『神々の黄昏』中篇小説

最終話

『金城浩ひろ樹き』は武者震いしていた。
『金城大尉』は『金城浩ひろ樹き』の胸臆を斟しん酌しやくする。『こいつ』はやるつもりだ。因いん陀だ羅ら網もうの基き督りすと教きよう原理主義者であり繁はん文ぶん縟じよく礼れいの過激派共産主義者であった『金城浩ひろ樹き』は季節外れのトレンチコートをまとって右手にライターを掌握しながら『画面』をにらんでいる。『金城浩ひろ樹き』はひとりごちる。いわく「戦争責任をとらなかった昭和天皇の末まつ裔えいよ。おれはいまここで責任をとってやる。巨万の日本人とともにあの戦争の決着をつけてやる」と。『金城浩ひろ樹き』はコートのうらの肉体に纏てん繞じようさせた十二本のTNT爆薬に点火せんとする。『金城大尉』は怵じゆつ惕てき惻そく隠いんした。ここで『金城』が自爆したら焱えん燚いつたる火炎と爆風が無む辜この百黎れいを猛襲し界かい隈わいの数千人の人間が死傷するだろう。神聖冒ぼう瀆とくすべからざる徳仁陛下の即位の礼は無む慙ざんにも台無しにされ陛下の御お名な前まえは未み曾ぞ有うのテロ事件とともに歴史に篆てん刻こくされてしまわれるだろう。『金城浩ひろ樹き』の指先が痙けい攣れんしている。「やるんだ。おれはやるんだ」と。刹那『金城大尉』は『金城浩ひろ樹き』に物語った。「もういいんだ。『戦争』はおわったんだよ」と。喫驚した顔がん貌ぼうの金城浩ひろ樹きは忐びく忑びくと界かい隈わいを睥へい睨げいした。といえどもこえのぬしらしき人物は烏う有ゆうであった。テロを中止したらしい『金城浩ひろ樹き』の頭上にて透明無色の魂こん魄ぱくとなっていた金城太尉は沈黙のこえで私さ語さやいた。『すべて』の日本国民に私さ語さやいた。いわく「愛国者がいたっていい。反体勢がいたっていい。資本主義者がいたっていい。共産主義者がいたっていい。仏教徒がいたっていい。基き督りすと教きよう徒とがいたっていい。神を信じるものも神を信じないものもみな日本人だ。否いな。みな人間だ。すべての人間に幸があらんがためにこの日本の森羅万象に平和のあらんことを」と。同時に金城大尉の魂こん魄ぱくに同意した『われわれ』全神國国民は東京に降りそそいだ『雨粒』の粒子に『魂こん魄ぱく接続』した。
　全日本人が蒼そう穹きゆうを見上げた。
　日本の空には八や百お万よろずの虹がかかっていた。

　了