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救いとはなにか

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お父様と王宮に登城し謁見の間に入ると、謁見の間にはまだ大臣達は来ておらず、ゲラン様お一人だけの姿があった。軽く挨拶していると、侍従がお父様を呼びに来た。

「イソラ公爵様、陛下がお呼びです。」
私も同行しようとしたが、呼ばれているのはお父様だけと止められた。お父様は躊躇った顔をしていたが、直ぐに戻ってくるから言って謁見の間を出て行った。

謁見の間はガランとしていて、私とゲラン様と護衛兵が壁際に居るだけだった。

ゲラン様とこうして2人きりになるのは初めてだった。間が持たないので、何か話しかけようと考え始めた時、セドリックは今どうしているのかふと気になった。

「あの、ご子息は・・・セドリック様は今どうされていますか?」

その言葉に、いつも沈着冷静なゲラン様の瞳が戸惑うように揺れた。

「アレン様からお聞きしなかったのですか?」
「?・・・いいえ?のことはお聞きしましたが、今のことは何も・・・」

ゲラン様はそうですか、とため息をついた。
「恐らく、お話しするのを躊躇われたのでしょう。遅かれ早かれ、いつか耳にすることだというのに・・・セドリックは死にました。」
「えっ!」
「1年前、元婚約者のフィオリーナ・・・フィオリーナ・レンシスと無理心中をして亡くなりました。」
「・・・」
驚き過ぎて言葉も無かった。
ゲラン様の3年前より白髪が増え、疲れきった顔を見る。ゲラン様は淡々とした口調で語り出した。

「セドリックはフィオリーナを溺愛していました。初めて会った日から、最期に事切れるまでずっと・・・以来、セドリックはフィオリーナを取り戻そうと必死でした。私も含め皆が諦めるように諭しましたが、決して首を縦に振りませんでした。セドリックはどうしてもフィオリーナを取り戻したかったのです。だが、フィオリーナは既に結婚し、子供もいました。元婚約者とはいえ、正式に結婚した夫婦を引き裂くことは出来ません。あの2年間、セドリックはもがき苦しみ、最期に一番選択しては行けない道を選んでしまいました。セドリックの遺書には・・・これ以上、フィオリーナを自分以外の男フィオリーナの夫に触れさせることが、耐えられないと書かれていました。」
ゲラン様はしばし沈黙され、腕を組み瞼を閉じた。

「セドリックは、一番選択しては行けない道を選んでしまいました。ただ・・・ただ、無理心中した2人の姿を見た時、何が正しかったのか分からなくなりました。セドリックはフィオリーナを斬り捨て、血塗れになったフィオリーナを抱き締めながら亡くなっていました。セドリックの顔は以来初めて安らかな顔をしていて・・・フィオリーナも安らかな顔をしていました。切りつけられて苦しかった筈なのに・・・その顔を見てフィオリーナも、セドリックと同じ様に苦しんでいたのではないかと感じたのです。勿論、彼女の本当の気持ちは分かりません。でも・・・2人は幼い頃から仲睦まじく、幸せな夫婦になるはずでした。学園に入学する前の2人は本当に愛し合っていたのです。それなのに、に巻き込まれたせいで、こんな形でしか2人の想いを成就出来なかったと思うと・・・セドリックのしたことは容認できませんが、2人にとって死は救いだったのかもしれないと思う時があります。」

「そうでしたか・・・申し訳ありません。知らぬこととは言え無神経なことをお聞きしてしまって・・・」
どう言えば良いのか分からず、そう絞り出すのが精一杯だった。

「いえ、良いのです。いずれ知られることですので。それに私はアーリス様に感謝しているのです。」
「感謝ですか?」
「はい。に関わった者は大なり小なり人生を狂わせられました。セドリックもフィオリーナもフィオリーナの家族も・・・私も。幾度も過去に戻ってやり直したいと願いましたが、当然叶うことはありません。ですが、突然亡くなったはずのアーリス様が現れた。まるで、過去から未来に送られた使者のようでした。
私にとってあの事件に関することは、鬱々とした救いようが無いことばかりでした。ですが、過去は変えられないが、未来は変えられる。そう強く感じられたのです。アーリス様のおかげで未来への希望が持てたのです。
あの事件ナターシャの被害者である貴女には、セドリックとフィオリーナの分まで幸せになって欲しいと心から願っています・・・きっとクリストファー殿下にとってもアーリス様の存在が救いになると思います。」 
そういうと、ゲラン様は微笑まれた。
何か言葉を掛けようとした時、ガヤガヤと大臣達が謁見の間に入って来た。
ゲラン様は、それではと仰ると玉座近くの定位置に移動して行った。

私はその姿をぼんやりと目で追いながら、セドリックとフィオリーナのことを思った。

学園でフィオリーナを仇敵のように酷く扱っていたセドリック・・・『 相手を愛していれば愛しているほど憎くなってしまう。大切に思えば思うほど攻撃してしまう。』・・・愛が深すぎる故フィオリーナを失った傷は、残酷だった。アレン様の仰っていた〘タチの悪い魅了〙の恐ろしさを改めて痛感した。

フィオリーナは、愛していたセドリックからひどい仕打ちを受けてどんなに辛かったことだろう。学園で少ししづつ痩せて、笑顔が無くなっていった彼女の姿を思い出す。
たとえ、あの事件がナターシャのせいだったとしても他の男性と結婚し子もいる立場では、どれだけセドリックを愛していても本音を誰にも打ち明けられなかったのでは・・・と思わずにいられなかった。『地獄の苦しみ』を味わったのは、セドリックよりもフィオリーナだったかもしれない。

自然と涙が溢れた。周囲にバレないように素早く拭う。
(セドリック、フィオリーナ・・・だれか、だれでもいい神様・・・彼らが今は安らいでいますように。苦しみから解放されていますように)
そう祈らずにはいられなかった。

私は間に合ったのだろうか?クリス様の救いとなれるのだろうか?私は・・・私も救われるのだろうか。

大臣達のザワザワと話し合う騒めきの中で、アーリスは、彼らセドリックとフィオリーナと、自分たちクリスとアーリスのことを考え続けていた。


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