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第2章【入学試験・一次試験編】

§026 罰

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「心して答えよ。返答によっては、私は君を罰せなければならなくなる」

「……え」

 シルフォリア様の言葉に、俺は戸惑いの声を漏らしてしまった。

 罰せなければならなくなる……。
 その厳しく、冷たい言葉が俺の中で何度も反芻され、自ずとレリアに視線が向かってしまった。

 レリアもシルフォリア様の普段との雰囲気の違いに一瞬目を見開いたようにも見えた。
 しかし、その言葉の意味を……自分の置かれている状況を……直ちに理解したのだろう。
 覚悟を決めたようにスッと身を起こすと、正座のような姿勢でシルフォリア様の方に向き直り、軽くこうべを垂れる。

「……はい。シルフォリア様。覚悟はできております」

 俺はその言葉に思わず反応してしまう。

「いや、シルフォリア様。弁明をさせてください。あれは……レリアは……スコットの言葉で……」

「ジルベール様」

 しかし、レリアは俺の言葉をすぐさま制す。

「スコットは悪くありません。全て私の心の弱さがゆえです」

 レリアの静謐な声音が響き渡り、その場はシンと静まり返える。

 真剣な表情を浮かべて相対する女性が二人。
 俺はこの場を見守るほかなかった。

 そして、シルフォリア様は静かに口を開く。

「お前はこの魔法がどんな魔法かを理解した上で使用したのか?」

「……はい」

 レリアは唇を噛みながら首肯する。

「もし、私がこの場にいなかったらこの学園は消し飛んでいたかもしれないのだぞ。それもわかっているのか?」

「……はい」

「この魔法の使用が自らの立場を危うくするということも自覚しているか?」

「……はい」

 自らの過ちを懴悔するように、固く目を閉じ、胸の前で手を組み合わせたレリア。
 シルフォリア様の詰問は容赦なく続き、それに対して彼女は素直に首肯する。

 その姿勢から、自らの罪からは決して逃げ出さないという、レリアの強い意思が感じられた。

「では、最後に」

「……はい」

「お前はなぜこの魔法を使った?」

 この質問に対して、今まで即座に首肯してきたレリアが止まった。

 思考を巡らせるように沈黙するレリア。
 この瞬間、シルフォリア様が目を細め、わずかに首を傾げるのがわかった。
 それでもシルフォリア様はレリアの答えを待った。

 しばしの沈黙の後、レリアは瞑っていた目をスッと開け、俯き加減だった顔を上げる。
 そして、シルフォリア様の目を真っすぐに見つめると、意を決したように口を開く。

「それは……言えません」
「……なっ」

 シルフォリア様にとっても予想外の回答だったのだろう。
 今まで厳しい表情を貫いてきたシルフォリア様にも、驚きの感情が混ざる。

 シルフォリア様は目を更に細め、彼女を観察するように視線を向ける。

 おそらく彼女は『心眼』を使っているのだろう。
 レリアもシルフォリア様の『心眼』のことは知っている。
 彼女の前では嘘や黙秘が無意味なことは、当然わかっているはずだ。
 それでも彼女の意思は固いようで、口を真一文字に結んで、強い視線を送り続ける。

「…………」
「…………」

 睨み合うように見つめ合う二人。
 長い沈黙が続く。

 しかし、その沈黙は突如として破られた。
 シルフォリア様が「はぁ~」と溜め息をついたのだ。

「わかった。お説教はここまでにするよ。お前の反省も、意思も、も……それなりに理解したつもりだ。ただし……」

 そう言って、シルフォリア様は人差し指をスラリと立てる。

「これだけは絶対に忘れるな。お前のその固有魔法は非常に危険なものだ。魔法は感情に大きく左右される。想いが強ければ強いほど魔法は強大になるが、感情を制御できなければ狂乱状態で剣を振り回しているのと同じだ。まずは自分の感情をコントロールできるようになれ。それができるようになるまで、その固有魔法の使用を六天魔導士オラシオン・ディオスシルフォリア・ローゼンクロイツの名をもって禁ずる」

 再び目を瞑って、神の加護を受けるかのように瞑想するレリア。

「……はい。神に誓って」

 その言葉をシルフォリア様は満足気に聞き終えると、もう話を終わりとばかりに、くるりと背を向けて歩き出した。

 その行動に一番驚いたのはレリアだったようだ。
 レリアは慌てたような声を漏らしてすぐさま顔を上げる。

「シルフォリア様。それで……あの……私はどんな罰を受ければよろしいのでしょうか」

「……罰? 何の?」

 シルフォリア様は半身振り返ると、わざとらしく首を傾げる。

「いえ……ですから私は禁呪を使った挙句に暴走させ……皆様を危険な目に……」

「ん? 禁呪? 君は何を言ってるのかな? 別にこの場では何も起こってないぞ?」

「……え?」

 そう言って両の手を拡げるシルフォリア様。

「噴水は規則正しく水を吐き出し、樹木は等間隔に立ち並び、アスファルトも気持ちがいいぐらいに整備されている。受験生達も二次試験の説明をまだかまだかと文句を言いながら雑談に勤しんでいるだけで、我々のことなど微塵も気にしていない。そんないつもどおりの昼下がりの中庭だ。それが何か問題でも?」

「……シルフォリア様」

 その言葉を聞いて、レリアの瞳から一筋の涙が流れる。

「想いが強いのは若者の特権だ。別に悪いことじゃない。その気持ちを大切に大切に育ててやるといい。まあ、次はもう少しだけ『お淑やかに』というのが私からのアドバイスかな。

 シルフォリア様はそう言って「ふふっ」と笑った。
 その表情は、いつものどこか遊び心のあるいたずらな笑みを浮かべたシルフォリア様のものだった。

 俺にはシルフォリア様の言う『アドバイス』の意味はよく分からなかったが、その言葉を聞いてレリアがなぜか顔を真っ赤にしているところを見ると、レリアにはその意味が伝わっているのだろう。
 いずれにせよ、シルフォリア様がレリアのことをいつもどおりに『大司教の娘』と呼んだことが、俺に不思議と安心感を与えてくれた。

「さて、毎回のことだが、私はこう見えても忙しい。こんな場所でいつまでも君達に付き合ってる暇はないんだ。ということで、彼女のことは君に任せるよ、魔法陣の少年」

 そう言ってレリアに視線を向けつつ、俺に目配せをするシルフォリア様。
 それに俺はコクリと頷く。

「あれだけの大魔法を行使したんだ。それなりに精神が疲弊しているはずだ。特別に君達二人は今日は帰っていいことにするよ。二次試験の詳細は別途連絡するように指示しておくから」

 その言葉に俺とレリアは素直に頭を下げる。

「さてと……次は……そこの公爵家の君!」

 シルフォリア様は今度こそ後ろに向き直ると、地面にへたり込んでいたスコットに声をかける。

「……は、はいーっ?」

 いきなり話を振られたスコットは、驚きと戸惑いから情けない声を上げる。

 完全に意識の外になっていたが、そういえばスコットはまだそこにいたのだった。
 俺とレリアを除けば唯一あの場の記憶がある例外として。

「君にもちょっとだけ話がある。ついてきなさい」

「……は、はい」

 まるで連行されるようにシルフォリア様に連れていかれるスコット。
 その姿はさっきまでの高慢な態度とは打って変わって、借りてきた猫のようだった。
 そんなスコットを俺とレリアは最後まで見つめる。

 そして、二人の姿が見えなくなった頃、俺はレリアに声をかけた。

「帰ろうか」

「はい」

 しかし、そう答えておきながら尚も俯き、中々歩き出そうとしないレリア。

「……ん? レリア?」

 俺は不思議に思って、再度レリアに声をかける。
 するとレリアはゆっくりと顔を上げて、こう言った。

「あの……ジルベール様。私、行っておきたい場所があるんです。お付き合いいただいてもよろしいでしょうか」

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