上 下
14 / 50
第1章【追放編】

§014 六天魔導士

しおりを挟む
「え、え、御存じなかったんですか?」

「……すまん。よくわからん魔導士に絡まれたものだとばかり」

「あの最年少で六天魔導士オラシオン・ディオスになられたシルフォリア様ですよ?」

「……受験案内を見て名前だけは知ってたけど、まさかこんなに若い女の子……いや女性だとは思ってもいなくて」

 レリアは本人を前にして興奮しているのか、彼女がいかに浮世離れした人物なのかを語ってくれた。

 シルフォリア・ローゼンクロイツ。
 六天魔導士オラシオン・ディオスにして、来年度からの王立セレスティア魔導学園の学園長を務める人物。
 つまりは、俺とレリアが受験する王立セレスティア魔導学園の最高責任者だ。

 通常であれば、長年功績を積み重ねた壮年の魔導士が六天魔導士オラシオン・ディオスに選出されるところ、彼女はよわい十八歳。
 王立セレスティア魔導学園に在学中に六天魔導士オラシオン・ディオスに選出されたという超天才魔導士とのことだ。
 そんなことは前代未聞。まさに異例中の異例。
 この事実こそ、彼女がいかに卓越した才能を持ち合わせているかの左証でもある。

 こんな彼女のことを俺がなぜ知らなかったかというと、彼女が六天魔導士オラシオン・ディオスに就任したのはここ数カ月の出来事だったからだ。
 つまり、俺が家を追放されて山籠もりをしていたとき。
 あの時は外界の情報に触れる機会などなかったものだから、そんな世界的な一大事が起こっていることなど知る由もなかった。

 レリアの話によると、彼女はどうやらを保有しているとの話だが、さっきの『心眼』とやらが固有魔法なのだろうか。

 とりあえず彼女が『敵』ではなかったことに心底ホッとする。
 さっきはやむにやまれず臨戦の構えを取ったが、正直なところ、彼女に勝てるビジョンが全く浮かばなかったのだ。

「他己紹介ありがとう。君は感心だね。一方の君は……」

 彼女は俺の方にチラリと視線を送り、ため息交じりな自嘲を混ぜつつ、俺をからかうような口調で言う。

「申し訳ございません。少々山籠もりをしておりまして、世事に疎くなっております」

 俺は敬意をもって彼女に応対する。
 歳はさほど変わらないようだが、年上であることには変わりはないし、何より彼女は六天魔導士オラシオン・ディオスであり、王立セレスティア魔導学園の学園長なのだ。
 まず、根本的な立場が違う。というか次元自体が違う。

「まったくそこのを見習ってほしいものだよ」

「……大司教?」

 俺は彼女の言葉に引っ掛かりを覚えた。

 『大司教』とは司教の頂点に立つ人物のことだ。
 教会組織の中で教皇の次点の存在。
 でもレリアは確か街の司教の出自と聞いたような気がしたが……。

 そんな彼女の発言に俺が疑問を感じていると、横にいたレリアが咄嗟に口を挟む。

「すいません。シルフォリア様。折り入ってお願いがございます」

 ああ、そうだった。
 俺はレリアの言葉で当初の目的を思い出す。

 第一の目的――『常闇の手枷』の解除だ。
 図らずもその目的の最大のピースが目の前にいる。
 この機会を逃す手はない。

 レリアは丁寧な口調で、これまでの経緯、『常闇の手枷』のこと、解除には高位の光魔法が必要なことなどを説明し、『常闇の手枷』を顕現させてみせる。

「なるほど。それで私にその魔道具を外してほしいと?」

 シルフォリア様は俺とレリアを繋ぐ『常闇の手枷』に目を向ける。

「はい。そのとおりでございます。シルフォリア様は高位の光魔法をお使いになれると伺いました。私たちは教会での解除は困難な事情がありまして、どうかシルフォリア様のお力添えをいただければと思った次第です」

「まあ、事情は大体わかったよ」

 シルフォリア様は顎に手を当てて頷く。

「だが……申し訳ないけど断らせてもらうよ」

 その返事に俺とレリアは顔を見合わせる。
 確かに無理も承知でのお願いだった。
 元々かなり偉い人だと聞いていたし、そもそも会うことすら許されないと思っていた。
 でも、実際にシルフォリア様に会ってみて、もしかしたら彼女は俺達を何かしらの理由で買ってくれているのではないかという心証を抱いていた。
 それゆえに、どうにか考えを改めてもらえないかと、失礼がない範囲で食い下がってみる。

「シルフォリア様。僕たちにできることなら何でもします。どうか再考をお願いできないでしょうか」

 俺の必死の懇願を見て、シルフォリア様は「ふぅ」と小さなため息をつく。

「別に意地悪を言っているつもりはないんだけどね。まず、君達は一つ大きな勘違いをしてるんだよ。私はね……そもそも光魔法は使えないんだ」

「「そ、そうなんですか」」

 俺とレリアは口を揃えて、同時に顔を見合わせる。

「いや、『私は光属性の魔導士ではない』というのが正しいかな。光魔法も使おうと思えば使えるし、その程度の魔道具なら私の固有魔法で解除自体は可能だ」

「では……」

「でもさ、私の固有魔法はちょっとだけ特殊でね。それなりに制約があるんだ。冷たい言い方に聞こえるかもだけど、見ず知らずの今の君達にそこまでしてあげるメリットが私にはないんだよ」

 シルフォリア様から返ってきたのは想像よりも冷たい言葉だった。

 ただ、その言い分はぐうの音も出ないほどにもっともなものだった。
 別に彼女は聖人でもなければ、俺達を助ける理由などない。
 ましてや、彼女の固有魔法の発動にはどうやら『制約』というものがあるらしい。

 そもそも、シルフォリア様は六天魔導士オラシオン・ディオス
 俺達みたいな一介の平民と会話をしてくださっているだけで感謝しなければならないレベルのお人だ。
 そんな方に一方的なお願いしようなど虫のいい話だったのかもしれない。

 俺はレリアにだけ聞こえる声で耳打ちする。

「残念だけど仕方ない。シルフォリア様の言う通りだ。ここは諦めて別の策を考えよう」

「……はい」

 レリアは悔しさをにじませながらも引き下がる。
 俺達はお礼を言ってこの場を立ち去ろうとすると、シルフォリア様がなぜかやれやれとばかりにわざとらしく言う。

「最近の若い子はこの程度で引き下がるのか」

「え?」

「私だったら力尽くでも自分の意見を押し通そうと思うけどね」

 そう言ってシルフォリア様は両手を広げ、周りに魔力を展開してみせる。

「と言いましても、俺達がシルフォリア様に勝てるとは到底思えませんが……」

 それを聞いて彼女はハァ~と更に大きなため息をつく。

「力とは別に純粋な『力』だけではないよ。魔導士たる者、常に頭を使わなければならない。さて、『魔法陣』の少年よ。私は先ほどなんと言った?」

「……見ず知らずの俺達を助ける義理はないと」

「正確には『見ず知らずの今の君達を助けるメリットはない』だ。確かに、私には見ず知らずの少年・少女を助ける趣味はないが、魔法の実力が認められたとなれば話は別だ」

「え?」

「君達は入学試験を受けるために遠路はるばる田舎から出てきたんだろ? 明日の試験で、私に固有魔法を使ってもいいと思わせるくらいの魔法を、実力を、メリットを見せてくれたら、その魔道具を外してあげてもいいよ」

「本当ですか?」

「もちろんだ。まあ、うちの試験はそんなに簡単じゃないぞ。何せこの国でトップの実力を誇る王立セレスティア魔導学園だからな」

 そう言ってニヤリと笑みを見せるシルフォリア様。

「「はい! 頑張ります!」」

「ふふ、いい返事だな。幸運を祈るよ。『魔法陣』の少年と『大司教』の娘」

 シルフォリア様はそこまで言うと、くるりと背を向けて歩き出す。
 俺とレリアはそれを見送る。

「とりあえず第一関門は突破した感じだな」

「はい。今日は空間転移もできましたし、シルフォリア様とお話もできましたし、夢のような一日です」

「だな。俺もいろいろ信じられないことばかりだよ」

 でも……。
 俺達は確かにいま王都セレスティアに立っているんだ。
 一度は諦めかけた大魔導への夢。
 その第一歩が……これから始まるんだ。

 この一年はいろいろなことがあった。
 十五歳を迎え、啓示の儀を行い、固有魔法を得た。
 そして、家を追放され、全ての希望を失い、自暴自棄になっていた。

 でも今、俺はここに立っている。
 そして俺の隣には……。

「レリア……」

「はい!」

「明日の試験、二人で絶対に合格しようなっ!」

 俺の突然の言葉に少し驚いた様子を見せたレリアだったが、すぐに眩いほどの笑顔を見せると俺の手を取って歩き出した。

「はい! 絶対絶対約束ですよ!」

「もちろんだ」

 こうして、俺とレリアの物語は一歩、駒を進めたのであった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」 レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。 彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。 だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。 キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。 ※7万字程度の中編です。

二人分働いてたのに、「聖女はもう時代遅れ。これからはヒーラーの時代」と言われてクビにされました。でも、ヒーラーは防御魔法を使えませんよ?

小平ニコ
ファンタジー
「ディーナ。お前には今日で、俺たちのパーティーを抜けてもらう。異論は受け付けない」  勇者ラジアスはそう言い、私をパーティーから追放した。……異論がないわけではなかったが、もうずっと前に僧侶と戦士がパーティーを離脱し、必死になって彼らの抜けた穴を埋めていた私としては、自分から頭を下げてまでパーティーに残りたいとは思わなかった。  ほとんど喧嘩別れのような形で勇者パーティーを脱退した私は、故郷には帰らず、戦闘もこなせる武闘派聖女としての力を活かし、賞金首狩りをして生活費を稼いでいた。  そんなある日のこと。  何気なく見た新聞の一面に、驚くべき記事が載っていた。 『勇者パーティー、またも敗走! 魔王軍四天王の前に、なすすべなし!』  どうやら、私がいなくなった後の勇者パーティーは、うまく機能していないらしい。最新の回復職である『ヒーラー』を仲間に加えるって言ってたから、心配ないと思ってたのに。  ……あれ、もしかして『ヒーラー』って、完全に回復に特化した職業で、聖女みたいに、防御の結界を張ることはできないのかしら?  私がその可能性に思い至った頃。  勇者ラジアスもまた、自分の判断が間違っていたことに気がついた。  そして勇者ラジアスは、再び私の前に姿を現したのだった……

『殺す』スキルを授かったけど使えなかったので追放されました。お願いなので静かに暮らさせてください。

晴行
ファンタジー
 ぼっち高校生、冷泉刹華(れいぜい=せつか)は突然クラスごと異世界への召喚に巻き込まれる。スキル付与の儀式で物騒な名前のスキルを授かるも、試したところ大した能力ではないと判明。いじめをするようなクラスメイトに「ビビらせんな」と邪険にされ、そして聖女に「スキル使えないならいらないからどっか行け」と拷問されわずかな金やアイテムすら与えられずに放り出され、着の身着のままで異世界をさまよう羽目になる。しかし路頭に迷う彼はまだ気がついていなかった。自らのスキルのあまりのチートさゆえ、世界のすべてを『殺す』権利を手に入れてしまったことを。不思議なことに自然と集まってくる可愛い女の子たちを襲う、残酷な運命を『殺し』、理不尽に偉ぶった奴らや強大な敵、クラスメイト達を蚊を払うようにあしらう。おかしいな、俺は独りで静かに暮らしたいだけなんだがと思いながら――。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

S級パーティを追放された無能扱いの魔法戦士は気ままにギルド職員としてスローライフを送る

神谷ミコト
ファンタジー
【祝!4/6HOTランキング2位獲得】 元貴族の魔法剣士カイン=ポーンは、「誰よりも強くなる。」その決意から最上階と言われる100Fを目指していた。 ついにパーティ「イグニスの槍」は全人未達の90階に迫ろうとしていたが、 理不尽なパーティ追放を機に、思いがけずギルドの職員としての生活を送ることに。 今までのS級パーティとして牽引していた経験を活かし、ギルド業務。ダンジョン攻略。新人育成。そして、学園の臨時講師までそつなくこなす。 様々な経験を糧にカインはどう成長するのか。彼にとっての最強とはなんなのか。 カインが無自覚にモテながら冒険者ギルド職員としてスローライフを送るである。 ハーレム要素多め。 ※隔日更新予定です。10話前後での完結予定で構成していましたが、多くの方に見られているため10話以降も製作中です。 よければ、良いね。評価、コメントお願いします。励みになりますorz 他メディアでも掲載中。他サイトにて開始一週間でジャンル別ランキング15位。HOTランキング4位達成。応援ありがとうございます。 たくさんの誤字脱字報告ありがとうございます。すべて適応させていただきます。 物語を楽しむ邪魔をしてしまい申し訳ないですorz 今後とも応援よろしくお願い致します。

神に逆らった人間が生きていける訳ないだろう?大地も空気も神の意のままだぞ?<聖女は神の愛し子>

ラララキヲ
ファンタジー
 フライアルド聖国は『聖女に護られた国』だ。『神が自分の愛し子の為に作った』のがこの国がある大地(島)である為に、聖女は王族よりも大切に扱われてきた。  それに不満を持ったのが当然『王侯貴族』だった。  彼らは遂に神に盾突き「人の尊厳を守る為に!」と神の信者たちを追い出そうとした。去らねば罪人として捕まえると言って。  そしてフライアルド聖国の歴史は動く。  『神の作り出した世界』で馬鹿な人間は現実を知る……  神「プンスコ(`3´)」 !!注!! この話に出てくる“神”は実態の無い超常的な存在です。万能神、創造神の部類です。刃物で刺したら死ぬ様な“自称神”ではありません。人間が神を名乗ってる様な謎の宗教の話ではありませんし、そんな口先だけの神(笑)を容認するものでもありませんので誤解無きよう宜しくお願いします。!!注!! ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇ちょっと【恋愛】もあるよ! ◇なろうにも上げてます。

婚約破棄……そちらの方が新しい聖女……ですか。ところで殿下、その方は聖女検定をお持ちで?

Ryo-k
ファンタジー
「アイリス・フローリア! 貴様との婚約を破棄する!」 私の婚約者のレオナルド・シュワルツ王太子殿下から、突然婚約破棄されてしまいました。 さらには隣の男爵令嬢が新しい聖女……ですか。 ところでその男爵令嬢……聖女検定はお持ちで?

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

処理中です...