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━━第五章━━

━━ 二節 ━━

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「いやァ、すまねェな。巻き込んじまってよ」

屋根のないトラックを運転し、礼を言うターバン男。

森を抜け、砂利道を走らせていると、やがて広大な草原に出た。

野生の動物達が多く生息し、中には見慣れない生き物も視界に入ってくる。

「こいつがヘマしなかったら、こんなことにはならなかったんだけどよ」

「仕方ないじゃないか。
突然、飛行船が現れたら、それはビックリするよ」

助手席に座っている亜人の少年と言い合いをしている中、後部座席に座っている3人は、窮屈そうにしていた。

元々、4人乗りのため、ヒヨリだけスペアタイヤの上に座っている状態。

その上、ハルカに大きな袋を抱えてもらっている。

中身は、牛の角に実っていた果実がぎっしり詰まっていた。

少年の名はクレフ。

ハルカと歳の差はあまりないのだが、最近、ギルドを創設し、ギルドマスターをしているという。

もう一人はキサラギ。

クレフの創設したギルドの一員で、元傭兵だそうだ。

最後の一人は、その者は、デメテルにあるギルドに残って事務処理をしているとのこと。

今回は、牛の角に実っている果実を採取するという簡単な依頼内容だったハズなのだが、クレフが頭上に乗っている最中に飛行船が通り過ぎ、見とれているうちに牛に気付かれてしまったのだという。

結果、2人だけでなく、ハルカも巻き添えを食らってしまったが、果実を摘み取ることができ、迷惑をかけた礼にデメテルまで送ってもらえることになった。

「それにしても、アンタ等只者じゃねェな。
同業者か?」

「いえ、オレ達は━━」

「アタシ達はねェ、魔女を倒す旅をしてるんだよ!」

言葉を濁しているところをヒヨリが口を挟む。

「姐さん! 少しは言葉を選んで━━」

「別に良いじゃん、本当のことなんだし」

相変わらず何も考えずに口から出てしまう彼女に注意する。

「魔女?」

「そう、バートリ・エルジェーベトって魔女なんだけど」

その名を聞いて、前の2人は吹いて笑い出した。

「えッ!? ち、ちょっと待って、君達、その歳でおとぎ話を信じているのかい!?」

「エルジェーベトって、あの“花押の魔女”のこと言ってんのか!?」

ツボに入ったのか、爆笑している2人。

上手く状況が把握しきれていないハルカ達は、何がおかしいのか訊ねる。

すると、自分達の宿命の敵は、どうやら神話上の人物だというのだ。



━━花押の魔女、バートリ・エルジェーベト。

正確に生まれた年は判明されておらず、1000年前からと言う者もいれば、世界創世記から存在していると説なえる者もおり、そんな彼女を学者は、“魔導師の始祖”と呼んでいる。

いくつもの大きな国に突如現れては、戦争の火種を作っていく。

試行錯誤を繰り返し、強力な兵器を開発しては立ち向かうのだが、全く歯が立たない。

その圧倒的な強さに人間は敗北し、次に亜人、巨人と喧嘩を売っては同様に叩きのめされていった。

彼女を見るや逃亡する者が増えていき、やがて、彼女自身も忽然と姿を消した。

後に彼女を見た者はいないという。

彼女の存在は、人々の記憶に深く刻み込まれ、それがきっかけで“魔女”や“魔術”といった言葉は禁句となってしまった。

一説によれば、魔女狩りが始まった発端となったともされている━━。



「“魔女狩り”自体、何百年も前の話しだぞ!?
例え、花押の魔女が亜人だったとしても、何千年も生きている奴なんて聞いたこと無ェぞ!!」

キサラギが笑いを堪えながら説明してくれたが、ハルカ達は、腑に落ちないでいた。

もし、それが本当だとすれば、バートリ・エルジェーベトという名を語る成り済ましが呪いをかけたことになる。

ならば、笑われるのも無理もない。

2人からしたら、自分達がやろうとしていることは、“子供の冒険ごっこ”だということ。

信憑性もなく、空想上の人物を倒しにいくという妄想を抱く変わり者にしか見えないのだ。

そう思われても仕方がない。

自分も逆の立場だったら、同じように笑っていただろう。

ハルカは、ドアに頬杖をついて、景色を眺めながらそう思った。

「━━いるよ」

ヒヨリは、静かに答える。

「魔女は、確かに存在する」

彼女は、悲しそうな目で槍を持つ手を強く握る。

「…まッ、信じるかどうかは自由だけどよ」

キサラギは、気まずそうにアクセルを強く踏んだ。

「それじゃあ、デメテルに向かっているのは━━」

「火之大陸一の武将に会うためなのだが…」

タオの発言に、前列は顔を見合せる。

「大陸一って、シャンディさんのこと?」

「“シャンディ”?」

クレフは椅子に膝を乗せ、後ろのタオに恐る恐る聞き返す。



━━シャンディ・ヤン・イゥマオ少将。

この大陸で知らない奴はいねェよ。

3つの国を武力だけで一つにまとめた人だぞ。

あの人の近くにいたら巻き込まれてしまうから、味方誰一人前に出ようとしない。

一度あの大剣を抜いたら最後、戦場は地獄と化す。

敵軍が降参しても、力尽きるまで殺し続ける。

最近じゃあ、木之大陸にまで喧嘩を吹っかけてるし、野心の塊だぜ。

あの人は━━。



シャンディについて語ってくれたキサラギの隣で、クレフが気楽に補足する。

「キサラギは、シャンディさんの元部下だったんだけど、僕が、どォ~してもキサラギとギルドを作りたいってお願いしたんだよ」

「エッ!?」

今の話を聞いて、シャンディという人物がどれほど恐ろしい存在かを思い知らされた。

しかし、そんな人物に対し、クレフがキサラギをヘッドハンティングしたという事実に、ハルカは、驚きを隠せなかった。

「今でも交流はあるんだけどよ。
酒の場では良い人だから安心しな。
デメテルに着いたら、オレが紹介してやるよ」

軽く笑って見せたキサラギ。

…なんだか、変わってるな、この人達。

彼等とシャンディの関係性が、いまいち理解出来ないハルカだった。



━━しばらくして、少し休憩しようとキサラギが提案し、トラックを止めた。

皆、トラックから降りては体を伸ばすが、タオだけある背中をじっと見つめていた。

トラックから少し離れた場所まで足を運ぶと、クレフは屈伸をし始める。

「僕に何か用かい?」

クレフは、後ろからついてきたタオに声をかける。

「いや、その━━」

「亜人が珍しいかい?」

その単語に、つい敏感になってしまうタオ。

落ち着くため、一息入れる。

「…実は、以前君とは違う亜人に会ったことがあってね。
つい懐かしくなってしまったんだ」

「そうなんだ! どういう人だったの?」

タオは、一瞬躊躇ってしまったが、少しずつ記憶をよみがえらせた。

「…角のある子供の亜人でね。
話したことはほとんど無いんだが、昔、その子にとても酷いことをしてしまったんだ」

「どんな?」

「とても、酷いことだよ…」

それ以上、話す勇気が無く、クレフも追究しなかった。

「…クレフ、君は、自分が亜人に生まれてきて、後悔したことはないのか?」

「…つまり、差別を受けたかってこと?」

質問の要点を鼻で笑って見せた彼に、タオは、自分がとても失礼なことを訊いていることに気付き、慌てて謝罪した。

「差別はあったよ。
罵られたし、今でも時々変な目で見られるしね。
でもさ━━」

クレフは、タオの元まで行き、優しく微笑みかける。

「お姉さんは、僕にそんな事してないじゃん」

…えッ。

「これって、とても重要なことだと思うんだよね」

トラックの方で、ヒヨリが袋の果実をつまみ食いしようとしているところをハルカに見つかってしまい、叱られている声が聞こえてくる。

「だって、誰しもが亜人を嫌っているわけではないってことでしょ?
例え人間同士でも、10人中10人が自分のこと大好きだって思ってくれているとは限らないわけだし…。
僕と仲良くなりたい人が10人中2人しかいないのなら、僕は、その2人との関わりを大切にしたいもん」

彼の考えに驚かされる。

この少年は、なんて強いのだろう。

「どの種族も一緒。
自分と相手を比較して優越感に浸りたがるものだよ」

ハルカがキサラギに報告している間に、ヒヨリは、袋から一つ果実を取り出して頬張っている。

「このギルドは、差別を無くすため…。
なんて、そんなデカい口を叩くつもりはないけど、周りの見る目が変わっていくきっかけになってくれたら良いなって思ってる」

ヒヨリの悪行を目撃した2人は、急いで止めに入る。

「多分だけど、その亜人の子、もうお姉さんのことを赦してると思うよ」

「それは、あり得ない…」

━━そうだ。

あんな、あんなことをした私に、赦しなんて…。

亜人の一族を滅ぼした己の手を強く握りしめる。

「だって、僕に対して、亜人に対して、ちゃんと向き合ってるじゃない」

ッ!!

彼の言葉が、強く胸に刺さった。

そう、私は、あの時のことを思い出さぬよう、旅立つ前に刀を置いてきた。

しばらく闘いから離れたかったからだ。

しかし、時々、鬼のあの子の最期をふと思い出してしまう。

何故、あの子は笑ったのだろうかと。

だが、今やっとその意味がわかった。

あの子は、こんな私を━━━━。

罪を犯した私を、あの子は━━。

「…クレフ」

「うん?」

「…ありがとう」

私は、涙腺が崩れそうになりながらも、目一杯の笑顔をつくった。

そう、あの子のように━━。

「うんッ」

クレフも負けないくらい二ッと口角を上げる。

「お~い、そろそろ出発するぞォ!!」

キサラギがトラックから2人を呼び掛ける。

「行こっか」

「━━ッ、ああ!」

タオは、指で目を擦り、大きな一歩を踏み出した。



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