろうその人に頭を下げる。
 すると白井は考えるように首を少しだけ傾けるとああと頷いた。

「迷惑? それって、マネージャーのことですか? まぁ確かに、君がこいつの妻とマネージャー業、両方してくれれば儲けものだとは思いましたが、さすがに荷が重かったようで。それでも妻になってもらえただけありがたいというものです」
「え?」
「ああ、長期で撮影に入る時は今まで通りこいつに連れ添って来てくれないと駄々をこねると思いますので、そこらへんは協力してもらいたいのですが」
「はぁ……」

 その日、斎はまだまだこの人には敵わないのだと悟った。
 斎が勇樹のマネージャーをするようになってからたった数年。白井のように勇樹の心を読むなんて芸当はまだまだ身につけることはできない。

 けれど斎が妻として、勇樹の考えていることがわかるようになる日までそう時間はかからないだろう。
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