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「リヒター」
「アレックス」

 アレックスはリヒターの背中から包み込むように腕を回す。そして彼の唇を奪った。

 何度も何度も。角度を変え、隙間から舌を入れ、リヒターの味を確かめるのである。

 互いに忙しい二人が会えるのは週の最後の日だけ。
 それも仕事の都合でなくなったり、夜の短い時間に会うだけになったり。それでもリヒターは幸せだった。

 聖女のサポート兼教会の雑務を引き受けるだけの神官である自分が、国で一番花形である近衛騎士のアレックスと恋人のような関係になれたのだから。



 アレックスのことを初めて意識したのは二年前。
 聖女のお祈りの後片付けをしていた時のこと。

 金色の髪に朝陽が降り落ちてキラキラと光っていた。まさに神が舞い降りたかのよう。神聖に思えるような光景に心惹かれた。

 今から思うと一目惚れというやつだったのだろう。
 それからリヒターはアレックスを目で追うようになった。

 いつだって彼の近くには誰かがいて、当然のようにその中には恋人と思わしき女性だっていた。

 目に見えて仲睦まじい相手がいたとしても、思いを寄せる人は男女問わずいる。職業もバラバラ。ガツガツアプローチできる者もいれば、リヒターのようにひっそりと見守る者もいる。

 同じ人を好きになった、所謂お仲間というのはよく分かるものだ。
 アレックスを目で追う中で、お互いに牽制し合う姿を度々目にしてきた。

 けれどリヒター自身が牽制されたことはない。顔も身分も職業も性格も。いずれを取っても敵にならぬと判断されたのである。

 実際、リヒターも積極的にアプローチするつもりなどなく、ひっそりと眺めていられれば幸せだった。


 そんな一方的な恋心に変化があったのは、一年ほど前のこと。


「君、いつもフィリス様のサポートをしている神官だよな?」
「は、はい」
「これ、フィリス様が忘れていったんだ。届けておいてくれるかな」
「喜んで!」
「喜んでってなんだそれ」

 アレックスが話しかけてくれたのである。

 たかが仕事の話。
 けれどリヒターは天にも昇るような気持ちだった。おかしな返事をしたせいで彼に笑われてしまった。

 けれど彼の笑みは馬鹿にするようなものではなく、優しい笑みだった。

 今日の思い出を胸に、この先一生暮らしていけると思うほど。二度目があるなんて思っても見なかった。

 けれどそれ以降、アレックスはリヒターを見つけると度々声をかけてくれるようになった。


「フィリス様のお気に入りの」
「なぁ神官君」
「リヒター」

 呼び名は次第に変化していき、周りからの視線も変わっていった。

 なんであんなに地味な子が。視線は彼らの言葉を物語っていた。
 悪意というより疑問が強いのだろう。

「どうせ飽きられる」
「あまり期待しない方がいいよ」
「カッコいいけど、彼、プレイボーイで有名だから」

 いろんな人が声をかけてきてくれたが、大抵同じ言葉で締めくくられた。

「何かあってもあなたのせいではないから」

 それはまさしくお仲間にかける言葉。
 リヒターに伝えながら、同時に自分達に言い聞かせているようだった。

 きっと何人も似たような人達を見てきたのだろう。
 リヒターは小さく頷いて、お礼の言葉を告げた。


「リヒター。今晩、食事でもどうだい?」
「ご一緒してもいいのですか?」
「俺がリヒターと一緒に食べたいんだ」


「良い酒が手に入ったからうちに遊びに来なよ。といっても騎士寮だけど」


「さっき女の子達から聞いたんだけど、城下町に新しいケーキ屋がオープンするんだって。リヒターは甘いもの好きだよな? 今度一緒に行かないか?」


 彼らの言葉があったから、リヒターは調子に乗ることはなかった。
 いつかは覚める夢だと自分に言い聞かせ、アレックスの手を取る。

 初めてキスをされた時は少しだけ戸惑った。
 けれど軽く触れただけの唇も背中に回された腕も優しくて、拒むことなんて出来なかった。

 降り注ぐ二度目、三度目のキスを受け入れる度に今よりももっと深みにはまることになるとも知れずに。
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