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━━第十一章━━

━━ 三節 ━━

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━━━━ 一本取った。

「ッ…」

━━ トドメを刺した。

「ッ…、ぐ…ッ!」

━━━━ ハズだった。

渾身の一撃を与えた斧は、刃が彼女の頭で止まったまま、それ以上先に進まなかった。

嘘、だろ…!?

額から血が流れぬどころか、予想以上に硬かったため、反動が斧を通じて両手にビリビリと返ってきたのだ。

肉体強化魔法をを施しているとはいえ、通常、無防備の頭に衝撃を受ければ、ひとたまりもないハズなのだが…。

頭蓋が割れた感覚も、脳にダメージがいった様子もなく、アミュレットは、眉間にシワを寄せ、鋭い目付きでアレーニを睨み付けていた。

ゾッ━━。

目が合った途端、凍てつく殺気に当てられ、全身の毛穴が針に刺された感覚に陥った。

彼は怖じ気づき、斧がカタカタと震えている。

ばッ、化物めッ…!!

アミュレットは、彼が怯んでいる隙に、一呼吸入れると、身体から魔力の波動を放出させ、アレーニを吹き飛ばした。

同時に、四肢を封じていた糸やツルも消失し、自由の身となった。

彼女は、落ちていったアレーニを追うため、強く足を踏み出す。

落下中、彼は、かろうじて見上げた瞬間、既にアミュレットが目の前におり、防ぐ間もなく空へ高く蹴り上げられる。

「ぐふッ!!」

空中で上手く身動きがとれないアレーニ。

アミュレットは、彼よりも速く飛んで先回りし、引いた右手に魔力を込める。

そして、彼女の元へと来たアレーニに掌底を打ちこんだ。



━━僕は、貴族が嫌いだ。

幼い頃、父からは剣術、母からは音楽を勧められ、社交界のマナーを叩き込まれた。

相手によって言葉を選んで対処し、酷いときは、朝から晩まで笑みを作り続けなければならない。

その後は、皆まで語らずとも分かる。

両親の後を継ぎ、決められた相手と一緒になって、一生を過ごすのだ。

なんて、窮屈なんだ…。

その上、同じ町に生まれたのに、同じ国に住んでいるのに、服装や清潔感の違う相手を、汚物として見なくてはならないのだ。

子供の僕には、理解出来ない価値観に、強い嫌悪感が芽生えた。

僕は、そんな大人達と同じでなくてはならないのか?

何から何まで両親に決められ、周りの大人達に用意された進路レールを走り続けた将来さきには、どんな死に方をするのかが見えた気がした。

だから僕は、貴族をやめた。

これからの人生くらい、自分で決めて生きたいからだ。



━━「がッはッ━━!!」

肋骨が2、3本折れた音がした。

そのまま地面へと叩き付けられ、うつ伏せの状態から歯を食い縛り、徐々に上体を起こす。

その際、骨折箇所から激痛が走り、上手く腕に力が入らない。

身に纏っているこの鎧は、本来、弾丸も通さぬ耐久性能が備わっているのだが、彼女の前では、全くの無意味みたいだ。

素手で立ち向かうアミュレットの攻撃は、一つ一つが重く、衝撃が肉体にまで伝わってくる。

数発食らっただけなのに、身体は、かなりのダメージを蓄積していたということ。

鎧がなかったら、一撃で死んでいたかも…。

迫り来る恐怖に焦りを覚え、自然に脈と呼吸が速くなる。

早く、立たなければ━━ッ。

気が付けば、アミュレットが既に詰めてきており、落下速度を利用した膝蹴りをお見舞いされてしまう。

「ぶッ!!」

メリメリと骨が軋み、内臓にまで伝わってくる。

うずくまる彼を、石でも転がすかのように、軽く蹴り飛ばす。

その拍子に仮面も割れてしまった。



━━僕は、軍人が嫌いだ。

国を守っているという名目で、馬鹿みたいに酒を飲み歩き、見ず知らずの相手に手を出し、女性を弄ぶ。

世間も貴族の次に軍人は身分が高いものと誤解し、何をされるか分からぬが故に、頭を下げては文句も言わない。

昔は、錬金術師の国と呼ばれていた時代があったようだが、今は、屈強でガラの悪い連中が目立つ。

まるで、猿だ━━。

年々上がる税金は、そんな奴等を生かすために使われていると思うと反吐が出る。

民の代わりに命を張っている、だから猿みたいに自由に騒いでも良いと勘違いしているのだ。

自分が知る限り、そのような輩が多く見られるため、非常に印象が悪い。

道徳的におかしい。

民がいるからこそ国として成立しているのに、その民を苦しめてどうする。

矛盾していることに、何故、気付かない!?

だから僕は、軍人になった・・・・・・

備蓄庫に潜入し、貧しい人々に少しでも食糧を与えるためだ。

僕一人がこんなことしたところで、この国が変わるわけではない。

これは、ただの自己満足なのかもしれない。

でも、それでも僕は━━。

軍に入隊して間もなく、訓練の合間に情報を集め、見張りが手薄になる時間帯を狙った。

外からでも開けられるよう窓に細工をし、なるべく音を立てぬよう注意する。

そして、深夜、貧しい人々が住む地区に赴き、家の玄関前に僅かなパンと果物を置いていく。

こんな活動を続けて2ヶ月が経ったある日、思いもよらぬ事態が発生した。

いつもと同じく備蓄庫に忍び込むと、普段はしないタバコの臭いがしたのだ。

疑問に感じた僕は、奥に進むと、窓から漏れる月光に照らされたテーブルがあり、椅子に座っている人影が目に入った途端、心臓の鼓動が相手にも聞こえるくらい速くなり、変な汗まで湧き出てきた。

そこにいたのは、オルロフ大将だった。

彼を初めて目にしたのは、入隊時の挨拶以来で、なかなか兵達の前には現れない。

そのため、記憶から薄れかけていたのだが…。

本人が言うには、備蓄庫の管理者から、最近、食糧の減りが早いと報告が入っていたとのこと。

気になったオルロフ大将は、暇潰しに一週間こうして見張ってみたというのだ。

だからといって、軍の上に立つ者が、何故!?

デメテル最強とも謳われている彼がどうして!?

混乱していると、オルロフ大将から声をかけられ、名前と経緯を尋ねられた。

僕は、冷静さを欠いたまま、姿勢を正し、言われた通りに全てを話してしまう。

よりによって最高司令官の前で犯罪の瞬間を目撃されてしまうなんて…。

どれだけ都合の良い言い訳を並べても、罪に問われることには違いない。

そんなことは、とっくに覚悟していたつもりだったが、実際直面してしまうと、やはり命が惜しくなる。

ゴクリと生唾を飲み込み、声を震わせていると、オルロフ大将は、穏やかに口を開いた。

あの地区はな、オレの育った場所なんだよ。

昔は、錬金術師で溢れていて、露店や工場ど活気があったんだが、今は、知ってのとおりの有り様よ。

薄暗い中、ハッキリとは分からなかったが、一瞬、懐かしさに浸る様子を垣間見た気がした。

…だが、お前のやらかしたことを帳消しにする程、オレは、お人好しじゃねェ。

そう言って、彼は立ち上がり、ついてこいと命令される。

着いた先は、訓練場。

月明かりに照らされ、広い土地に2人だけ立っている。

ここで一体何を…?

オルロフ大将がタバコを踏み消すと、黒いブーツが変形し、宙に浮き始めた。

えッ━━!?

目を丸くしているうちに僕の間合いに入り、いきなり蹴りを入れられる。

お前の言い分は、間違ってはいねェ。

この腐った軍事政権下、大義名分の裏で私利私欲のために生きている奴等は大勢いる。

自分が可愛い過ぎるが故に、自分の立ち位置を守ろうとするからな。

オレも・・・そのうちの一人だ・・・・・・・・

それを聞いて、僕はハッとした。

まさか、この人が━━ッ!?

だから・・・お前に罰を与える・・・・・・・・

みぞおちの痛みに耐え、苦い表情で顔を上げる。

今日からこの時間、この場所で、オレとタイマンを張る。

何を使ってもOK、オレが降参するまでずっと続くからな。

一日でもバックれてみろ。

その時点で、お前を更なる厳罰に処してやる。

オルロフ大将の唐突で一方的な発言に、異議を唱える前に問答無用で急接近され、顔面に蹴りを入れてきた。

遠慮することはねェよ。

オレが大将だからって手抜いたら、あっという間に逝ッちまうからな。

口の中は切れ、血を流しながら彼の容赦のない猛攻を受け続けた。

まるで、力が全てだとでも訴えているかのように…。



━━「…さすが国の守護者、とでも言いますか。
少々手こずりましたが、ここまでです」

アミュレットは、拳を強く握り、地面に転がっているアレーニの元へゆっくり近寄っていく。

すると、近付いていくにつれて、何かが聴こえてきた。

琴の、音?

そのとき、頭上から物音が聞こえてきたため、顔を上げると、翼を広げた巨大な鳥が出現していた。

「何だッ!! あれはッ!?」

鳥は、周りの樹から伸びている無数の銀糸によって作り出され、アミュレットを目指して急降下してきた。

まさかッ!!

アミュレットは、倒れている彼に目をやると、左手の竪琴を弾いていることに気付く。 

「…貴様だけはッ!! げほッ、刺し違えてでもッ!!」

割れた仮面からは、血反吐を吐きながらも、歯を食い縛り、復讐に染まる鬼の形相がそこにはあった。

彼を止めようにも時既に遅く、銀の鳥は、まとめて2人を飲み込んだのだった。



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