『百頭綺譚（ひゃくとうきだん）』中篇小説

第十話

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　世界大戦が終しゆう焉えんし平和が到とう来らい致いたしました。
　あなたは躬み自みずからの人生に満足しておりました。
　西せい暦れき一九四五年連合軍による伊い太た利りあ独ど逸いつの敗はい衄じくと残ざん酷こくなる二遍へんの原げん爆ばく投下による大日本帝てい國こくの無条件降こう伏ふくを閲けみしてあなたは八十六歳さいと相成っておりました。西せい暦れき一八五九年亜あ米め利り加か合衆国にて誕生しサーカス団光一の人気者となり百種類の職業に臥が薪しん嘗しよう胆たんし〈E作戦〉こと〈T4作戦〉から百人の畸き形けい者を救きゆう恤じゆつしたあなたは奇き妙みよう奇き天て烈れつ摩ま訶か不ふ思し議ぎ疾しつ風ぷう迅じん雷らい狂きよう瀾らん怒ど濤とうの人生を髣ほう髴ふつとして無む涯がい無む辺へんの感かん慨がいに猛もう襲しゆうされました。八十六歳さいもうながくない。躬み自みずからの終しゆう焉えんをさとったあなたは最後の人生を謳おう歌かするために羈き旅りよにでました。東とう端たんは東京から西せい端たんは亜あ米め利り加か合衆国まで世界各国を跋ばつ渉しようしたので厶ございます。羈き旅りよの最中あなたは髣ほう髴ふつと致いたしました。〈ソクラテス〉が救きゆう恤じゆつした〈エル族〉は無事だろうかと。隔かつ靴か掻そう痒ようの感かん慨がいに猛もう襲しゆうされたあなたは亜あ米め利り加か合衆国から南阿あ弗ふ利り加か共和国へと驀ばく進しんし〈エル族〉と邂かい逅こう致いたしました。
　刹せつ那なあなたは百人のエル族女性に一ひと目め惚ぼれ致いたしました。
　瑞すうぇー典でんを発ほつ端たんとする〈エル族〉には美男美女がおおかったのですがあなたが〈恋れん愛あい〉をするということは前ぜん代だい未み聞もん未み曾ぞ有うの出来事で厶ございました。あなたの百の頭は一いつ致ち団結して議論し百の頭其それ其ぞれが百人のエル族女性に〈告白〉致いたしました。あなたの〈告白〉は成功致いたしました。西せい暦れき一九一三年の〈エル族の優生学的婚こん姻いん法〉廃はい止しのための大規模デモ嚮きよう後こうエル族の巷こう間かんではあなたは〈最後の熾天使〉と呼こ称しようされるほど鑽さん仰ぎようされていたがゆゑで厶ございます。あなたのことを愛あい慕ぼしていたエル族の女性達たちは欣きん喜き雀じやく躍やくとしてあなたとの交際を濫らん觴しようさせました。あなたは人生の最後の最後に最高の幸福を享きよう受じゆ致いたしました。百の頭はいつでも莞かん爾じとして百人の女性を嚮きよう導どうし乍ながら南阿あ弗ふ利り加か共和国津つ津つ浦うら浦うらを逍しよう遥よう闊かつ歩ぽ致いたしました。あなたは蹶けつ起き致いたしました。あなた自身斯か様ようなる人生が到とう来らいすること抔など揣し摩ま臆おく測そくすることさえできませんでした。あなたは百人の女性に〈プロポーズ〉したので厶ございます。跼きよく天てん蹐せき地ちとし乍ながら〈わたしと永遠をわかちあってください〉と。
〈プロポーズ〉は大成功致いたしました。
〈エル族〉独特の大おお騒さわぎの結けつ婚こん式しきののちあなたたちは〈エル族〉から譲じよう渡とされた豪ごう邸ていを棲すみ家かとして蜜みつ月げつを謳おう歌か致いたしました。百人の女性の記録によるとあなたは〈百人の嬰えい児じ〉のようだったそうで厶ございます。あなたにも試練が到とう来らい致いたしました。あなたは百本の男性器をもっていたのですが狂きよう瀾らん怒ど濤とうの人生のなか百の頭悉しつ皆かい〈童どう貞てい〉として老年をむかえました。あなたも純潔を放ほう擲てきするときが到とう来らい致いたしました。あなたは百本の男性器で百人の女性達たちと終日夜もすがら豊ほう饒じようなる性交に臥が薪しん嘗しよう胆たん致いたしました。あなたの百人の愛妻は同時に妊にん娠しん西せい暦れき一九四七年二月十二日百人の子孫が同時に誕生致いたしました。あなたは幸福で厶ございました。世界一幸福だと認にん識しきしておりました。八十八歳さいから百歳さいまであなたは愛妻達たちとともに百人の末まつ裔えいに舐し犢とく之の愛あいをそそいでゆきました。
　あなたは百歳さいで逝せい去きよ致いたしました。
　あなたの葬そう儀ぎには百万人の傍ほう輩ばいが殺さつ到とう致いたしました。