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勝負の行方 そのよん。
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改めて考えれば可笑しな関係だとわかる。
私はアデルとの縁談を破棄するつもりで、将来的に結婚するなどもってのほか。無事に破談にできたなら元の関係に――全く関わりをなくすつもりでいる。
だというのに、私はアデルに対し素の自分で接している。
それは初対面の時にお兄さんがシャルル・アデルと知らずに悩みを打ち明け、見合いの日にシャルル・アデルがお兄さんだと分かってもまだ奴の性格が悪いと気づかず、初対面の時と同じように接してしまったのが多分大きな理由。
けど、そうだとしてもアデルの本性が分かった時点で態度を変えることだってできた。
一歩後ろに下がることは、壁を作ることはできたのだ。
その方が後腐れなく元に戻れる。
なのになぜそれをしなかったのか。
自分のことなのに、それが私には分からない。
私との縁談を隠れ蓑にしようと前向きな奴ならまだしも、うまくやっていくつもりがないのだから本性なんてバレていない方がいいのに。
隠しておけば、そのことで後から揚げ足を取られる確率はぐんと低くなるのに。
その方が楽だから?
開き直ったから?
それとも、なあなあで続けているだけ?
客観的に見て、私たちの関係はおかしい。……いや、この言い方では語弊がある。もっと的確に述べるなら、元の、つまり全く関わりがなかった状態に戻そうと考えているくせに、素の自分で接している私がおかしいのだ。
それに、考えないわけではない。
なぜアデルは私に素を見せたのか、ということを。
今日を含めてまだたったの三回しか会っていない、それも極々短い時間での関わりしかない相手が全てを見せている、とは思わない。
が、見合いの場で、私が好印象を持った「お兄さん」を、周囲の女性たちから好意を向けられる「シャルル・アデル」を演じることだってできたはずだ。そっちの方が上手く事は運ぶ。
それを分からなかったはずもないのに。
なのになぜ、事をややこしくしたのか。
縁談を受け入れるつもりでいながらも、簡単に事を運ばせようとしないアデル。
縁談を嫌がりながらも、ついつい素を出し距離を置けない私。
…………どっちもどっちで、どっちもおかしい。
道なき道へ足を踏み入れる彼の後を追う。癪だがその背にぺったり張り付くような距離で。
そこまで近づかないと強靭な生命力を持つ雑草がすぐさま跳ね起き、足に絡まって私一人では前へ進めなくなるからだ。だからこうして行手を阻もうと草が起き上がるよりも前に、アデルが先を行くことで踏み倒してくれた道に続く。
それ以外にも奴が前にいることで飛んでくる虫や、至る所に張る蜘蛛の巣への盾としても使える。まさに一石二鳥。いや、三鳥くらい。
もっとも奴はひょいひょい、と不思議と全て避けるので、蜘蛛の巣に引っかかるどころか虫が当たることもない。ちっ。
「――ねえ、ほんとにこっちであってるわけ?獣道ですらないじゃない」
「さあ、どうなんだろうね。この場合合ってようがなかろうが、進むことに意味があるんだよ」
「……はっ?」
掻き分けるように進む彼の背は、そう言いながらも迷うことなくどんどん進んで行く。私はといえば衝撃的な発言に思わず足が止まりかけ――置いていかれないよう慌てて後を追う。
「君が話したその道を見つけるのは正直何度もあそこへ行っていようと困難極める。だから藪に入ったのには――」
そこで言葉を区切り、突然くるりと体ごと振り返るアデル。
奴が歩みを止めたことによって、空いた距離を埋めようと足を早めていた私は勢いのままに奴の胸へと飛び込む形になった。
「ちょ、いきなり立ち止まっ――」
文句を言いながら一気になくなった隙間を元に戻そうと後ろに退きかけ――なぜかそのまま抱きこまれ、自分とは違う体温に息を呑む。
「っ!?――――?」
ふと。感じたことのない温もりに困惑している最中、唐突に空気が変わった。
一瞬前まで日の当たらない場所特有のじめっとした空気に包まれていたのに対し、今は温かく爽やかな風が吹いている。
目に映る景色も一転、暗さに慣れていた目ではこの場所は眩しすぎて。
抱きすくめられたままなことも忘れ、その変わりように目が丸くなる。
「ここ……」
「転移魔法を使っただけの話だよ。こうでもしないと私でもそう簡単に来れる所じゃなくってね」
抱いていた私を解放したアデルは息を吐く。森の中へ入ったのは人目に触れないため、と付け足して。
「ほかに人がくる心配はないからね、秘密の会話をするにはうってつけだ」
「人が来ない……ほかに知ってる人、いないの?」
「さあ、どうだろう。少なくとも私は頻繁に来るけれど、誰かと居合わせるどころか他に人が立ち入った形跡を見た事はないかな」
「へえ」
まさに秘密の場所。なんて素敵な響き。
辺りを見回して、ここが前回来た場所と同じものかどうかと再確認する。
簡素な机と椅子、ただそれだけの少し開けた空間はさっきとは違い、確かに二週間前に訪れた場所だ。
「ねえ、なんでその、道が認識しづらく?なってるかは分かってないの?」
一応ここへ来る道がなかったことをこの目で確かめているとはいえいまいち実感が得られず、言葉に疑問符がついてしまう。
「精霊の都。ここがそう呼ばれていたって話は覚えてる?――うん、そう。東西南北の観光地がかつて精霊が住んでいたとされる場所だったって話。だけどここだけは有名な花畑がそうなんじゃなくて、その奥にある森がそうだった、って言ったよね?」
それが私の質問となんの繋がりがあるかは不明だが話の内容はきちんと覚えていたのでとりあえず頷く。
「つまり精霊と関係があるんじゃないかと私は疑ってるわけだけど、実態は分からない。調べたわけでもないし、調べようとも思えないからね」
「ふーん……精霊ねぇ」
「文献によれば人を惑わす精霊もいたって話だしね。ここはそのモノたちの住処だったと言われてるんだし、なにかしら関係があったとしても不思議じゃない」
精霊――というか魔法関連はさっぱりの門外漢なので、返す言葉も意見も思い浮かばない。
なのでとりあえずへえ、とだけ返しておく。
「じゃあこうして魔法を使わないと来れないってこと?」
「偶然でも起これば別だけど、あまり期待できない偶然に頼って森を彷徨うのも嫌だろう?」
言ってアデルは机まで歩いていき腰を下ろす。そしてぽんぽん、と横の椅子を叩き、座りながら話そう、と示された。が、ふと疑問が湧いた私はその綺麗な顔にじっとりとした視線を送り――、
「……なに?」
それを向けられたアデルは小首を傾げた。
私は話の流れでつい流してしまった今しがたの出来事を思い出し、感じた温かさと感触を拭い去るように服を叩き、盛大に顔を顰めながら疑問を口にした。
「いや、ちょっと思ったんだけど、転移魔法って一緒に連れてく相手のこと抱かないとダメなの?」
そう、そこなのだ。
わざわざその必要があったのか?と疑問を訴える心のままに口を開けば、ああ、と彼はいい笑みを浮かべ、
「いやがらせ」
と、一言そうのたまいやがった。
風を切る勢いでその胴に帽子を投げつける。――が、それは当たるどころかなんなく投げつけた相手に受け止められ、その顔に向かって私は「ちっ!」と大袈裟に舌を鳴らした。
「危ないなあ。いくら帽子とはいえ、そんな勢いよく投げられたら当たってしまった時痛いだろう?」
「痛い思いをさせようと投げてんのよっ!」
「人に嫌な思いをさせるようなことをしてはいけない。そう御両親に教わらなかったかい?」
「その嫌な思いを私に対して先にさせた相手が何を言うかっ!」
危なげなく受け止めた帽子を手に、これ見よがしに長い足を組み意地悪く片頬を上げて笑うアデルに怒りは収まるどころか倍増だ。
ああっ、ほんとうに嫌な奴っ!!
あんまりな奴の態度に私は今、猛烈に胸をかきむしりたい衝動に駆られていた。
いや、流石にしないけどね。
私はアデルとの縁談を破棄するつもりで、将来的に結婚するなどもってのほか。無事に破談にできたなら元の関係に――全く関わりをなくすつもりでいる。
だというのに、私はアデルに対し素の自分で接している。
それは初対面の時にお兄さんがシャルル・アデルと知らずに悩みを打ち明け、見合いの日にシャルル・アデルがお兄さんだと分かってもまだ奴の性格が悪いと気づかず、初対面の時と同じように接してしまったのが多分大きな理由。
けど、そうだとしてもアデルの本性が分かった時点で態度を変えることだってできた。
一歩後ろに下がることは、壁を作ることはできたのだ。
その方が後腐れなく元に戻れる。
なのになぜそれをしなかったのか。
自分のことなのに、それが私には分からない。
私との縁談を隠れ蓑にしようと前向きな奴ならまだしも、うまくやっていくつもりがないのだから本性なんてバレていない方がいいのに。
隠しておけば、そのことで後から揚げ足を取られる確率はぐんと低くなるのに。
その方が楽だから?
開き直ったから?
それとも、なあなあで続けているだけ?
客観的に見て、私たちの関係はおかしい。……いや、この言い方では語弊がある。もっと的確に述べるなら、元の、つまり全く関わりがなかった状態に戻そうと考えているくせに、素の自分で接している私がおかしいのだ。
それに、考えないわけではない。
なぜアデルは私に素を見せたのか、ということを。
今日を含めてまだたったの三回しか会っていない、それも極々短い時間での関わりしかない相手が全てを見せている、とは思わない。
が、見合いの場で、私が好印象を持った「お兄さん」を、周囲の女性たちから好意を向けられる「シャルル・アデル」を演じることだってできたはずだ。そっちの方が上手く事は運ぶ。
それを分からなかったはずもないのに。
なのになぜ、事をややこしくしたのか。
縁談を受け入れるつもりでいながらも、簡単に事を運ばせようとしないアデル。
縁談を嫌がりながらも、ついつい素を出し距離を置けない私。
…………どっちもどっちで、どっちもおかしい。
道なき道へ足を踏み入れる彼の後を追う。癪だがその背にぺったり張り付くような距離で。
そこまで近づかないと強靭な生命力を持つ雑草がすぐさま跳ね起き、足に絡まって私一人では前へ進めなくなるからだ。だからこうして行手を阻もうと草が起き上がるよりも前に、アデルが先を行くことで踏み倒してくれた道に続く。
それ以外にも奴が前にいることで飛んでくる虫や、至る所に張る蜘蛛の巣への盾としても使える。まさに一石二鳥。いや、三鳥くらい。
もっとも奴はひょいひょい、と不思議と全て避けるので、蜘蛛の巣に引っかかるどころか虫が当たることもない。ちっ。
「――ねえ、ほんとにこっちであってるわけ?獣道ですらないじゃない」
「さあ、どうなんだろうね。この場合合ってようがなかろうが、進むことに意味があるんだよ」
「……はっ?」
掻き分けるように進む彼の背は、そう言いながらも迷うことなくどんどん進んで行く。私はといえば衝撃的な発言に思わず足が止まりかけ――置いていかれないよう慌てて後を追う。
「君が話したその道を見つけるのは正直何度もあそこへ行っていようと困難極める。だから藪に入ったのには――」
そこで言葉を区切り、突然くるりと体ごと振り返るアデル。
奴が歩みを止めたことによって、空いた距離を埋めようと足を早めていた私は勢いのままに奴の胸へと飛び込む形になった。
「ちょ、いきなり立ち止まっ――」
文句を言いながら一気になくなった隙間を元に戻そうと後ろに退きかけ――なぜかそのまま抱きこまれ、自分とは違う体温に息を呑む。
「っ!?――――?」
ふと。感じたことのない温もりに困惑している最中、唐突に空気が変わった。
一瞬前まで日の当たらない場所特有のじめっとした空気に包まれていたのに対し、今は温かく爽やかな風が吹いている。
目に映る景色も一転、暗さに慣れていた目ではこの場所は眩しすぎて。
抱きすくめられたままなことも忘れ、その変わりように目が丸くなる。
「ここ……」
「転移魔法を使っただけの話だよ。こうでもしないと私でもそう簡単に来れる所じゃなくってね」
抱いていた私を解放したアデルは息を吐く。森の中へ入ったのは人目に触れないため、と付け足して。
「ほかに人がくる心配はないからね、秘密の会話をするにはうってつけだ」
「人が来ない……ほかに知ってる人、いないの?」
「さあ、どうだろう。少なくとも私は頻繁に来るけれど、誰かと居合わせるどころか他に人が立ち入った形跡を見た事はないかな」
「へえ」
まさに秘密の場所。なんて素敵な響き。
辺りを見回して、ここが前回来た場所と同じものかどうかと再確認する。
簡素な机と椅子、ただそれだけの少し開けた空間はさっきとは違い、確かに二週間前に訪れた場所だ。
「ねえ、なんでその、道が認識しづらく?なってるかは分かってないの?」
一応ここへ来る道がなかったことをこの目で確かめているとはいえいまいち実感が得られず、言葉に疑問符がついてしまう。
「精霊の都。ここがそう呼ばれていたって話は覚えてる?――うん、そう。東西南北の観光地がかつて精霊が住んでいたとされる場所だったって話。だけどここだけは有名な花畑がそうなんじゃなくて、その奥にある森がそうだった、って言ったよね?」
それが私の質問となんの繋がりがあるかは不明だが話の内容はきちんと覚えていたのでとりあえず頷く。
「つまり精霊と関係があるんじゃないかと私は疑ってるわけだけど、実態は分からない。調べたわけでもないし、調べようとも思えないからね」
「ふーん……精霊ねぇ」
「文献によれば人を惑わす精霊もいたって話だしね。ここはそのモノたちの住処だったと言われてるんだし、なにかしら関係があったとしても不思議じゃない」
精霊――というか魔法関連はさっぱりの門外漢なので、返す言葉も意見も思い浮かばない。
なのでとりあえずへえ、とだけ返しておく。
「じゃあこうして魔法を使わないと来れないってこと?」
「偶然でも起これば別だけど、あまり期待できない偶然に頼って森を彷徨うのも嫌だろう?」
言ってアデルは机まで歩いていき腰を下ろす。そしてぽんぽん、と横の椅子を叩き、座りながら話そう、と示された。が、ふと疑問が湧いた私はその綺麗な顔にじっとりとした視線を送り――、
「……なに?」
それを向けられたアデルは小首を傾げた。
私は話の流れでつい流してしまった今しがたの出来事を思い出し、感じた温かさと感触を拭い去るように服を叩き、盛大に顔を顰めながら疑問を口にした。
「いや、ちょっと思ったんだけど、転移魔法って一緒に連れてく相手のこと抱かないとダメなの?」
そう、そこなのだ。
わざわざその必要があったのか?と疑問を訴える心のままに口を開けば、ああ、と彼はいい笑みを浮かべ、
「いやがらせ」
と、一言そうのたまいやがった。
風を切る勢いでその胴に帽子を投げつける。――が、それは当たるどころかなんなく投げつけた相手に受け止められ、その顔に向かって私は「ちっ!」と大袈裟に舌を鳴らした。
「危ないなあ。いくら帽子とはいえ、そんな勢いよく投げられたら当たってしまった時痛いだろう?」
「痛い思いをさせようと投げてんのよっ!」
「人に嫌な思いをさせるようなことをしてはいけない。そう御両親に教わらなかったかい?」
「その嫌な思いを私に対して先にさせた相手が何を言うかっ!」
危なげなく受け止めた帽子を手に、これ見よがしに長い足を組み意地悪く片頬を上げて笑うアデルに怒りは収まるどころか倍増だ。
ああっ、ほんとうに嫌な奴っ!!
あんまりな奴の態度に私は今、猛烈に胸をかきむしりたい衝動に駆られていた。
いや、流石にしないけどね。
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