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第1章【追放編】
§014 六天魔導士
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「え、え、御存じなかったんですか?」
「……すまん。よくわからん魔導士に絡まれたものだとばかり」
「あの最年少で六天魔導士になられたシルフォリア様ですよ?」
「……受験案内を見て名前だけは知ってたけど、まさかこんなに若い女の子……いや女性だとは思ってもいなくて」
レリアは本人を前にして興奮しているのか、彼女がいかに浮世離れした人物なのかを語ってくれた。
シルフォリア・ローゼンクロイツ。
六天魔導士にして、来年度からの王立セレスティア魔導学園の学園長を務める人物。
つまりは、俺とレリアが受験する王立セレスティア魔導学園の最高責任者だ。
通常であれば、長年功績を積み重ねた壮年の魔導士が六天魔導士に選出されるところ、彼女は齢十八歳。
王立セレスティア魔導学園に在学中に六天魔導士に選出されたという超天才魔導士とのことだ。
そんなことは前代未聞。まさに異例中の異例。
この事実こそ、彼女がいかに卓越した才能を持ち合わせているかの左証でもある。
こんな彼女のことを俺がなぜ知らなかったかというと、彼女が六天魔導士に就任したのはここ数カ月の出来事だったからだ。
つまり、俺が家を追放されて山籠もりをしていたとき。
あの時は外界の情報に触れる機会などなかったものだから、そんな世界的な一大事が起こっていることなど知る由もなかった。
レリアの話によると、彼女はどうやらかなり希少な固有魔法を保有しているとの話だが、さっきの『心眼』とやらが固有魔法なのだろうか。
とりあえず彼女が『敵』ではなかったことに心底ホッとする。
さっきはやむにやまれず臨戦の構えを取ったが、正直なところ、彼女に勝てるビジョンが全く浮かばなかったのだ。
「他己紹介ありがとう。君は感心だね。一方の君は……」
彼女は俺の方にチラリと視線を送り、ため息交じりな自嘲を混ぜつつ、俺をからかうような口調で言う。
「申し訳ございません。少々山籠もりをしておりまして、世事に疎くなっております」
俺は敬意をもって彼女に応対する。
歳はさほど変わらないようだが、年上であることには変わりはないし、何より彼女は六天魔導士であり、王立セレスティア魔導学園の学園長なのだ。
まず、根本的な立場が違う。というか次元自体が違う。
「まったくそこの大司教の娘を見習ってほしいものだよ」
「……大司教?」
俺は彼女の言葉に引っ掛かりを覚えた。
『大司教』とは司教の頂点に立つ人物のことだ。
教会組織の中で教皇の次点の存在。
でもレリアは確か街の司教の出自と聞いたような気がしたが……。
そんな彼女の発言に俺が疑問を感じていると、横にいたレリアが咄嗟に口を挟む。
「すいません。シルフォリア様。折り入ってお願いがございます」
ああ、そうだった。
俺はレリアの言葉で当初の目的を思い出す。
第一の目的――『常闇の手枷』の解除だ。
図らずもその目的の最大のピースが目の前にいる。
この機会を逃す手はない。
レリアは丁寧な口調で、これまでの経緯、『常闇の手枷』のこと、解除には高位の光魔法が必要なことなどを説明し、『常闇の手枷』を顕現させてみせる。
「なるほど。それで私にその魔道具を外してほしいと?」
シルフォリア様は俺とレリアを繋ぐ『常闇の手枷』に目を向ける。
「はい。そのとおりでございます。シルフォリア様は高位の光魔法をお使いになれると伺いました。私たちは教会での解除は困難な事情がありまして、どうかシルフォリア様のお力添えをいただければと思った次第です」
「まあ、事情は大体わかったよ」
シルフォリア様は顎に手を当てて頷く。
「だが……申し訳ないけど断らせてもらうよ」
その返事に俺とレリアは顔を見合わせる。
確かに無理も承知でのお願いだった。
元々かなり偉い人だと聞いていたし、そもそも会うことすら許されないと思っていた。
でも、実際にシルフォリア様に会ってみて、もしかしたら彼女は俺達を何かしらの理由で買ってくれているのではないかという心証を抱いていた。
それゆえに、どうにか考えを改めてもらえないかと、失礼がない範囲で食い下がってみる。
「シルフォリア様。僕たちにできることなら何でもします。どうか再考をお願いできないでしょうか」
俺の必死の懇願を見て、シルフォリア様は「ふぅ」と小さなため息をつく。
「別に意地悪を言っているつもりはないんだけどね。まず、君達は一つ大きな勘違いをしてるんだよ。私はね……そもそも光魔法は使えないんだ」
「「そ、そうなんですか」」
俺とレリアは口を揃えて、同時に顔を見合わせる。
「いや、『私は光属性の魔導士ではない』というのが正しいかな。光魔法も使おうと思えば使えるし、その程度の魔道具なら私の固有魔法で解除自体は可能だ」
「では……」
「でもさ、私の固有魔法はちょっとだけ特殊でね。それなりに制約があるんだ。冷たい言い方に聞こえるかもだけど、見ず知らずの今の君達にそこまでしてあげるメリットが私にはないんだよ」
シルフォリア様から返ってきたのは想像よりも冷たい言葉だった。
ただ、その言い分はぐうの音も出ないほどにもっともなものだった。
別に彼女は聖人でもなければ、俺達を助ける理由などない。
ましてや、彼女の固有魔法の発動にはどうやら『制約』というものがあるらしい。
そもそも、シルフォリア様は六天魔導士。
俺達みたいな一介の平民と会話をしてくださっているだけで感謝しなければならないレベルのお人だ。
そんな方に一方的なお願いしようなど虫のいい話だったのかもしれない。
俺はレリアにだけ聞こえる声で耳打ちする。
「残念だけど仕方ない。シルフォリア様の言う通りだ。ここは諦めて別の策を考えよう」
「……はい」
レリアは悔しさをにじませながらも引き下がる。
俺達はお礼を言ってこの場を立ち去ろうとすると、シルフォリア様がなぜかやれやれとばかりにわざとらしく言う。
「最近の若い子はこの程度で引き下がるのか」
「え?」
「私だったら力尽くでも自分の意見を押し通そうと思うけどね」
そう言ってシルフォリア様は両手を広げ、周りに魔力を展開してみせる。
「と言いましても、俺達がシルフォリア様に勝てるとは到底思えませんが……」
それを聞いて彼女はハァ~と更に大きなため息をつく。
「力とは別に純粋な『力』だけではないよ。魔導士たる者、常に頭を使わなければならない。さて、『魔法陣』の少年よ。私は先ほどなんと言った?」
「……見ず知らずの俺達を助ける義理はないと」
「正確には『見ず知らずの今の君達を助けるメリットはない』だ。確かに、私には見ず知らずの少年・少女を助ける趣味はないが、魔法の実力が認められたうちの学園の生徒となれば話は別だ」
「え?」
「君達は入学試験を受けるために遠路はるばる田舎から出てきたんだろ? 明日の試験で、私に固有魔法を使ってもいいと思わせるくらいの魔法を、実力を、メリットを見せてくれたら、その魔道具を外してあげてもいいよ」
「本当ですか?」
「もちろんだ。まあ、うちの試験はそんなに簡単じゃないぞ。何せこの国でトップの実力を誇る王立セレスティア魔導学園だからな」
そう言ってニヤリと笑みを見せるシルフォリア様。
「「はい! 頑張ります!」」
「ふふ、いい返事だな。幸運を祈るよ。『魔法陣』の少年と『大司教』の娘」
シルフォリア様はそこまで言うと、くるりと背を向けて歩き出す。
俺とレリアはそれを見送る。
「とりあえず第一関門は突破した感じだな」
「はい。今日は空間転移もできましたし、シルフォリア様とお話もできましたし、夢のような一日です」
「だな。俺もいろいろ信じられないことばかりだよ」
でも……。
俺達は確かにいま王都セレスティアに立っているんだ。
一度は諦めかけた大魔導への夢。
その第一歩が……これから始まるんだ。
この一年はいろいろなことがあった。
十五歳を迎え、啓示の儀を行い、固有魔法を得た。
そして、家を追放され、全ての希望を失い、自暴自棄になっていた。
でも今、俺はここに立っている。
そして俺の隣には……。
「レリア……」
「はい!」
「明日の試験、二人で絶対に合格しようなっ!」
俺の突然の言葉に少し驚いた様子を見せたレリアだったが、すぐに眩いほどの笑顔を見せると俺の手を取って歩き出した。
「はい! 絶対絶対約束ですよ!」
「もちろんだ」
こうして、俺とレリアの物語は一歩、駒を進めたのであった。
「……すまん。よくわからん魔導士に絡まれたものだとばかり」
「あの最年少で六天魔導士になられたシルフォリア様ですよ?」
「……受験案内を見て名前だけは知ってたけど、まさかこんなに若い女の子……いや女性だとは思ってもいなくて」
レリアは本人を前にして興奮しているのか、彼女がいかに浮世離れした人物なのかを語ってくれた。
シルフォリア・ローゼンクロイツ。
六天魔導士にして、来年度からの王立セレスティア魔導学園の学園長を務める人物。
つまりは、俺とレリアが受験する王立セレスティア魔導学園の最高責任者だ。
通常であれば、長年功績を積み重ねた壮年の魔導士が六天魔導士に選出されるところ、彼女は齢十八歳。
王立セレスティア魔導学園に在学中に六天魔導士に選出されたという超天才魔導士とのことだ。
そんなことは前代未聞。まさに異例中の異例。
この事実こそ、彼女がいかに卓越した才能を持ち合わせているかの左証でもある。
こんな彼女のことを俺がなぜ知らなかったかというと、彼女が六天魔導士に就任したのはここ数カ月の出来事だったからだ。
つまり、俺が家を追放されて山籠もりをしていたとき。
あの時は外界の情報に触れる機会などなかったものだから、そんな世界的な一大事が起こっていることなど知る由もなかった。
レリアの話によると、彼女はどうやらかなり希少な固有魔法を保有しているとの話だが、さっきの『心眼』とやらが固有魔法なのだろうか。
とりあえず彼女が『敵』ではなかったことに心底ホッとする。
さっきはやむにやまれず臨戦の構えを取ったが、正直なところ、彼女に勝てるビジョンが全く浮かばなかったのだ。
「他己紹介ありがとう。君は感心だね。一方の君は……」
彼女は俺の方にチラリと視線を送り、ため息交じりな自嘲を混ぜつつ、俺をからかうような口調で言う。
「申し訳ございません。少々山籠もりをしておりまして、世事に疎くなっております」
俺は敬意をもって彼女に応対する。
歳はさほど変わらないようだが、年上であることには変わりはないし、何より彼女は六天魔導士であり、王立セレスティア魔導学園の学園長なのだ。
まず、根本的な立場が違う。というか次元自体が違う。
「まったくそこの大司教の娘を見習ってほしいものだよ」
「……大司教?」
俺は彼女の言葉に引っ掛かりを覚えた。
『大司教』とは司教の頂点に立つ人物のことだ。
教会組織の中で教皇の次点の存在。
でもレリアは確か街の司教の出自と聞いたような気がしたが……。
そんな彼女の発言に俺が疑問を感じていると、横にいたレリアが咄嗟に口を挟む。
「すいません。シルフォリア様。折り入ってお願いがございます」
ああ、そうだった。
俺はレリアの言葉で当初の目的を思い出す。
第一の目的――『常闇の手枷』の解除だ。
図らずもその目的の最大のピースが目の前にいる。
この機会を逃す手はない。
レリアは丁寧な口調で、これまでの経緯、『常闇の手枷』のこと、解除には高位の光魔法が必要なことなどを説明し、『常闇の手枷』を顕現させてみせる。
「なるほど。それで私にその魔道具を外してほしいと?」
シルフォリア様は俺とレリアを繋ぐ『常闇の手枷』に目を向ける。
「はい。そのとおりでございます。シルフォリア様は高位の光魔法をお使いになれると伺いました。私たちは教会での解除は困難な事情がありまして、どうかシルフォリア様のお力添えをいただければと思った次第です」
「まあ、事情は大体わかったよ」
シルフォリア様は顎に手を当てて頷く。
「だが……申し訳ないけど断らせてもらうよ」
その返事に俺とレリアは顔を見合わせる。
確かに無理も承知でのお願いだった。
元々かなり偉い人だと聞いていたし、そもそも会うことすら許されないと思っていた。
でも、実際にシルフォリア様に会ってみて、もしかしたら彼女は俺達を何かしらの理由で買ってくれているのではないかという心証を抱いていた。
それゆえに、どうにか考えを改めてもらえないかと、失礼がない範囲で食い下がってみる。
「シルフォリア様。僕たちにできることなら何でもします。どうか再考をお願いできないでしょうか」
俺の必死の懇願を見て、シルフォリア様は「ふぅ」と小さなため息をつく。
「別に意地悪を言っているつもりはないんだけどね。まず、君達は一つ大きな勘違いをしてるんだよ。私はね……そもそも光魔法は使えないんだ」
「「そ、そうなんですか」」
俺とレリアは口を揃えて、同時に顔を見合わせる。
「いや、『私は光属性の魔導士ではない』というのが正しいかな。光魔法も使おうと思えば使えるし、その程度の魔道具なら私の固有魔法で解除自体は可能だ」
「では……」
「でもさ、私の固有魔法はちょっとだけ特殊でね。それなりに制約があるんだ。冷たい言い方に聞こえるかもだけど、見ず知らずの今の君達にそこまでしてあげるメリットが私にはないんだよ」
シルフォリア様から返ってきたのは想像よりも冷たい言葉だった。
ただ、その言い分はぐうの音も出ないほどにもっともなものだった。
別に彼女は聖人でもなければ、俺達を助ける理由などない。
ましてや、彼女の固有魔法の発動にはどうやら『制約』というものがあるらしい。
そもそも、シルフォリア様は六天魔導士。
俺達みたいな一介の平民と会話をしてくださっているだけで感謝しなければならないレベルのお人だ。
そんな方に一方的なお願いしようなど虫のいい話だったのかもしれない。
俺はレリアにだけ聞こえる声で耳打ちする。
「残念だけど仕方ない。シルフォリア様の言う通りだ。ここは諦めて別の策を考えよう」
「……はい」
レリアは悔しさをにじませながらも引き下がる。
俺達はお礼を言ってこの場を立ち去ろうとすると、シルフォリア様がなぜかやれやれとばかりにわざとらしく言う。
「最近の若い子はこの程度で引き下がるのか」
「え?」
「私だったら力尽くでも自分の意見を押し通そうと思うけどね」
そう言ってシルフォリア様は両手を広げ、周りに魔力を展開してみせる。
「と言いましても、俺達がシルフォリア様に勝てるとは到底思えませんが……」
それを聞いて彼女はハァ~と更に大きなため息をつく。
「力とは別に純粋な『力』だけではないよ。魔導士たる者、常に頭を使わなければならない。さて、『魔法陣』の少年よ。私は先ほどなんと言った?」
「……見ず知らずの俺達を助ける義理はないと」
「正確には『見ず知らずの今の君達を助けるメリットはない』だ。確かに、私には見ず知らずの少年・少女を助ける趣味はないが、魔法の実力が認められたうちの学園の生徒となれば話は別だ」
「え?」
「君達は入学試験を受けるために遠路はるばる田舎から出てきたんだろ? 明日の試験で、私に固有魔法を使ってもいいと思わせるくらいの魔法を、実力を、メリットを見せてくれたら、その魔道具を外してあげてもいいよ」
「本当ですか?」
「もちろんだ。まあ、うちの試験はそんなに簡単じゃないぞ。何せこの国でトップの実力を誇る王立セレスティア魔導学園だからな」
そう言ってニヤリと笑みを見せるシルフォリア様。
「「はい! 頑張ります!」」
「ふふ、いい返事だな。幸運を祈るよ。『魔法陣』の少年と『大司教』の娘」
シルフォリア様はそこまで言うと、くるりと背を向けて歩き出す。
俺とレリアはそれを見送る。
「とりあえず第一関門は突破した感じだな」
「はい。今日は空間転移もできましたし、シルフォリア様とお話もできましたし、夢のような一日です」
「だな。俺もいろいろ信じられないことばかりだよ」
でも……。
俺達は確かにいま王都セレスティアに立っているんだ。
一度は諦めかけた大魔導への夢。
その第一歩が……これから始まるんだ。
この一年はいろいろなことがあった。
十五歳を迎え、啓示の儀を行い、固有魔法を得た。
そして、家を追放され、全ての希望を失い、自暴自棄になっていた。
でも今、俺はここに立っている。
そして俺の隣には……。
「レリア……」
「はい!」
「明日の試験、二人で絶対に合格しようなっ!」
俺の突然の言葉に少し驚いた様子を見せたレリアだったが、すぐに眩いほどの笑顔を見せると俺の手を取って歩き出した。
「はい! 絶対絶対約束ですよ!」
「もちろんだ」
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