21 / 80
第3章
かつて住んでいた町で 7
しおりを挟む
*
僕や紗季が小学校のとき通っていたランニングスクールの瀧澤先生の言葉だった。
かつて実業団選手だったという先生で、僕たちが出会ったときは既に白髪の老人だったが、走る楽しさや厳しさを教えてくれた人だった。
大会になればベストを出せると言った生徒に先生が言ったことがあった。
「陸上競技は実力以上の結果がでないんだよ」
先生の言葉に僕たち小学生は驚いた声をあげる。
もう既にいくつかの大会を経験していた僕たちは本番でベストタイムを更新するということを何度か経験していた。みんながそれを口々に言うと、
「それは、みんなが練習で積み上げてきたものが発揮されたということだよ」
先生は微笑みながら優しく言った。
僕の前髪をそよ風が揺らしたような気がした。
「陸上はね、サッカーでいう偶然ゴール前にいたらボールが来て触れただけでのゴールもない。バスケでいう放り投げたら入っただけのゴールもない」
他の競技で例えを先生は出した。
「野球はー?」
野球もやっていた若松が手を挙げた。
先生は微笑む。こういった茶々にもひとつひとつ丁寧に答えてくれる先生だった。
「野球? そうだね、ホームランは練習しなければ打てないかもだけど、ピッチャーが偶然すっぽ抜けた球でもすごい打者を打ち取れちゃうってことはあるかもしれないね」
「あー、オレ、この前、カーブ曲がんなかったのに三振取ったわ」
若松が笑うとみんなも笑った。先生も微笑んでいた。
「陸上はね自分がやってきた練習で積み上げたもの以上の結果は出ないんだ。長距離とかだと相手についていったらベストタイムを出せたっていう場合もあるよね?」
みんなが頷く。
「でも、全く何も積み上げていない人はついていくことはできないんだ。引っ張られて身体をうまく使いこなしてベストが出せたなら、それはやっぱり練習の積み上げ、既に持っていた実力だと僕は思っている。スタートラインに立ったら、あとは自分が積み上げてきたことを信じて走るしかないんだよ。実力以上のものでは戦うことができない、ある意味、陸上競技とはすごく残酷な競技なんだ」
練習で全く届かないタイムに本番だけ達成するなんてことはない。
だから、日々の練習をしっかりして、その積み上げを信じて走らなければいけないんだと小学生なりに胸に響いた言葉だった。
そして、いま思い出して響いたのは、
「ある意味、陸上競技とはすごく残酷な競技なんだ」
という言葉だった。
先生は微笑みながらなんて重い言葉を言ったんだろう。小学生の僕には気づくことができなかったが、今の僕に強烈に響く言葉だった。
僕や紗季が小学校のとき通っていたランニングスクールの瀧澤先生の言葉だった。
かつて実業団選手だったという先生で、僕たちが出会ったときは既に白髪の老人だったが、走る楽しさや厳しさを教えてくれた人だった。
大会になればベストを出せると言った生徒に先生が言ったことがあった。
「陸上競技は実力以上の結果がでないんだよ」
先生の言葉に僕たち小学生は驚いた声をあげる。
もう既にいくつかの大会を経験していた僕たちは本番でベストタイムを更新するということを何度か経験していた。みんながそれを口々に言うと、
「それは、みんなが練習で積み上げてきたものが発揮されたということだよ」
先生は微笑みながら優しく言った。
僕の前髪をそよ風が揺らしたような気がした。
「陸上はね、サッカーでいう偶然ゴール前にいたらボールが来て触れただけでのゴールもない。バスケでいう放り投げたら入っただけのゴールもない」
他の競技で例えを先生は出した。
「野球はー?」
野球もやっていた若松が手を挙げた。
先生は微笑む。こういった茶々にもひとつひとつ丁寧に答えてくれる先生だった。
「野球? そうだね、ホームランは練習しなければ打てないかもだけど、ピッチャーが偶然すっぽ抜けた球でもすごい打者を打ち取れちゃうってことはあるかもしれないね」
「あー、オレ、この前、カーブ曲がんなかったのに三振取ったわ」
若松が笑うとみんなも笑った。先生も微笑んでいた。
「陸上はね自分がやってきた練習で積み上げたもの以上の結果は出ないんだ。長距離とかだと相手についていったらベストタイムを出せたっていう場合もあるよね?」
みんなが頷く。
「でも、全く何も積み上げていない人はついていくことはできないんだ。引っ張られて身体をうまく使いこなしてベストが出せたなら、それはやっぱり練習の積み上げ、既に持っていた実力だと僕は思っている。スタートラインに立ったら、あとは自分が積み上げてきたことを信じて走るしかないんだよ。実力以上のものでは戦うことができない、ある意味、陸上競技とはすごく残酷な競技なんだ」
練習で全く届かないタイムに本番だけ達成するなんてことはない。
だから、日々の練習をしっかりして、その積み上げを信じて走らなければいけないんだと小学生なりに胸に響いた言葉だった。
そして、いま思い出して響いたのは、
「ある意味、陸上競技とはすごく残酷な競技なんだ」
という言葉だった。
先生は微笑みながらなんて重い言葉を言ったんだろう。小学生の僕には気づくことができなかったが、今の僕に強烈に響く言葉だった。
17
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
何も知らない愚かな妻だとでも思っていたのですか?
木山楽斗
恋愛
公爵令息であるラウグスは、妻であるセリネアとは別の女性と関係を持っていた。
彼は、そのことが妻にまったくばれていないと思っていた。それどころか、何も知らない愚かな妻だと嘲笑っていたくらいだ。
しかし、セリネアは夫が浮気をしていた時からそのことに気づいていた。
そして、既にその確固たる証拠を握っていたのである。
突然それを示されたラウグスは、ひどく動揺した。
なんとか言い訳して逃れようとする彼ではあったが、数々の証拠を示されて、その勢いを失うのだった。
アンタークティカ記紀―リアルな魔術オタクは異世界の魔法にウンザリする
碧美安紗奈
ファンタジー
史実に残る魔術のオタクである十六歳の高校生霞ヶ島聖真は、単純な魔法が横行する異世界モノのフィクションが苦手。
ある日魔術の実験〝小瓶の悪魔〟を敢行して失敗した直後、どこからか『旧約聖書』のイザヤ書九章六節のような文言で名前を呼ばれるや、フィクションのような異世界に移動させられ、北欧神話の巨人フリームスルスと北欧の巫女ヴォルヴァの争いに巻き込まれる。
そこで、本来なら不可能な小瓶の悪魔によるソロモン七二柱の魔神フラウロスの使役を可能とした聖真は、その世界が魔術知識を比較的簡単に効力として発揮できる異世界〝アンタークティカ大陸〟だと知っていく。
アーサー王伝説に似た円卓の騎士団に選ばれ、自身の出現を預言した緋緋色金製の板を知り、やがて彼は大陸の人類を恐怖させる黎明魔王ルキフェル率いるディアボロス魔帝国を退けるための旅に赴かされる。
ヴォルヴァで同い年の少女フレデリカ、十三歳で勇者の称号を持ちアイヌ宝刀クトネシリカに認められた少女チェチリア、人の女性と霊鳥カラドリウスとの間に生まれたルワイダ。奇妙な仲間たちとの冒険の末、聖真は元いた世界をも含める真実に直面することになるのだった。
荷物持ちだけど最強です、空間魔法でラクラク発明
まったりー
ファンタジー
主人公はダンジョンに向かう冒険者の荷物を持つポーターと言う職業、その職業に必須の収納魔法を持っていないことで悲惨な毎日を過ごしていました。
そんなある時仕事中に前世の記憶がよみがえり、ステータスを確認するとユニークスキルを持っていました。
その中に前世で好きだったゲームに似た空間魔法があり街づくりを始めます、そしてそこから人生が思わぬ方向に変わります。
関西お嬢さま連合 ~『薔薇の園』の桜の姫君~「天はお嬢さまの上にお嬢さまを作らず、お嬢さまの下にお嬢さまを作らず。西園寺家の家訓でしてよ」
マナシロカナタ✨ラノベ作家✨子犬を助けた
キャラ文芸
◆1行あらすじ
『関西お嬢さま連合』vs『九州お嬢さま連合』、西日本のお嬢さまの覇権をかけた財力バトル。
◆あらすじ
時は令和。
社会の平等化が進むにつれて「お嬢さま」という、いと尊き存在が減少しつつあるお嬢さま不遇の時代。
そんな時代にありながら、関西のお嬢さま方を存分にまとめあげていた『関西お嬢さま連合』筆頭お嬢さま・西園寺桜子さまのもとに、『九州お嬢さま連合』より『比べ合い』の矢文が届けられました。
挑まれた『比べ合い』は受けるのがお嬢さまの嗜み。
これは西日本の覇権をかけた、お嬢さま方の戦いの記録にございます。
アラサーリーマンがオネエ冷蔵庫に恋路を応援される話
鳩谷
ライト文芸
人生にうるおいが欲しい奥村聡(おくむらさとる)は、30歳の誕生日に冷蔵庫を新調することにした。
しかし落雷で停電してしまい、買ったばかりなのに故障してしまった、と思いきや……
「ちょっと、汚い手でアタシに触らないでちょうだい!」
冷蔵庫がオネエ言葉で喋り出したのである。
これは、冴えないサラリーマンとオネエ冷蔵庫の奇妙な共同生活を描いたお話。
【サッカー大河ドラマ】タマシイを抱いてくれ ~168cmの日本人サッカー選手が駆け上がるバロンドールへの道~
高坂シド
青春
父が元日本代表、兄が現役A代表というサッカーの名門の家系に生まれた少年・向島大吾。彼は小学生6年生の時点で168cmある、フィジカルを頼みにした大型フォワードであった。
だが、高校2年になった今でも身長は相変わらず168cm。彼はただ周りと比べて早熟なだけだったのだ。
武器であったはずのアスリート能力は失われ、もはや彼には備わっていない。
劣った運動能力は逆に足を引っ張ることとなり、よくある凡百のサッカー人生を終えるかと思われた。
しかし、大吾はそのあと基礎技術を徹底的に磨き、テクニック特化の選手として、愛情・憎悪・さまざまな思惑が満ち溢れた魑魅魍魎が行き交うプロサッカー界の大海を泳ぎ生き抜いていくこととなる。
彼のプロ生活は、前人未踏のフリーキックでの4得点を達成することから始まる。
プロ・フットボーラーとしてキャリアを過ごしていく中、大吾は『ファンタジスタ』としてある特殊能力に目覚めていって……
※注 ひとりのサッカー選手の人生を、現実のサッカー界とリンクさせていく方式を取っているので、その作品性質上、更新は年単位になっていくことをご理解ください。
この小説は『小説家になろう』様、『ノベルアップ』様、『ステキブンゲイ』様、『ラノベストリート』様、『カクヨム』様、『ハーメルン』様でも展開しています。
読書の魔女のスローライフ!
ラッテ・カフェ
ファンタジー
三度の飯より読書が大好き。そんなごく普通のOL水宮春は不慮の事故で亡くなった。
そんなとき「願いを叶えるオプション付き」で転生できると知った彼女は「何も気にせず読書できる世界に転生したい!」といい、夢かなって転生することに。
そこで出会うは世話焼きな図書館の魔女だったり、メイドの双子だったり様々。そんな彼女たちと過ごす異世界スローライフ!
ってあれ?読書はどこ行った?
なろう、アルファポリス、カクヨムで同時連載!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる