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精霊の愛し子

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「-----様、アーリス様、お目覚めください。」

私の名を呼ぶイルギアス様の声で目が覚めた。
目を開けると、不思議な光景が目に入った。
空はオパールのように虹色に輝いていていて、見渡す限りの地面は、数センチ位の高さで透明な水に満たされていた。水面は空の色を映してキラキラと幻想的に光輝いている。

少し離れた場所に真っ白なテーブルと椅子が確認出来た。
「・・・兄上、兄上、目を開けてください!」

テーブルの向こうに、アレン様と倒れているクリス様が見え、アレン様の声が微かに聞こえてきた。

「イルギアス様、ここは・・・」
「アノーのテーブルの地です。ただ、思いがけなくアレン殿下までお連れしてしまいました。触媒も無いのにアレン殿下まで何故この地までこれたのか私にも解せないのですが・・・アーリス様立ち上がれますか?」

イルギアス様の手を借りてゆっくりと立ち上がった。
水面に倒れていた筈なのに、身体は全く濡れていなかった。少し足がふらついた為、イルギアス様の手をそのままお借りし、クリス様とアレン様に向かって歩き出した。

2人に近づいていくと、アレン様の周りにいくつもの光の玉が飛んでいるのが見えた。目を眇めてよく見ると、小さな羽根を生やした小人達が、ふわふわと羽を広げてアレン様の周りを踊るように舞っていた。

「あれは・・・小人?・・・」
その声でイルギアス様にも、小人達の姿が見えているのが分かった。
あれは恐らく精霊の泉で出会った光る虫・・・
「あれは、きっと精霊だと思います。」
「精霊ですか・・・初めて見ました。アレン殿下は精霊に大変好かれているようですね。非常に興味深い。ラグナール禁書にも劣らない不可思議な出来事です。」
(ラグナール禁書?アノーのテーブルが記されていた禁書の名前なのかしら?)そう思ったが、禁書の題名は秘匿事項なのかもしれない。尋ねたい気持ちを抑え黙って歩いた。

あともう少しの所まで近づくと、アレン様の悲痛な叫び声が聞こえてきた。
「イルギアス殿、兄上が目を覚まさない!早く見てくれ!」
「アーリス様、お傍を離れさせていただきます。」
「はい!急いで行って差し上げてください!」
イルギアス様は、アレン様へ駆け寄って行った。

イルギアス様が2人に近づくと、精霊達が一斉に舞い上がった。私の側まで近づいて来ると、くるくると舞いながらおしゃべりを始めた。

『あの子は胸に大っきい穴があるよ~ 』
『穴は真っ黒で深ーいの~』
『お腹は青いの。命の炎を自分で消してるよ~』
『命の炎を灯さないと死んじゃうよ ~』
『そう死んじゃうよ ~』

幼い子供のような声で残酷な言葉を告げてくる。
思わず、懇願するように叫んでいた。

「どうしたらクリス様を助けられるの?お願い助ける方法を教えて!!お願いっお願いします!」

『愛し子が助けてって願ったから、僕達ここに来たんだ~』
『命の炎は僕達が灯せるよ~』
『あの子の胸の穴は僕らには何もできないけど~』

「愛し子って、アレン様のこと?」

『そ~』
『でも僕達をここに連れてきたのは、”使者”だよ~』
『確かずっと前にいた子だったよ~』

「ずっと前にいた子??王族の誰かということ?」

『んっんんっ?~よくわかんない~』
『でもたぶんそ~』
『倒れている子に似てるかも~』

「・・・分かったわ。命の炎を灯せるって本当?」

『できるよ~』
『でも起きないと~』
『目覚めないと繋がれない~ 』
『今、まほーつかいのじい様が起こしてるよ~』

ハッとクリス様達の方に目をやると、イルギアス様がクリス様の上半身を支えているのが見えた。顔色は悪いが、クリス様の目が開いているのが見えた。

「クリス様!」
そう叫んで、クリス様の傍に駆け寄った時、一斉に精霊達がクリス様に向かって舞い上がった。

止める間もなく、精霊達は次々とクリス様の身体に行った。すると、吸い込まれるように精霊達の姿は消えて行った。全ての精霊が消え去ると、辺りはシーンと静まり返った。
クリス様は開いたはずの瞳を再び閉じ、ぐったりと眠りについたように見えた。ただ、呼吸は規則正しく行われていて、胸を撫で下ろした。

「イルギアス殿、今のは・・・」
「精霊が人間に悪さをすることは無いと思いますが、私にも今のが一体何を意味するかは分かりかねます・・・」
「精霊達は、命の炎を灯しに行ったんだと思います。」
私は精霊達と話した内容を2人に伝えた。

「なるほど、では精霊達は命の炎を灯しに行っているのですね。これは精霊達が戻って来るまで待つしかないでしょう。しかし驚きました。アレン殿下が精霊の愛し子とは。今まで伝承や御伽噺おとぎばなしの出来事とばかり・・・特に精霊は選ばれた者しか姿が見えないと言われてますので。私とアーリス様にも見えるのは特別な空間アノーのテーブルに居るせいかもしれません。」

アレン様はチラッと私を見ると、精霊について話し始めた。”精霊の泉”は王族に伝わる秘密の場所なので、話さないように目で牽制されたのだ。目配せで了解したことを伝えた。

「最近、精霊が見えるようになったんだ。
──実は昨夜と今朝、精霊達が突然寝室に現れて、イルギアス殿に兄上の話を聞くようにと、幾度も語りかけて来た。精霊達は『 このままでは命の炎が消えてしまう。一緒に行った方がいい』と不吉なことを言って来るので気になって仕方が無かった。
 今朝、陛下の御前で会ったのは偶然ではなくイルギアス殿を探していたんだ。その時、兄上に魔法を掛ける予定と聞いて、嫌な予感がして胸がザワついた・・・それで立ち会いをしたいと無理を言ったんだが・・・まさかこんな事になるとは思いもしなかった。」
「そうだったのですか・・・精霊は他に何か言っていましたか?」
「いや、他には何も言ってなかった。」
「わかりました。クリストファー殿下はやはり生命力が枯渇しかけていたのですね・・・」
イルギアス様は、今朝のアレン様の強引な依頼に合点がいったようだった。

「ところでアレン殿下、何故魔法道具に触れたりしたのですか?」
「ああ、イルギアス殿の詠唱中に魔法道具から光が溢れてきて、『 第2王子、こちらに来てくれそなたの力が必要なんだ』と声が聞こえたんだ。その後、吸い込まれるように身体が動いて魔法道具に触れてしまった。」
「声が聞こえた・・・精霊達が声を掛けたのでしょうか?」
「いや、声は大人の男の声だった。精霊達は子供のような声なので違うと思う。貴方は誰なんだと聞いたが応えてはくれなかった。」
「その声が精霊達の言っていた”使者”なのでしょうか?」
アレン様もイルギアス様も難しい顔をした。
「それは分からない。そもそも、”使者”とはなんなのか検討がつかない。」
「私も、”使者”と言う言葉に該当するような事例に心当たりがございません。」
「私は何処かで似たような言葉を聞いた気がするんですが・・・何処だったか・・・」

──貴女を元の世界へ戻してから、使から罰を受けるわ。

「あっ!そう言えばエリス様が使のことを仰っていたことがありました。御使い様は”使者”と言われることも有るのではないですか?」
「御使い様と言えば”天使”様だが、”使者”とは聞いたことがない。」
アレン様が心当たりがないと首を振る中、イルギアス様は何かを思い出したようだった。

「・・・これは他言無用にしていただきたいのですが、アノーのテーブルが書かれていた禁書には、他にも不可思議な出来事が記されています。その中の一つに、”人生を繰り返した男”という話がございます。その男が語ったと言われる中に、”御使い様から『小さき者を救うため』に遣わされた使いの男”という一節がありました。」
「御使い様から遣わされた・・・」
「恐らく、御使い様ご自身ではなく、その意志を伝える為に遣わされる存在・・・遣いの者を”使者”と呼ぶのでは無いでしょうか?」
「では、またアーサー様やエリス様が助けてくださったのでしょうか?」
「それは何ともいえません。『夢渡り』の際、御使い様よりを受けるとお話が有ったと記憶しています。それにという戒律が有るとも仰っていたと記憶しております。再度お助けいただく可能性は低いのではないのでしょうか。」
「ではいったい・・・”使者”とはなんなのか・・・」

手掛かりがなく、困惑していると倒れていたクリス様の身体がブワッと光輝き始めた。

発光する光の中で、クリス様がゆっくりと目を開けた。
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