55 / 80
第8章
再び、かつて住んでいた町へ
しおりを挟む
*
駅前のロータリー少し古めのバスが並んでいた。10月にしては暖かい気がした。僕の感覚がおかしいわけではなく、半袖で歩いている人もいた。
昔は、富山に住んでいたあの頃は、10月はどんな服装をしていたんだっけかなと考えてみたが、うまく思い出すことができなかった。
10月の富山を歩くのは、中学三年のとき以来だ。
僕はいま富山に来ていた。
*
美容院で髪を切った後、すぐにでも富山に行きたかったが、さすがに急すぎだった。バイトなどもあったし、いろいろとそわそわしながら調整しているうちに10月になってしまった。
ちょうど土日の二日間に陸上の大会があることもわかっていたので、その時期に合わせて僕は富山に向かった。
あっちの碧斗はやっぱり出ていないかもしれないが、青城南高校の誰も出ていないということはないと思ったので、誰かを捕まえれば話が聞けるかなと思っていた。
「総合運動公園」行きのバスは、駅から繋がる国道を抜けていく。窓から見える富山城はそのままのように見えたが、そもそも昔からしっかり遠目から「こんな城だ」と確かめたことはなかった気もした。
道沿いには知らない建物がいくつか増えたような気もした。あんなとこにコンビニあったかなぁとかそんな景色がちらほら見えた。
バスには同じ大会に向かうのか、ジャージの高校生が何人か乗っていた。
見渡した限りでは青城南の前に見た紺色のジャージの高校生は誰も乗っていないようだった。朝早くのうちに競技場に集合する高校もあるだろうし、競技に合わせてバラバラと集まって来る高校もあるだろう。青城南は前者で、朝早くに集合する高校なのかもしれない。
競技場に到着してバスを降りると、少しだけ涼しい風が吹いている気がした。
競技場までは少し距離があるから、ここからは競技場の全体を見渡すことができる。
ここは中学2年のときに、それまでの男子100mの県中学生記録を更新した競技場だ。ちょっとした懐かしさみたいなものもあった。
あのときは、秋じゃなくて、10月じゃなくて、5月だっただろうか。
優勝したあとにクールダウンを市にサブトラックに来たところで、紗季とハイタッチを交わしたような記憶がある。
当時を思い出しながら、空中で誰もいない前方にハイタッチを交わそうとしたときだった。
ザザザと葉が擦れる音がして、風が吹き始めた。
僕は少し目を細めて、風の向こう側を見た。
そこに何かがあると思って見たわけではなかった。ただの偶然だったが、向こうから歩いてくる女子を僕は知っていた。いや、知っているとかそういうものではなかった。
長い髪を後ろで縛った紺色の上下のジャージを着た女子はまっすぐにこちらへ歩いてくる。
僕の後ろにあるサブトラックに向かっているのかもしれない。
少なくとも僕の姿に気づいている様子はなかった。
しかし、僕にはわかっていた。
彼女は、紗季だ。
幼稚園の頃から小学校、中学校まで一緒だった紗季だった。
一年振りに見る紗季は、少し痩せたような感じで、そのせいか目の周りが昔より大きく見えるような気もした。早い話が大人びたように見えた。
僕の左隣を紗季が通り過ぎていく。
紗季はここまで来ても僕に気づかない。
「あ、あの……」
僕は振り返り、紗季に声をかけた。
後ろ姿のまま紗季がぴたりと止まった。ゆっくりと紗季が振り返る。僕と目が合う。
「オレ、あの、急なんだけどさ、相沢碧斗がどうしてるか、いや、あっちの碧斗がどうしているか、知りたくって」
なんで僕がしどろもどろなんだ。何を紗季と話せばいいのかわからない。
紗季は表情を変えず、僕を上から下まで見る。
「どちらさま?」
予想もしない言葉で紗季は淡々と言った。
「ええ!?」
「知らない人に、青城南の相沢碧斗の個人情報なんて教えたくないんですけど?」
「し、知らない人じゃねーし! オレだよ」
「新手の対面式オレオレ詐欺ですかぁ?」
「違うって。オレだって相沢碧斗、オマエと幼稚園の頃から同じ学校で、中学校は陸上部でも一緒だっただろ! なんだよ、知らない人って!」
そこまで一気に言ったとき、紗季は少し呆れたような感じでため息をついた。
「で、いまは何もしてない、元・短距離走者の相沢碧斗、ってことね」
紗季は微笑んだ。
僕のよく知っている微笑み方だった。
駅前のロータリー少し古めのバスが並んでいた。10月にしては暖かい気がした。僕の感覚がおかしいわけではなく、半袖で歩いている人もいた。
昔は、富山に住んでいたあの頃は、10月はどんな服装をしていたんだっけかなと考えてみたが、うまく思い出すことができなかった。
10月の富山を歩くのは、中学三年のとき以来だ。
僕はいま富山に来ていた。
*
美容院で髪を切った後、すぐにでも富山に行きたかったが、さすがに急すぎだった。バイトなどもあったし、いろいろとそわそわしながら調整しているうちに10月になってしまった。
ちょうど土日の二日間に陸上の大会があることもわかっていたので、その時期に合わせて僕は富山に向かった。
あっちの碧斗はやっぱり出ていないかもしれないが、青城南高校の誰も出ていないということはないと思ったので、誰かを捕まえれば話が聞けるかなと思っていた。
「総合運動公園」行きのバスは、駅から繋がる国道を抜けていく。窓から見える富山城はそのままのように見えたが、そもそも昔からしっかり遠目から「こんな城だ」と確かめたことはなかった気もした。
道沿いには知らない建物がいくつか増えたような気もした。あんなとこにコンビニあったかなぁとかそんな景色がちらほら見えた。
バスには同じ大会に向かうのか、ジャージの高校生が何人か乗っていた。
見渡した限りでは青城南の前に見た紺色のジャージの高校生は誰も乗っていないようだった。朝早くのうちに競技場に集合する高校もあるだろうし、競技に合わせてバラバラと集まって来る高校もあるだろう。青城南は前者で、朝早くに集合する高校なのかもしれない。
競技場に到着してバスを降りると、少しだけ涼しい風が吹いている気がした。
競技場までは少し距離があるから、ここからは競技場の全体を見渡すことができる。
ここは中学2年のときに、それまでの男子100mの県中学生記録を更新した競技場だ。ちょっとした懐かしさみたいなものもあった。
あのときは、秋じゃなくて、10月じゃなくて、5月だっただろうか。
優勝したあとにクールダウンを市にサブトラックに来たところで、紗季とハイタッチを交わしたような記憶がある。
当時を思い出しながら、空中で誰もいない前方にハイタッチを交わそうとしたときだった。
ザザザと葉が擦れる音がして、風が吹き始めた。
僕は少し目を細めて、風の向こう側を見た。
そこに何かがあると思って見たわけではなかった。ただの偶然だったが、向こうから歩いてくる女子を僕は知っていた。いや、知っているとかそういうものではなかった。
長い髪を後ろで縛った紺色の上下のジャージを着た女子はまっすぐにこちらへ歩いてくる。
僕の後ろにあるサブトラックに向かっているのかもしれない。
少なくとも僕の姿に気づいている様子はなかった。
しかし、僕にはわかっていた。
彼女は、紗季だ。
幼稚園の頃から小学校、中学校まで一緒だった紗季だった。
一年振りに見る紗季は、少し痩せたような感じで、そのせいか目の周りが昔より大きく見えるような気もした。早い話が大人びたように見えた。
僕の左隣を紗季が通り過ぎていく。
紗季はここまで来ても僕に気づかない。
「あ、あの……」
僕は振り返り、紗季に声をかけた。
後ろ姿のまま紗季がぴたりと止まった。ゆっくりと紗季が振り返る。僕と目が合う。
「オレ、あの、急なんだけどさ、相沢碧斗がどうしてるか、いや、あっちの碧斗がどうしているか、知りたくって」
なんで僕がしどろもどろなんだ。何を紗季と話せばいいのかわからない。
紗季は表情を変えず、僕を上から下まで見る。
「どちらさま?」
予想もしない言葉で紗季は淡々と言った。
「ええ!?」
「知らない人に、青城南の相沢碧斗の個人情報なんて教えたくないんですけど?」
「し、知らない人じゃねーし! オレだよ」
「新手の対面式オレオレ詐欺ですかぁ?」
「違うって。オレだって相沢碧斗、オマエと幼稚園の頃から同じ学校で、中学校は陸上部でも一緒だっただろ! なんだよ、知らない人って!」
そこまで一気に言ったとき、紗季は少し呆れたような感じでため息をついた。
「で、いまは何もしてない、元・短距離走者の相沢碧斗、ってことね」
紗季は微笑んだ。
僕のよく知っている微笑み方だった。
24
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
きんのさじ 上巻
かつたけい
青春
時は西暦2023年。
佐治ケ江優(さじがえゆう)は、ベルメッカ札幌に所属し、現役日本代表の女子フットサル選手である。
FWリーグで優勝を果たした彼女は、マイクを突き付けられ頭を真っ白にしながらも過去を回想する。
内気で、陰湿ないじめを受け続け、人間を信じられなかった彼女が、
木村梨乃、
山野裕子、
遠山美奈子、
素晴らしい仲間たちと出会い、心のつぼみを開かせ、強くなっていく。
これは、そんな物語である。
私の日常
アルパカ
青春
私、玉置 優奈って言う名前です!
大阪の近くの県に住んでるから、時々方言交じるけど、そこは許してな!
さて、このお話は、私、優奈の日常生活のおはなしですっ!
ぜったい読んでな!
ネットで出会った最強ゲーマーは人見知りなコミュ障で俺だけに懐いてくる美少女でした
黒足袋
青春
インターネット上で†吸血鬼†を自称する最強ゲーマー・ヴァンピィ。
日向太陽はそんなヴァンピィとネット越しに交流する日々を楽しみながら、いつかリアルで会ってみたいと思っていた。
ある日彼はヴァンピィの正体が引きこもり不登校のクラスメイトの少女・月詠夜宵だと知ることになる。
人気コンシューマーゲームである魔法人形(マドール)の実力者として君臨し、ネットの世界で称賛されていた夜宵だが、リアルでは友達もおらず初対面の相手とまともに喋れない人見知りのコミュ障だった。
そんな夜宵はネット上で仲の良かった太陽にだけは心を開き、外の世界へ一緒に出かけようという彼の誘いを受け、不器用ながら交流を始めていく。
太陽も世間知らずで危なっかしい夜宵を守りながら二人の距離は徐々に近づいていく。
青春インターネットラブコメ! ここに開幕!
※表紙イラストは佐倉ツバメ様(@sakura_tsubame)に描いていただきました。
例えば、こんな学校生活。
ARuTo/あると
青春
※学校が一回変わります。
※底辺学校から成り上がります。
東京の地、『豊洲』を舞台に繰り広げられる斜め上の青春群像劇。
自意識過剰な高校一年生、夜崎辰巳(やざきたつみ)は底辺学校で退屈な青春を迎えようとしていた。
しかし、入学式に出会った男子生徒、壱琉(いちる)に誘われた『妙なテスト』により、彼の運命は180度変わる事となる。
ひょんな出来事で第二の高校生活を始める事になった主人公。『特別候補生』という一般生徒とは違う肩書きを付けられながらも、新たな地で次第に馴染んでいく。
目先の問題に対して反論する主人公。青春格差目次録が始まる。
学校に行きたくない私達の物語
能登原あめ
青春
※ 甘酸っぱい青春を目指しました。ピュアです。
「学校に行きたくない」
大きな理由じゃないけれど、休みたい日もある。
休みがちな女子高生達が悩んで、恋して、探りながら一歩前に進むお話です。
(それぞれ独立した話になります)
1 雨とピアノ 全6話(同級生)
2 日曜の駆ける約束 全4話(後輩)
3 それが儚いものだと知ったら 全6話(先輩)
* コメント欄はネタバレ配慮していないため、お気をつけください。
* 表紙はCanvaさまで作成した画像を使用しております。
サッカーに注げた僕らの青春
千音 兎輝
青春
中学一年の終わりにサッカー部に入部した伊織 輝は恵まれたセンス(?)でいきなりレギュラー入り。しかしこのサッカー部は変態や奇人ばかり。本当に都大会まで行けるのか!?
バレンタインにやらかしてしまった僕は今、目の前が真っ白です…。
続
青春
昔から女の子が苦手な〈僕〉は、あろうことかクラスで一番圧があって目立つ女子〈須藤さん〉がバレンタインのために手作りしたクッキーを粉々にしてしまった。
謝っても許してもらえない。そう思ったのだが、須藤さんは「それなら、あんたがチョコを作り直して」と言ってきて……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる