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第4章
体育大会 3
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体育大会の前日となり、授業は午前で終わり、午後から準備の時間となった。
僕はグラウンド横に作られた保護者席の設置準備をしていた。といっても枠組みのためのロープを張ったりするぐらいで、そんな大がかりなものではなかった。
準備もそうそうに終わり、僕は校舎に戻った。
校舎の棟と棟をつなぐ屋上廊下を歩いていると、グラウンド方向を見ている女子生徒がいた。濱田さんだった。
特に話しかけようとは思っていなかったが、僕が近づいたとき、濱田さんがこちらを向いた。顔だけ僕を見ている。
「準備はサボり?」
濱田さんが聞いてきた。
「いや、保護者席準備がもう終わったし」
「そーなんだ。お疲れ」
「そっちこそサボり?」
僕が尋ねると、濱田さんは何も応えず前を向いた。
サボりってことだろうか。
失礼かもしれないが、濱田さんはなんだかこうやってサボっている姿が似合うように思った。
よく晴れた空の下で、中屋上で一人で佇んでいる姿がサマになっている。
「サボってはないかな」
濱田さんが言った。
「え?」
「体育委員様がね、私の仕事を減らしてくれたんだよ」
体育委員様、という言葉にちょっと引っかかるものがあったが、女子の体育委員は細谷であることを思い出した。
「ああ、そういえば細谷さんと同じ中学なんだっけ?」
そう言うと、濱田さんは僕に顔だけを向けた。
「……立夏から聞いたの?」
「ああ、うん。いや三吉さんだったかな?」
「何を聞いたの?」
「え、何を……って、細谷さんと三吉さんと同じ中学だって。それ以上も以下もないかな」
「そう。それならいいんだけど」
どう考えても何かが引っかかるような言い方だった。僕はそこを指摘するべきか少し悩んだ。
「……なんかあるの?」
「なんていうか……立夏は気にしなくていいところまで気にしちゃう子なんだよ。放っておいたらどこまでも深みにはまる結衣みたいなフワッとした子が近くにいてバランスが取れる感じ」
僕は濱田さんと細谷の間には、中学時代とかに何かあったのかという意味で聞いたのだが、濱田さんは細谷について話した。
僕は頷く
「細谷はそんな感じするね。なんていうかー……学級委員タイプ」
「あー、そうだね。まぁそれで……足の悪い私にも気を遣ってるんだよ。重労働はさせないように、みたいな」
「なるほどね。そういうことか。それでいまここにいたのか」
「私はね、フツ―に歩くぐらいできるから気を遣われる必要ないんだよ。ライン引きとか椅子を並べるとか走る必要ないんだし」
「それはたしかに」
「そういう優しさはいらないって中学のときにも言ったんだけど……仕方ないのかな、立夏の場合は」
優しさとは、ときに不要なものだ。
いつだって人は優しくされたいわけではない。励まされたいわけではない。声をかけられたいわけではない。相手の善意だとしても。紗季が僕を励ます声も重かった。この場合とは種類が違うんだろうけど。
「わかる気はする」
「え?」
「そういう優しさはいらないってやつ」
「……そうなの? この前、ノートを運べるのにひったくるように持ってったじゃない、相沢くん」
「あー……あれは運動不足解消の一環、みたいな?」
「そう」
「いや、オレもいろいろあったからさ、こっちでも考えてることあるのに、優しさのようで、オレにとっては圧迫みたいなのいらんっていうのあるからさ」
「なにそれ。それ、私と同じなの?」
濱田さんは少し首を左に傾げた。
「いやー……どうなのかな。濱田さんの場合とオレの場合は少し違うんだろうけど、なんか似たもの感じた気がした」
なんでだろう、と考えたとき、細谷と紗季は少し性格が似ているせいなのかもしれないって思った。
そっくりではないけれど、何か重なるものを感じるところがある。
「貴方が抱えてるものはわからないけど、似たようなものを感じるっていうのは少し理解できる……かな。シンパシーとでもいうか」
なぜか濱田さんは薄く微笑んだ。
少し風が吹いて、彼女のセミロングの髪を揺らした。その表情に少し目を奪われてしまったのか、僕は何を言えばいいのかわからなかった。
「明日は晴れるっぽいね。せいぜい迷惑にならないようにはするよ」
そう言うと、濱田さんは中屋上から去っていった。
僕はここから見えるグラウンドに描かれた200mトラックの楕円を見ながら、しばらくぼんやりとしていた。
体育大会の前日となり、授業は午前で終わり、午後から準備の時間となった。
僕はグラウンド横に作られた保護者席の設置準備をしていた。といっても枠組みのためのロープを張ったりするぐらいで、そんな大がかりなものではなかった。
準備もそうそうに終わり、僕は校舎に戻った。
校舎の棟と棟をつなぐ屋上廊下を歩いていると、グラウンド方向を見ている女子生徒がいた。濱田さんだった。
特に話しかけようとは思っていなかったが、僕が近づいたとき、濱田さんがこちらを向いた。顔だけ僕を見ている。
「準備はサボり?」
濱田さんが聞いてきた。
「いや、保護者席準備がもう終わったし」
「そーなんだ。お疲れ」
「そっちこそサボり?」
僕が尋ねると、濱田さんは何も応えず前を向いた。
サボりってことだろうか。
失礼かもしれないが、濱田さんはなんだかこうやってサボっている姿が似合うように思った。
よく晴れた空の下で、中屋上で一人で佇んでいる姿がサマになっている。
「サボってはないかな」
濱田さんが言った。
「え?」
「体育委員様がね、私の仕事を減らしてくれたんだよ」
体育委員様、という言葉にちょっと引っかかるものがあったが、女子の体育委員は細谷であることを思い出した。
「ああ、そういえば細谷さんと同じ中学なんだっけ?」
そう言うと、濱田さんは僕に顔だけを向けた。
「……立夏から聞いたの?」
「ああ、うん。いや三吉さんだったかな?」
「何を聞いたの?」
「え、何を……って、細谷さんと三吉さんと同じ中学だって。それ以上も以下もないかな」
「そう。それならいいんだけど」
どう考えても何かが引っかかるような言い方だった。僕はそこを指摘するべきか少し悩んだ。
「……なんかあるの?」
「なんていうか……立夏は気にしなくていいところまで気にしちゃう子なんだよ。放っておいたらどこまでも深みにはまる結衣みたいなフワッとした子が近くにいてバランスが取れる感じ」
僕は濱田さんと細谷の間には、中学時代とかに何かあったのかという意味で聞いたのだが、濱田さんは細谷について話した。
僕は頷く
「細谷はそんな感じするね。なんていうかー……学級委員タイプ」
「あー、そうだね。まぁそれで……足の悪い私にも気を遣ってるんだよ。重労働はさせないように、みたいな」
「なるほどね。そういうことか。それでいまここにいたのか」
「私はね、フツ―に歩くぐらいできるから気を遣われる必要ないんだよ。ライン引きとか椅子を並べるとか走る必要ないんだし」
「それはたしかに」
「そういう優しさはいらないって中学のときにも言ったんだけど……仕方ないのかな、立夏の場合は」
優しさとは、ときに不要なものだ。
いつだって人は優しくされたいわけではない。励まされたいわけではない。声をかけられたいわけではない。相手の善意だとしても。紗季が僕を励ます声も重かった。この場合とは種類が違うんだろうけど。
「わかる気はする」
「え?」
「そういう優しさはいらないってやつ」
「……そうなの? この前、ノートを運べるのにひったくるように持ってったじゃない、相沢くん」
「あー……あれは運動不足解消の一環、みたいな?」
「そう」
「いや、オレもいろいろあったからさ、こっちでも考えてることあるのに、優しさのようで、オレにとっては圧迫みたいなのいらんっていうのあるからさ」
「なにそれ。それ、私と同じなの?」
濱田さんは少し首を左に傾げた。
「いやー……どうなのかな。濱田さんの場合とオレの場合は少し違うんだろうけど、なんか似たもの感じた気がした」
なんでだろう、と考えたとき、細谷と紗季は少し性格が似ているせいなのかもしれないって思った。
そっくりではないけれど、何か重なるものを感じるところがある。
「貴方が抱えてるものはわからないけど、似たようなものを感じるっていうのは少し理解できる……かな。シンパシーとでもいうか」
なぜか濱田さんは薄く微笑んだ。
少し風が吹いて、彼女のセミロングの髪を揺らした。その表情に少し目を奪われてしまったのか、僕は何を言えばいいのかわからなかった。
「明日は晴れるっぽいね。せいぜい迷惑にならないようにはするよ」
そう言うと、濱田さんは中屋上から去っていった。
僕はここから見えるグラウンドに描かれた200mトラックの楕円を見ながら、しばらくぼんやりとしていた。
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