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第8章
再び、かつて住んでいた町へ 4
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*
少なからず、衝撃があった。
いま紗季は「400m」と言ったはずだ。あいつが400m?
「100じゃなかったのか? 6月までにすごい記録が伸びてきてただろ。この1年で」
「うん、それはそのとおり」
紗季は僕の手から自分のスマホを取っていき、何かを探し始めた。
「1年の間にタイムはすごく伸びたよ。もう少しで県の準決に引っかかるぐらいになれたかもしれない。でも、一年生が入ってきて、100の争いも厳しくなってきた。ほら、ひとつの種目にはひとつの学校で三人までしか出れないし、二年生二人は、碧斗より全然速いし」
「じゃあ、その一年生に負けたってことか?」
三人目の枠の争いに敗れて、種目を変更した、と僕は考えた。
「違う違う。その子と碧斗はタイム自体はほとんど差がないの。あるときは碧斗が勝つし、あるときはその一年が勝つの」
「それなら頑張って三つ目の枠を取ればいいだろ」
「それも一つの道だけどね。碧斗はこれまでの練習とか振り返って、自分の適性が100じゃなくて200とか400とかにあることを見つけだしたんだよ。それまではずっとあんたとの比較もあるから無意識に100を選ぶことになってたけど」
「オレのせい……か。まあたしかに迷惑はかかったんだろうな」
「うん。いつかは冷やかしとか悪口に勝てるぐらいに100を速くなろうとしたけど、適性が違うって気づいたんだよ。それから、400に向けた練習をしてきたんだ。ベースは同じかもだけど、専門的な練習になると100と400は違うからね……ってそんな説明はいらないか」
僕も100mと400mで専門的な練習が異なることぐらいは見てきた以上、知っている。
走る距離が4倍になる400mは100のように無酸素運動でゴールなんて目指せるはずはない。スピードを維持する能力のためにパワー系のトレーニングやジャンプ、坂道走なんかも取り入れたりするはずだ。昔みた強化練習会で400mの奴らは200mインターバルや600m走とかもやっていた。100m専門の僕からすれば地獄みたいなトレーニングだった。
「簡単に変われるわけじゃないからね。秋の大会に合わせて練習を変えたりしてきたんだよ。やるからには結果を求めたいってことでね」
「それで、速くなれたからこの大会に出るのか?」
「速くなれたかは……実際に観てみたら? せっかく遥々ここまで来たんだし」
それは紗季の言うとおりだと思った。
男子100mが終わり、男女の1500mが終わったあとに、男女の400mとなった。
男子の400mは全8組で各組の上位2着と全体の3着以下から上位8名のタイムを持つ選手が準決勝に進むことができる。
1組め、2組めが終わり、いよいよあいつが出場する3組めとなった。
「3レーンだね」
隣に座る紗季が言った。3レーンを見ると、紺色のユニフォームの選手がスタートブロックをセッティングしていた。スタンドからだと遠目なので、体格が明確に変わったのかはわからない。スタート練習が始まったが、あれだけを見てもどれぐらいのレベルアップをしたのかはわからない。
そしてレースが始まることになり、各選手がスタートブロックの後ろに下がった。
「もうちょっと前で見よう」
紗季が立ち上がり、階段を降りていく。僕も慌ててその後ろをついていく。『位置について』のアナウンスが聞こえたのでバタバタ降りないよう気をつけながら。
『用意』
ピストルが鳴った。僕はスタンドの最下段であいつのスタートを見ていた。
少なからず、衝撃があった。
いま紗季は「400m」と言ったはずだ。あいつが400m?
「100じゃなかったのか? 6月までにすごい記録が伸びてきてただろ。この1年で」
「うん、それはそのとおり」
紗季は僕の手から自分のスマホを取っていき、何かを探し始めた。
「1年の間にタイムはすごく伸びたよ。もう少しで県の準決に引っかかるぐらいになれたかもしれない。でも、一年生が入ってきて、100の争いも厳しくなってきた。ほら、ひとつの種目にはひとつの学校で三人までしか出れないし、二年生二人は、碧斗より全然速いし」
「じゃあ、その一年生に負けたってことか?」
三人目の枠の争いに敗れて、種目を変更した、と僕は考えた。
「違う違う。その子と碧斗はタイム自体はほとんど差がないの。あるときは碧斗が勝つし、あるときはその一年が勝つの」
「それなら頑張って三つ目の枠を取ればいいだろ」
「それも一つの道だけどね。碧斗はこれまでの練習とか振り返って、自分の適性が100じゃなくて200とか400とかにあることを見つけだしたんだよ。それまではずっとあんたとの比較もあるから無意識に100を選ぶことになってたけど」
「オレのせい……か。まあたしかに迷惑はかかったんだろうな」
「うん。いつかは冷やかしとか悪口に勝てるぐらいに100を速くなろうとしたけど、適性が違うって気づいたんだよ。それから、400に向けた練習をしてきたんだ。ベースは同じかもだけど、専門的な練習になると100と400は違うからね……ってそんな説明はいらないか」
僕も100mと400mで専門的な練習が異なることぐらいは見てきた以上、知っている。
走る距離が4倍になる400mは100のように無酸素運動でゴールなんて目指せるはずはない。スピードを維持する能力のためにパワー系のトレーニングやジャンプ、坂道走なんかも取り入れたりするはずだ。昔みた強化練習会で400mの奴らは200mインターバルや600m走とかもやっていた。100m専門の僕からすれば地獄みたいなトレーニングだった。
「簡単に変われるわけじゃないからね。秋の大会に合わせて練習を変えたりしてきたんだよ。やるからには結果を求めたいってことでね」
「それで、速くなれたからこの大会に出るのか?」
「速くなれたかは……実際に観てみたら? せっかく遥々ここまで来たんだし」
それは紗季の言うとおりだと思った。
男子100mが終わり、男女の1500mが終わったあとに、男女の400mとなった。
男子の400mは全8組で各組の上位2着と全体の3着以下から上位8名のタイムを持つ選手が準決勝に進むことができる。
1組め、2組めが終わり、いよいよあいつが出場する3組めとなった。
「3レーンだね」
隣に座る紗季が言った。3レーンを見ると、紺色のユニフォームの選手がスタートブロックをセッティングしていた。スタンドからだと遠目なので、体格が明確に変わったのかはわからない。スタート練習が始まったが、あれだけを見てもどれぐらいのレベルアップをしたのかはわからない。
そしてレースが始まることになり、各選手がスタートブロックの後ろに下がった。
「もうちょっと前で見よう」
紗季が立ち上がり、階段を降りていく。僕も慌ててその後ろをついていく。『位置について』のアナウンスが聞こえたのでバタバタ降りないよう気をつけながら。
『用意』
ピストルが鳴った。僕はスタンドの最下段であいつのスタートを見ていた。
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