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あの事件①

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「どこから話せばいいか・・・。アーリス嬢、実は私はスタンクリスの従者から相談されて、婚約破棄が卒業式の舞踏会断罪イベントで行われることを少し前に知っていたんだ。だから本当はあの場で婚約破棄が行われる前に止めることは可能だった。だが、事前に止めても同じことを繰り返すだけだろうと思った。現場を抑えてナターシャと兄上達を徹底的に取り調べる為に隠密に動く必要があったんだ。貴女には突然な出来事となり、申し訳無かった。」
「・・・。」いや、断罪が起きるのは知っていました。とは言えず黙って頷く。

「私は兄上達の豹変ぶりに以前からナターシャの関与を疑っていた。魔術、魔法、薬物等あらゆる手段を使ったのでは無いかと。ただ、王族は定期的に薬物の検査を受けるので、薬物は否定された。魔法、魔術はトバルズでは廃れて久しい。判定できる組織も無かった。そこでオリヴィエ様に助力を求めた。」
「オリヴィエ様に!」
だから、オリヴィエ様は少し前に話があったと仰ったのだわ!ゲームでは彼女は存在していなかっはず。それはアレン様も同じ・・・何処かがゲームとは大幅に変わったのかもしれない。

「そう。あの方は快諾してくださり、すぐにメシアン国の魔法師団を派遣してくださった。メシアン国には、魔術師、魔法使い両方がいるから、ナターシャがどちらを駆使して籠絡したのか判定できると踏んだのだ。」
アレン様は記憶を思い出すよう両手を組み、遠い眼をした。

「ナターシャと兄上達を引き離して投獄して、ナターシャを徹底的に取り調べた。ナターシャは闇の魔法使いで〘魅了〙の使い手だったのだ。」
「魅了?」
「そう。しかもメシアン国の魔法使いによれば〘タチの悪い魅了〙だったそうだ。魅了そのものは、愛される存在となる、注目される程度の魔法に過ぎないが、ナターシャの魔法は魅了で思うままに操り、相手に想い人がある場合は、その相手に寄せている想いがそのまま攻撃に変わるというものだった。」
「相手に寄せる思い?」
「そう、相手を愛していれば愛しているほど憎くなってしまう。大切に思えば思うほど攻撃してしまう。兄上の貴女への態度はその表れだ。だが、兄上はまだマシなんだ。王宮には、古の魔法が僅かながら機能していて、完全ではないが魅了の影響を阻害することができた。学園にいる時と、王宮にいる時の様子が違ったのはそのせいだったんだ。兄上以外の者たちは魅了の魔力に完全に支配されてたから・・・魅了が解けた時は悲惨なものだったよ。」
「もしかして・・・セドリック様のことを仰っているのでしょうか?」
「・・・そうだ。彼はフィオリーナ嬢を本当に愛していたから・・・魅了が解けた後に彼女の名を叫んでのたうち回る彼の姿が、その悲鳴がまだ忘れられない。」
その様を思い出したのか、アレン様は微かに身震いをされた。
相手に寄せる思い・・・クリス様の親の仇ですか!と思う程の憎しみ篭もった視線と冷たい態度を思い出す。
では、クリス様は私のことを・・・

「兄上達とあの女ナターシャを引き離して個別に魅了解呪を施して、正気に戻すのに三日三晩かかった。だが、3年近く魅了されていたので、本来ならもっと時間がかかるとのことだった。オリヴィエ様がメシアン一の魔法師団を連れてきてくれたおかげだった。・・・オリヴィエ様は今はメシアン国に戻られているが、きっと貴女の話を聞いたら何らかの連絡が直ぐに来ると思う。」
いつもお優しく気品に溢れ、ピンと背筋を伸ばした気高い彼女の姿を思い出す。
オリヴィエ様は私を助けてくださる為に奔走してくださっていたのだ。得難い友人に感謝した。

「卒業式の舞踏会から4日目の昼過ぎ、やっと全員が正気に戻った。兄上は真っ青な顔で貴女に謝りたい。会いたいとしきりに訴えていたが、あの女の処罰が先と裁判が始まった。ーーーあの時、何故兄上を止めてしまっのか・・・私は今日までずっと悔やんできた。多分、兄上を引き留めた者全員がそう思ったと思う。」
アレン様の目にうっすら光るが浮かんでいるのがわかった。
「・・・クリス様が・・・」
「兄上はずっと貴女を愛していた。貴女を想う恋情の強さは今でも変わっていない。だから兄上は・・。」アレン様は何かに耐えるように眉間にしわを寄せた。
「アレン様・・・。」
(クリス様がそんなに私を想っていただなんて・・・ゲームとはまるで違う・・・私その時呑気に婚約破棄自由への切符の連絡をただ待っていたわ・・・。)何だか胸がきゅうと苦しくなった。

「裁判は、あの女に魔封じを幾つもつけて行われた。王子を含め有力貴族を魅了で意のままに操った罪で国家転覆罪で死刑を言い渡された。あの女はずっと〘私はヒロインなのに!ここは私の為の世界なのに! 〙〘アーリス悪役令嬢が全て悪いはずでしょう〙と訳の分からないことを喚き散らし、兄上達が一切庇わないとわかると悪し様に罵った。その姿は醜悪で見るに堪えないほどおぞましかった。そして兄上達だけではなく、兄上達の婚約者達まで罵り始めた・・・そして」
アレン様はギュッと拳を握った。

「フィオリーナ嬢のことを売女と罵った。婚約解消から1年を待たずに結婚し子供も作った尻軽と。それを聞いたセドリックは結界から飛び出してあの女の首を締めた。」
「えっ‼」
「もちろん、直ぐに近衛兵が引き離した。だが、セドリックの地獄の苦しみを思うと本懐を遂げさせてやりかったのが、正直な気持ちだ。結局、あの女は別の日に処刑になった。詳細は・・・貴女には聞かせたくないので省かせてもらうよ。」
「・・・はい。」
「裁判が終わったのが5日目の明け方だった。ほぼ、不眠不休だった私たちは仮眠を取る事にした。午後から、兄上達の処分を決めるはずだった。その会議を始めてすぐ・・・貴女の訃報が知らされた。」
「私・・・私はどうやって死んだのですか?」そういえば死に様を聞いていなかった。

その時のことを思い出したのか、アレン様は眉間にシワが寄せて目を瞑った。
「自死だよ。服毒による。」
「自死・・・。まさかあの痛みは」
「今にして思えば、自死ではなくなんらかの薬を塗りつけた物を刺されたんだろう。だが、遺書があったんだ。」
「遺書?遺書など書いておりませ・・・」
その、従者の声が響いた。
 
「アレン様、イソラ公爵様が到着されました。」

従者の先触れのすぐあとに慌ただしい足音が聞こえてきた。
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