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悪役令嬢ズが転生者だったとある世界
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今日は王国立学園の卒業パーティーだった。
ここまで言えばご理解いただけたかもしれない。
公衆の面前で婚約破棄をぶちかました愚か者たちがいた。
これをお約束と思えるのは私たちが転生者で、なんとなく察していたから。
私「たち」と言うのは、まあ、立太子を囁かれる第一王子とその側近たちの婚約者五人、である。
そもそもとして途中編入してきた女生徒が露骨に乙女ゲームの主人公な外見だったし、その振る舞いもネット小説でよく見るヒロインちゃん(笑)だった。
大変分かりやすいその言動に、ついぼやいてしまったら、なんとその場にいた婚約者奪われ被害者一同全員が転生者だと発覚したのだ。
発覚してから私たちはとにかく隙を見せないように苦労した。
同じクラスの女生徒と団子になって行動し、お手洗いでさえ全員で行く。そもそも同じクラス――高位貴族の令嬢たちは大抵あのヒロインたちに迷惑をかけられていたし、あれこれとないことないこと言われて苦しんでいた。
なので「あの女が何を言っても全員が全員の無罪を主張できる状態にしませんこと?」と提案した。
中には実家の派閥の関係で距離を置けと言われている令嬢もいた。
しかし、身の安全が最優先である。
篭絡されている中には王族がいる。一人だけ孤立していたら好機とばかりに冤罪をふっかけられて処刑される恐れがあるのだ。
その辺りを親に説明した上で皆で集団行動をした結果、どうなったか。
第一王子の婚約者につけられていた「王家の影」は、私たち全員の無罪を報告し続けることになった、らしい。
そりゃそうだ。その婚約者も集団行動をしていたのだし、そうなると集団が潔白であると分かる。
高位貴族の令嬢はそう多くなくて、私たちの学年だと二十人もいない。低位貴族なら三倍はいるのでクラスが四つあるけれど。
今日のパーティーも、エスコートが必須でないことを利用して全員でまとまって入場し、その後もとにかく集団で動いた。
これまで派閥や過去の問題で疎遠にしていた令嬢たちも親友のような距離感で、卒業すると寂しくなるわだなんて言い合いながらソフトドリンクを嗜んでいた。
広々としたホールの片隅でそんな風に和気あいあいとしていたところ、案の定愚か者どもが呼び出してきたので全員で向かった。
呼んだのはそのうちの五人程度なのに二十人近い令嬢が塊でやってきたのだからあちらは驚いていた。けれど結局言っちゃったのよねえ、婚約破棄宣言。
五人全員で集団の前方に出て、淑女の礼をしながら
「そちらの有責での婚約破棄お受けいたします」
と声を合わせてお答えしてあげた。
正直ね、バカじゃないかって。目撃証言多数な不貞行為をしておいて、自分が有利な立場だなんて普通思えないわよ。
しかも冤罪擦り付けた上に暴言もセット。公衆の面前で。
そもそもとしてあの方々分かってらっしゃったのかしらね。
国王直々に運営しておられる学園の卒業パーティーに陛下がおいでにならないわけないのだけれど。
全員が入場して落ち着いた頃合いに入場なさるつもりで一段高い舞台袖の待機所におられた陛下は、私たちの返答の直後に袖から姿を見せて、
「そのものらを拘束せよ」
と。
第一王子やヒロインの集団を指さして宣言なされたわけ。
当たり前よね。
だって私たちの婚約って王命だったのであって、それを王の許しもなく破棄しようというのはつまり謀反。
万が一、億が一にも私たちが彼らを諫めるためにあれこれ策を弄して、結果ヒロインを害していたとして、それは王命を守るために必要なことと判断された可能性は十分ある。
それこそ、殺して止めていたとしても、男爵家の娘だし。別に国家存続に重要な身分じゃないし。無罪だったと思う。
そんなわけで簀巻きにされた集団だけど、あれこれギャーギャーやかましいことこの上なくって、黙らせろという命令を陛下が追加でなさった事でお腹を蹴られていたのだけれど…痛そうだったわ。
まあ彼らが痛い思いしようが私たちには関係ないのだけど。
真実どうだったのかを陛下はそこで証言なさったわ。
ある日ある時から――具体的には、ヒロインに篭絡された人たちの婚約者、つまり私たちがお茶会をした後からクラスの女生徒全員が集団行動をするようになって。
王家の影は結果的に全員の監視をしていて、その報告書を見ても嫌がらせをしていた様子は一切ないと断言していただけた。
前提として、陛下は第一王子がどういう生活をしていたかご存じなわけで、今日のやらかしを決定打として五歳年下の第二王子を立太子候補とし、第一王子は廃嫡とすると宣言。
要するに側近一同も路頭に迷うことが確定した、というわけで。
全員のお顔が真っ青になったのよね。
いやいや。婚約者の後ろ盾もあってそれぞれの地位が確立していたのだけどね?
側近として働く間、領地や家のこと全てを司ることが出来て、なおかつ何かあった時に分家や実家を動かしてサポート出来るよう教育されている妻でないと、最上位の存在に直接仕える立場になんて立てないのよね。
だから、そもそもとして、王子が無事でも、この人たちは私たちと結婚しないなら側近ではいられなくなってたんだけど。
分かってなかったかな?頭お花畑って伝染するのかな?
というかヒロインの夫になれるのは一人だけなのに、まとめて婚約破棄してどうするつもりだったのかしら。
ソシャゲみたいに全員の髪が突飛な色で特徴があるならまだ理解できるけど、この世界ってピンクブロンドや赤毛はあっても青だの緑だのって色はいないんだけど。
王子はキンキラキンに眩い金髪だからまだ分かるかもしれないけど、残りは輝きに違いは多少あれどって感じのちょっと鈍い金髪。瞳の色も青か緑かってくらい。
ヒロインの産んだ子の父親が誰なのかなんて、DNA鑑定もないこの世界じゃ誰にも分からない状態じゃない?だって、全員とお盛んだったんだし。
そんなわけで、私たちはなんとか無事婚約者を捨てることが出来、平穏だろう日々を掴むことが出来た。
陛下直々に「この婚約破棄の有責は無論悪女に惑わされた男にあり、女側には一切の落ち度はない」と宣言して下さったおかげで、次の婚約にも問題はないと思う。
ただ。
「結婚は当分考えたくなぁい……」
ベッドの上でうつぶせになりながらぼやいてしまう。
前世を思い出した時すごく嫌だったのよね。婚約者いるんだもん。結婚しなきゃいけないんだもん。
これが自分で望んだ相手ならともかく家の都合で、別に相手に好ましいところも見当たらない。当たり障りはないけどそれだけ。
しかも相手が自分に不満あるってうっすら分かってるの。
結婚欲あったとしても嫌じゃない?そんな相手。
けど貴族令嬢って結婚する以外の将来は狭き門過ぎるのよね。
低位貴族の令嬢なら高位貴族の家で働くって道があるんだけど、逆に言うと高位貴族の令嬢にそういう手は殆どない。
王宮の女官や侍女だって基本的には低位貴族の令嬢だし。女官長とかなら高位貴族の令嬢――いや、夫人が就くことになるけど、それは数少ない高位貴族の女性が繰り上がっていくだけで、新規採用じゃないわけで。
ついでに言うと、親も王命があれば即座に次の婚約結んじゃいそうなんだよなあ。
陛下も悪いことをしたって仰られていたからなんかそういう話持ってきそうで。
やだなあ……。
そんなことをつらつら考えている間に眠りに落ち、次の朝にはそこそこ前向きな方向に向かっていた私は大変ポジティブだと思う。
朝食はモリモリ元気よく食べたし(上品にだけど)卒業後で暇を持て余すことになったけど、転生者仲間のご令嬢たちとお茶会を頻繁にすることでそれなりに時間は潰せてる方かな。
と、そんな生活も一か月も続かなかった。
「外交に同行、ですか?」
「ああ。あの日に婚約を失った娘たち全員、教養があるだろう。外交の知識もある。
人材を遊ばせておくのも問題があるとして、東のアマツ諸島との交渉へ随行せよとのご命令だ」
「アマツ諸島……はい、言語は一応扱えますが」
「男の視点では気付けない有益な情報を一つでも見つけられればという思惑があるようだ。
どうだ、国内で燻るよりも有意義な時間を持てると思うが」
父は父なりに王命のメリットを説いてくれる。
問答無用で送り出すことだって家長なので出来るはずだけど、そうしなかったのは誠意からだと思う。
アマツ諸島は露骨に日本的な国で、米食文化の根付いた島国。
マイナーな国だけど割と有益な交易をしているので、高位貴族は大抵この国の言語を学ぶし扱う。
日本は鎖国していたけど、この国は大陸との関係が出来て以降は特に鎖国もせず、かと言って積極的に交わる事もなく、「交易はするけど王族のやり取りとかはしないよ~」って感じの国。
要するに政略結婚であちらの姫君をもらったり、あちらに姫を贈ったりはしない関係。
どの国ともフラットに対応したいし、自国の枷を増やしたくない。そういう意思で、らしい。
この手の話で揉めると折角珍しい文化を持つ国なのに交流を絶たれる恐れがある。
なので交易を望む国は定期的に外交団を派遣し、意思疎通をきちんとして関係を維持している。
その外交団に随行せよ、というのは、割と名誉なことでは?と、思わなくもない。
何せ国益に直結する。
往復で二か月かかる距離だけど、それだって別に間に別の国を通ったり海を渡ったりすると思うと普通だし。
外交団としてあちらに滞在するのは半年ほどだというのは知れている話で。
常駐する大使がある程度話をしてくれているおかげで激烈に関係が悪化するという恐れも少ない。
だから、多分だけど、本当に私たちの視点で有益な情報が一つ見つかればめっけもん、くらいの感覚なのだろう。
「学園でアマツ諸島の礼儀作法は習っておりますし、構いませんわ。
何も今日明日旅立てというわけではありませんでしょうし」
「無論だ。出立はちょうど来月の頭となっている。
今の季節なら嵐もなく航海がしやすいからな、逆にあちらで過ごす季節は嵐が多いそうだぞ」
なるほどね、日本の台風みたいなものもあるのか。
「そういうわけだ、アシュリー。お前が良いと返事したことは陛下にお伝えする。
準備は侍従や侍女に手伝ってもらいなさい」
「はい。どの程度までが許容範囲でしょう?」
「そうだな、馬車にまで荷物を載せるわけにはいかん。
収納師一人が収納できる分だけにしておきなさい」
「分かりました。そのように考えて準備します」
そのあとは荷物の準備。
謁見や社交の時のためのドレスを何枚かと装飾品一式は必需品として、旅の間はとにかく身軽に!をモットーにワンピースで揃えた。
これは随行する五人で既存の衣装を扱う店に出向いてあれこれ相談しながら揃えたわ。だって、被ったら面白味がないじゃない?
ああ、そうそう。
収納師って何?って思ったわよね。
遅ればせながらだけど、この世界にはスキルというものがあるの。
それなりに――貴族から平民まで幅広く――頭数がいるのが収納のスキル持ちで、一定以上の荷物を収納できる人は収納師として運送協会に登録している。
その最低基準が馬車一台。分かりやすく言うなら、そうねえ。
軽トラ、あるじゃない?その荷台部分に乗っけられる程度。
重ねて布で抑えてもこれが限界!って量を想像してみて。それが最低限。
勿論それよりもっと沢山収納できる人は居る。
こういう交易の際に連れ出される収納師は大きなトラック一台分くらいは収納できる人が求められる。
だから荷馬車を連ねて旅をするわけじゃない。
大量の収納師と、外交団と、護衛。
食料は随時人里で買い求めて、持ち歩くのは馬の食料と水くらい。
その水だって、スキルに水魔法持ちが居れば持ち歩かなくていい。
そして私は水魔法持ち。
もしかしてスキル目当てか!?
そんなことを思ったりもしたけれど、水魔法持ちって別に珍しくないのよねえ…。
ともあれともあれ、準備は無事完了して、外交団として私たちも王都を旅立つこととなった。
殿方規格で六人乗りの馬車をあてがってもらったのだけど、比べるまでもなく小柄な私たちは余裕を持って座れたし、ゆったり過ごすことも出来た。
馬のためにも時々休憩が入るから、その時ばかりは馬車から出てストレッチもする。
程好いところに宿場町があるからそこで寝泊りする、なんていうのも中々しない経験だから面白い。
結構な人数の集団で動いてるけど、前もって行動が決まってるから先々予約が済んでるからスムーズなのよねぇ。
国境の検閲も、馬車から降りて名前を言うだけ。
乗った馬車を調べたりはされるけど、別に休憩時間の時に降りるのと大差ないくらいの時間で通れたわ。
跨いだ国は一つ、その次の国の港からアマツ諸島の本島へ行くわけだけど――
「すごーい!海キレイ!」
思わず感動から言ってしまった。大声で。
恥ずかしくなってきゅっとしてたらお年を召した収納師さんがカラカラ笑ってくれた。
「そうじゃな、ワシも初めて海を見た時は感動したものですわい。
湖とはまた違って雄大でたまらんものです」
「ひゃい……」
「ただ海は揺れがありますぞ。お嬢様がた、酔い止めの薬がありますからの。
つらいと思うたら船員に渡してもろうたほうがよい。
ワシは平気なんじゃが、若いモンはもう本島までの五日間でやつれてしまいましてなあ」
そこで私たちは顔を見合わせた。
今世では小舟にすら乗ったことありません、よね。
魂は島国生まれなんですけど肉体は陸育ち。果たして大丈夫かしら。
なんて思ってたけど案外平気。
寝床はハンモックなんだけど想像以上に寝心地がいいし、甲板に出ると潮風が程好くてたまらない。
というか潮風の匂いがね!懐かしくて!
海の魚のお料理も、アマツ諸島を往復する船のものだからか和風。
味噌煮と白米が出た時は内心ガッツポーズした。
パンじゃなくてすみません、なんて言われたけど、これもおいしいですよ、私は好きです、って真顔で言っちゃったわ。
魂が求めてたあの味が目の前にたっぷりあるんだもん。
太るの覚悟でおかわりまでしちゃった。
そんな中、五人のうちの一人、リリアン様は厨房でとにかくレシピを書き付けていたわ。
「調味料の売れ行きが悪いって言う話を聞いていたの。
でも料理人だって使い方が分からないなら買わないじゃない?
買ってみて、使ってみて、馴染みもなければおいしくも仕上がらなかったなら、二度目はないのよ。
だから、私、この旅では料理のレシピをたくさん聞きほじることにしたわ」
それに、レシピがあれば国で食べられるし。
リリアン様の目は本気だった。
あの方、洋風の濃い味が苦手だ、和食がいい、ってずっとぼやいておられたものねえ。
朝は味噌汁とおにぎりがいいって愚痴も何度も聞いたわ…そこまでこだわりのない私でもたまにはそういう朝食がいいって思ったくらいだし、リリアン様は相当よ、きっと。
五日間の船旅が終わって、旅装を解いて身支度をしたらすぐアマツ諸島の王宮へ。
なんていうか、城ではなかった。
平たい屋敷が連なっていて、最低限の機能はあるって感じ。
屋内は勿論土足厳禁とのことなので靴は脱いで。素足を見せることに障りがある令嬢のために、と用意されたのは靴下。足袋はそうよね、サイズがきっかりしているから揃えにくいわよね。
今世では初めての畳張りのお部屋で、この体では初の正座であちらの外交団の方々と面会し、その後は皇帝――帝(みかど)との謁見。
左右を佩刀した武士らしい殿方で固めた帝はまだ三十路前かな?
こちらの顔立ちは日本風だけど、日本風の顔立ちで年齢推しはかるのって前世振りだから難しいわ。
ともあれ、皇女や皇子との対談も許されて、益々の交流を望む、とお言葉を賜って終了。
この国の皇女や皇子は跡継ぎにならなかった場合、独身のまま跡継ぎに仕えるのだそうで。なので、普通に政治的なお話が通じる。
そこで打って出たのはカーラ様とビヴァリー様。
カーラ様は浴衣と着物、草履に下駄を流行らせたい。
ビヴァリー様はアマツ流の扇子を輸入したい。
なので文化に詳しい学者やデザイナーも交えて皇女や皇子と日々あれこれと交渉しているわ。
アマツ諸島では逆にこちら風のドレスが珍しいから需要があるみたい。
扇子一つでもデザインがかなり違うし、素材も違うから、お互い新発見の多いようでよかった。
これで何もしてないのは私とメリンダ様になった。
だけどホントに何もしないわけにもいかなくって、貴族のご令嬢やご婦人と交流して、こちらの生活や主な流行をリサーチしたし、あちらの興味を満たしたりしてたのよね。
交易の結果入ってくるようになった大量の砂糖で最近味が向上したという餡子のお菓子なんて本当絶品で、お茶とよく合いますねと褒めたら大変喜んでもらえた。なんでもお気に入りの職人のお手製だったそう。
こちらでも、異性とあれこれ話し合うのはちょっとはしたない、という文化はある。
皇女みたいに立場があるひとが、仕事として…ならともかく、令嬢も夫人も家の奥向きのことや婦人としての交流はできても、家と家とのお付き合いで積極的に当主と話す、みたいなことはない。
あ、勘違いする人が多いんだけど、夫人の仕事ってそんな楽じゃないわ。
お茶菓子一つとっても「敵対派閥の特産品」なんて出そうものなら関係が悪化しかねない。着ている服や装飾品の出どころだってそう。
だから夫のその日その日に着るものも予定を聞いた夫人が考えて準備するの。
だから夫人と話す時はそのお仕事を褒めるのが大事。
で、私たち相手って、家の派閥とか関係ないじゃない?
だから大変人気になってしまった。
お茶会をするとなっても私たちをもてなすため、って理由があればちょっと微妙な関係でも呼んで問題ない。
そのお茶会で、微妙な関係を改善しようと頑張るって寸法。
利用してごめんね!って感じでちょっとした便宜をはかってもらえたり、交易に有利な情報をもらえたりする。
なので私たちは呼ばれたお茶会や食事の席を断らない。
ニコニコ笑いながらクッションの役目を果たし、夫人がたのお勤めを見守るのだ。
そんな生活をしている間に、ちょっとね、気になる方が出来てしまってね?
外交団の一人、アナキン伯爵家のエイブリー様。
年齢は二十八歳で十歳年上なのだけど、落ち着きがあって、頭の回転が早くて、人当たりが柔らかい。
独身な理由は外交をしたくて頑張っていたら学園卒業後にアマツ諸島の外交団に入ることになって、忙しい日々に結婚とか考えていられなかったみたいで。
あと二年もすればさすがに結婚をせっつかれるんだろうなあ、とお話してくださって。
じゃあ、私はどうでしょう?なんて言ってしまって!
だって、そのお話を聞いた時にはもう気になってたんですもの。
外交で一年の半分以上一緒にいられない時間があるにせよ、それってあと何年もって話じゃないそうだし。
数年はそういう生活だったとしても、私の方が年下なのだから、その、跡継ぎを作るのにだって支障はないし?
結婚なんてしたくないって思ってたけど、この方全体的に好みなのよ。
顔立ちはとびきり美形ってわけじゃない。
でも性格のよさが滲み出ていて、落ち着く感じ。
旅暮らしを基本にしているから体は程々に筋肉がついていて、背丈も低いわけじゃない。
つまり見た目は悪くない。
で、内面は前述の通り。
女性相手に豹変するとかそういうこともない。すごく紳士的。
激しい恋愛は出来ないけど穏やかな愛を築くのは絶対できる、そういう人。
……なんて、あれこれ理由付けたけど、結局のところ一緒に過ごす内にこれからもを望んでしまったに過ぎないのよね。
エイブリー様からのお返事は、耳まで真っ赤になって「少しだけ考えさせてください」だったわけで、これって脈ありよね。
もちろん私だってさりげなく好感を持たれそうな感じを出してアピールした部分があるし、悪い結果にはならないと思う。
それにこれでも諦めが悪いから、もし遠慮されてもとっ捕まえるわ。
や、さすがに本当に申し訳ないけど……ってお断りなら諦めるけど。
なぁんてお仕事しながら自分のことしてたら、メリンダ様は、なんと皇子の一人と恋に落ちてしまった。
男女まぜこぜの、テーマが決まったお茶会でご一緒した時にお互いビビビと来るものがあったとか。
それで少しずつ交流しているうちに、メリンダ様はこちらに嫁いでもいいくらい好きになってしまったのだとか。
皇子も乗り気で、本来独身で帝に仕えなきゃいけないところをなんとかしてみせると誓ってくださったそう。
一応、そういうとこ抜け穴もあるらしいし、実現は可能らしいわ。
それに、王族同士のやりとりじゃないものねえ。メリンダ様、侯爵家のご令嬢だし。婿入りじゃなくて嫁入りだし。
貴族令嬢がこっちに来て外交の手伝いをする、なんてものすごく珍しい話だから、これまでは起こらなかった話でもあるでしょうしね?
アマツ諸島の方々、外交や交易はしても、国から出てあちこちに顔見せするとかはなさらないし。
どちらにせよメリンダ様、お幸せに。
いえ、一度は国に帰るのだけどね?一緒にね?
でも話が決まればアマツ諸島に嫁ぐわけだし。…さみしいなあ。
そんなこんなであっという間に交渉は終わって、今回はかなり多い品目を持ち帰ることになった。
貴金属のやり取りを今回は見送って、カーラ様とビヴァリー様が厳選した衣類等をかなり多めに仕入れた。
型と布を仕入れてもいいけど、既製品にするのは、異国本場の品というブランドを大事にしてのこと。そして全員に必ずいきわたる量でないことも大事。
流行の最先端の淑女たちが身に着ければ少しずつ浸透する。
けどその速度は爆発的ではないから、仕入れるまでの間在庫をだぶつかせておかないように調整しているのだ。
次からは随行する収納師を大幅に増やすことで対応なさるそう。
こういうところ、お二人はすごいのよね。
リリアン様は各地を巡って手に入れたレシピを書き付けた紙の束という宝を手にしていた。
代わりにこちら風の料理を教えてきたというのでお互い得をしたはず。
海の魚を使う料理はさすがに陸の我が国では出せないけど、豚や牛、鳥のお肉を使う料理なら応用可能だとか。
昆布や鰹節も料理には必須だと今回から交易の品に入ったので、益々リリアン様はご満悦。
私たちも多分今後お世話になるわね……味噌汁には絶対出汁がいるもの。
それで私は?って?
無論、エイブリー様はオッケーをくれたわ。
婚約は国に帰ってから。
なので、皆に見守ってもらいながら指切りをした。
我が国でもしてるのよ、これ。貴族でも小さな子ならする。
大人になった後は異性同士で指を絡めるなんてはしたないって言われかねないけど、これは約束したという証拠ですので必要ですわ!って言い張った。
それでも渋るので、はしたない行為ではなく契約の証だという証明だとして見守ってもらったの。
乙女ゲームのヒロインちゃんに振り回されそうになったけど、転生していたおかげで回避できて。
あれこれやりたいことも出来て、素晴らしい目標も輝かしい未来も手に入れて。
私たち、形は違えど幸せよ。
なんて、話を〆たみたいな風に思いながら帰国したわけだけど、お父様が難敵だったのよねえ。
お母様を亡くして、兄様はもう十分大きくて既婚者で、まだ孫も生まれてないお父様は私を密かに溺愛してくださってたみたい。
今回の随行も本当は乗り気じゃなくて、可愛い娘ともうちょっと一緒にいていいじゃん!って内心では思ってたとか。
仕事のデキる男なのにお父様ってば、か~わいい!
でもね、エイブリー様との結婚は許してもらわなきゃ。
帰り道、宿場町では同じ卓を囲んで一緒に夕飯を、なんてささやかなデート?をしてた身分としてはね、募った恋心を叶えたいの。
家が馬車三十分くらいの場所だとか、お父様と同じ作家の本を好んでるとか、好むワインの銘柄が同じだとか、あれこれ教えたわ。
特にこの実家と近距離ってところに心揺さぶられてたわね。
しかも領地持ちじゃなくて宮仕えの家系だから私が移動することもない。
会いたいと思えば会いに行ける距離に娘がいる安心感はすごいと思うの。
そんなわけで、一週間以上だだをこねたけど、お父様はなんとか説得完了。
婚約書を届けてから庭でエイブリー様とお茶をすることになった。
昼からお酒は出せないけれど、さっそく当家の料理人が覚えた餡子のお菓子と、アマツ茶でお茶よ。
あの頃と違って椅子に座って、っていうところにお互い違和感があって笑いあったわ。
「ねえエイブリー様、私、あの婚約破棄騒動で自分に落ち度があったとは思っておりませんの。
ただ、可愛げはないんだなと自覚していて。
そんな女ですけど、エイブリー様には可愛いアシュリーを見てほしくって」
「きみはいつでも十分に美人で可愛いと思うよ。
……その、あちらに到着した時に、海に感動していたろう?
あの時、本当に目を輝かせていて、可愛いなと思っていたんだ」
あらまぁ。
ちょっと頬が熱いわ。
はしたないというか、恥ずかしいところを見せてしまってたのね。
だって久々、いえ、前世振りの海だったんだもの。
でも、あの素の感じを可愛いと言ってもらえたなら大丈夫……かしら?
「それにね、アシュリーからすれば僕はおじさんなんじゃないかと心配してたんだ。
十歳も年上だしね。
だから告白してくれた時は嬉しかった。
きみに寂しい思いをさせない、とはまだ誓えないけど、この国にいる間はきみを大事にするし、一緒にいる。
もちろん外交で旅に出ても、同じ空の下できみを想おう。
……どうだろうか?」
誠意と情熱を伝えてくれるエイブリー様に、私は微笑んで頷いてみせた。
多分、ちょっと遠くで伺ってるお父様も、この言葉を聞いてくれていたと思う。
もしかすると泣いてるかも。
私もちょっと目が潤んでるかもって自覚があるし。
それから。
私たち五人はなんだかんだとまだ良好な友人関係を維持していて、時には家の厨房に押し入って和食をいじくり回したり、買い取った浴衣を着てはしゃいだり。
と思えばアマツ諸島風のお茶会を派閥関係なく開いて、お茶と和菓子を広めたり。
そういう風に外交旅行で得たものを広げて発展させながら、各々の人生を進めていく。
カーラ様とビヴァリー様は、私と同じような、外交を得意とする家と婚約した。
メリンダ様は着々と嫁ぐ準備を進め、次の外交訪問であちらに移住することが決まった。
リリアン様はなんと、当分は独身のままでアマツ諸島の料理を広めるべく、市井の料理屋さえ巻き込んで勉強会を主催することに決めた。
あの頃の私たちは狭い鳥かごの中に居て、ただ嫁いで子を産むことだけが仕事だと思っていた。
だけど、前世の記憶が蘇ったこともあって、自分たちで動くことは出来ると知って、変わった。
アマツ諸島への旅は確かに王陛下の決めたことだけど、そこでの行動は私たちの選び取ったこと。
その後の伴侶でさえ私たちは自分で選んだ。
カーラ様と、ビヴァリー様も、幾つか準備された婚約者のリストからご自身で選んだのだもの。
前世の自分には感謝している。
幸せになるためにはあの茶番劇のような婚約破棄は必要だった。
婚約破棄を経て、面倒なウワサを避けてアマツ諸島に行く。
私たちはそうしなければ幸せを勝ち取れなかったのだと思う。
だから、と、今日も私は夜空に手を合わせて祈るのだ。
ありがとう、昔の私、と。
ここまで言えばご理解いただけたかもしれない。
公衆の面前で婚約破棄をぶちかました愚か者たちがいた。
これをお約束と思えるのは私たちが転生者で、なんとなく察していたから。
私「たち」と言うのは、まあ、立太子を囁かれる第一王子とその側近たちの婚約者五人、である。
そもそもとして途中編入してきた女生徒が露骨に乙女ゲームの主人公な外見だったし、その振る舞いもネット小説でよく見るヒロインちゃん(笑)だった。
大変分かりやすいその言動に、ついぼやいてしまったら、なんとその場にいた婚約者奪われ被害者一同全員が転生者だと発覚したのだ。
発覚してから私たちはとにかく隙を見せないように苦労した。
同じクラスの女生徒と団子になって行動し、お手洗いでさえ全員で行く。そもそも同じクラス――高位貴族の令嬢たちは大抵あのヒロインたちに迷惑をかけられていたし、あれこれとないことないこと言われて苦しんでいた。
なので「あの女が何を言っても全員が全員の無罪を主張できる状態にしませんこと?」と提案した。
中には実家の派閥の関係で距離を置けと言われている令嬢もいた。
しかし、身の安全が最優先である。
篭絡されている中には王族がいる。一人だけ孤立していたら好機とばかりに冤罪をふっかけられて処刑される恐れがあるのだ。
その辺りを親に説明した上で皆で集団行動をした結果、どうなったか。
第一王子の婚約者につけられていた「王家の影」は、私たち全員の無罪を報告し続けることになった、らしい。
そりゃそうだ。その婚約者も集団行動をしていたのだし、そうなると集団が潔白であると分かる。
高位貴族の令嬢はそう多くなくて、私たちの学年だと二十人もいない。低位貴族なら三倍はいるのでクラスが四つあるけれど。
今日のパーティーも、エスコートが必須でないことを利用して全員でまとまって入場し、その後もとにかく集団で動いた。
これまで派閥や過去の問題で疎遠にしていた令嬢たちも親友のような距離感で、卒業すると寂しくなるわだなんて言い合いながらソフトドリンクを嗜んでいた。
広々としたホールの片隅でそんな風に和気あいあいとしていたところ、案の定愚か者どもが呼び出してきたので全員で向かった。
呼んだのはそのうちの五人程度なのに二十人近い令嬢が塊でやってきたのだからあちらは驚いていた。けれど結局言っちゃったのよねえ、婚約破棄宣言。
五人全員で集団の前方に出て、淑女の礼をしながら
「そちらの有責での婚約破棄お受けいたします」
と声を合わせてお答えしてあげた。
正直ね、バカじゃないかって。目撃証言多数な不貞行為をしておいて、自分が有利な立場だなんて普通思えないわよ。
しかも冤罪擦り付けた上に暴言もセット。公衆の面前で。
そもそもとしてあの方々分かってらっしゃったのかしらね。
国王直々に運営しておられる学園の卒業パーティーに陛下がおいでにならないわけないのだけれど。
全員が入場して落ち着いた頃合いに入場なさるつもりで一段高い舞台袖の待機所におられた陛下は、私たちの返答の直後に袖から姿を見せて、
「そのものらを拘束せよ」
と。
第一王子やヒロインの集団を指さして宣言なされたわけ。
当たり前よね。
だって私たちの婚約って王命だったのであって、それを王の許しもなく破棄しようというのはつまり謀反。
万が一、億が一にも私たちが彼らを諫めるためにあれこれ策を弄して、結果ヒロインを害していたとして、それは王命を守るために必要なことと判断された可能性は十分ある。
それこそ、殺して止めていたとしても、男爵家の娘だし。別に国家存続に重要な身分じゃないし。無罪だったと思う。
そんなわけで簀巻きにされた集団だけど、あれこれギャーギャーやかましいことこの上なくって、黙らせろという命令を陛下が追加でなさった事でお腹を蹴られていたのだけれど…痛そうだったわ。
まあ彼らが痛い思いしようが私たちには関係ないのだけど。
真実どうだったのかを陛下はそこで証言なさったわ。
ある日ある時から――具体的には、ヒロインに篭絡された人たちの婚約者、つまり私たちがお茶会をした後からクラスの女生徒全員が集団行動をするようになって。
王家の影は結果的に全員の監視をしていて、その報告書を見ても嫌がらせをしていた様子は一切ないと断言していただけた。
前提として、陛下は第一王子がどういう生活をしていたかご存じなわけで、今日のやらかしを決定打として五歳年下の第二王子を立太子候補とし、第一王子は廃嫡とすると宣言。
要するに側近一同も路頭に迷うことが確定した、というわけで。
全員のお顔が真っ青になったのよね。
いやいや。婚約者の後ろ盾もあってそれぞれの地位が確立していたのだけどね?
側近として働く間、領地や家のこと全てを司ることが出来て、なおかつ何かあった時に分家や実家を動かしてサポート出来るよう教育されている妻でないと、最上位の存在に直接仕える立場になんて立てないのよね。
だから、そもそもとして、王子が無事でも、この人たちは私たちと結婚しないなら側近ではいられなくなってたんだけど。
分かってなかったかな?頭お花畑って伝染するのかな?
というかヒロインの夫になれるのは一人だけなのに、まとめて婚約破棄してどうするつもりだったのかしら。
ソシャゲみたいに全員の髪が突飛な色で特徴があるならまだ理解できるけど、この世界ってピンクブロンドや赤毛はあっても青だの緑だのって色はいないんだけど。
王子はキンキラキンに眩い金髪だからまだ分かるかもしれないけど、残りは輝きに違いは多少あれどって感じのちょっと鈍い金髪。瞳の色も青か緑かってくらい。
ヒロインの産んだ子の父親が誰なのかなんて、DNA鑑定もないこの世界じゃ誰にも分からない状態じゃない?だって、全員とお盛んだったんだし。
そんなわけで、私たちはなんとか無事婚約者を捨てることが出来、平穏だろう日々を掴むことが出来た。
陛下直々に「この婚約破棄の有責は無論悪女に惑わされた男にあり、女側には一切の落ち度はない」と宣言して下さったおかげで、次の婚約にも問題はないと思う。
ただ。
「結婚は当分考えたくなぁい……」
ベッドの上でうつぶせになりながらぼやいてしまう。
前世を思い出した時すごく嫌だったのよね。婚約者いるんだもん。結婚しなきゃいけないんだもん。
これが自分で望んだ相手ならともかく家の都合で、別に相手に好ましいところも見当たらない。当たり障りはないけどそれだけ。
しかも相手が自分に不満あるってうっすら分かってるの。
結婚欲あったとしても嫌じゃない?そんな相手。
けど貴族令嬢って結婚する以外の将来は狭き門過ぎるのよね。
低位貴族の令嬢なら高位貴族の家で働くって道があるんだけど、逆に言うと高位貴族の令嬢にそういう手は殆どない。
王宮の女官や侍女だって基本的には低位貴族の令嬢だし。女官長とかなら高位貴族の令嬢――いや、夫人が就くことになるけど、それは数少ない高位貴族の女性が繰り上がっていくだけで、新規採用じゃないわけで。
ついでに言うと、親も王命があれば即座に次の婚約結んじゃいそうなんだよなあ。
陛下も悪いことをしたって仰られていたからなんかそういう話持ってきそうで。
やだなあ……。
そんなことをつらつら考えている間に眠りに落ち、次の朝にはそこそこ前向きな方向に向かっていた私は大変ポジティブだと思う。
朝食はモリモリ元気よく食べたし(上品にだけど)卒業後で暇を持て余すことになったけど、転生者仲間のご令嬢たちとお茶会を頻繁にすることでそれなりに時間は潰せてる方かな。
と、そんな生活も一か月も続かなかった。
「外交に同行、ですか?」
「ああ。あの日に婚約を失った娘たち全員、教養があるだろう。外交の知識もある。
人材を遊ばせておくのも問題があるとして、東のアマツ諸島との交渉へ随行せよとのご命令だ」
「アマツ諸島……はい、言語は一応扱えますが」
「男の視点では気付けない有益な情報を一つでも見つけられればという思惑があるようだ。
どうだ、国内で燻るよりも有意義な時間を持てると思うが」
父は父なりに王命のメリットを説いてくれる。
問答無用で送り出すことだって家長なので出来るはずだけど、そうしなかったのは誠意からだと思う。
アマツ諸島は露骨に日本的な国で、米食文化の根付いた島国。
マイナーな国だけど割と有益な交易をしているので、高位貴族は大抵この国の言語を学ぶし扱う。
日本は鎖国していたけど、この国は大陸との関係が出来て以降は特に鎖国もせず、かと言って積極的に交わる事もなく、「交易はするけど王族のやり取りとかはしないよ~」って感じの国。
要するに政略結婚であちらの姫君をもらったり、あちらに姫を贈ったりはしない関係。
どの国ともフラットに対応したいし、自国の枷を増やしたくない。そういう意思で、らしい。
この手の話で揉めると折角珍しい文化を持つ国なのに交流を絶たれる恐れがある。
なので交易を望む国は定期的に外交団を派遣し、意思疎通をきちんとして関係を維持している。
その外交団に随行せよ、というのは、割と名誉なことでは?と、思わなくもない。
何せ国益に直結する。
往復で二か月かかる距離だけど、それだって別に間に別の国を通ったり海を渡ったりすると思うと普通だし。
外交団としてあちらに滞在するのは半年ほどだというのは知れている話で。
常駐する大使がある程度話をしてくれているおかげで激烈に関係が悪化するという恐れも少ない。
だから、多分だけど、本当に私たちの視点で有益な情報が一つ見つかればめっけもん、くらいの感覚なのだろう。
「学園でアマツ諸島の礼儀作法は習っておりますし、構いませんわ。
何も今日明日旅立てというわけではありませんでしょうし」
「無論だ。出立はちょうど来月の頭となっている。
今の季節なら嵐もなく航海がしやすいからな、逆にあちらで過ごす季節は嵐が多いそうだぞ」
なるほどね、日本の台風みたいなものもあるのか。
「そういうわけだ、アシュリー。お前が良いと返事したことは陛下にお伝えする。
準備は侍従や侍女に手伝ってもらいなさい」
「はい。どの程度までが許容範囲でしょう?」
「そうだな、馬車にまで荷物を載せるわけにはいかん。
収納師一人が収納できる分だけにしておきなさい」
「分かりました。そのように考えて準備します」
そのあとは荷物の準備。
謁見や社交の時のためのドレスを何枚かと装飾品一式は必需品として、旅の間はとにかく身軽に!をモットーにワンピースで揃えた。
これは随行する五人で既存の衣装を扱う店に出向いてあれこれ相談しながら揃えたわ。だって、被ったら面白味がないじゃない?
ああ、そうそう。
収納師って何?って思ったわよね。
遅ればせながらだけど、この世界にはスキルというものがあるの。
それなりに――貴族から平民まで幅広く――頭数がいるのが収納のスキル持ちで、一定以上の荷物を収納できる人は収納師として運送協会に登録している。
その最低基準が馬車一台。分かりやすく言うなら、そうねえ。
軽トラ、あるじゃない?その荷台部分に乗っけられる程度。
重ねて布で抑えてもこれが限界!って量を想像してみて。それが最低限。
勿論それよりもっと沢山収納できる人は居る。
こういう交易の際に連れ出される収納師は大きなトラック一台分くらいは収納できる人が求められる。
だから荷馬車を連ねて旅をするわけじゃない。
大量の収納師と、外交団と、護衛。
食料は随時人里で買い求めて、持ち歩くのは馬の食料と水くらい。
その水だって、スキルに水魔法持ちが居れば持ち歩かなくていい。
そして私は水魔法持ち。
もしかしてスキル目当てか!?
そんなことを思ったりもしたけれど、水魔法持ちって別に珍しくないのよねえ…。
ともあれともあれ、準備は無事完了して、外交団として私たちも王都を旅立つこととなった。
殿方規格で六人乗りの馬車をあてがってもらったのだけど、比べるまでもなく小柄な私たちは余裕を持って座れたし、ゆったり過ごすことも出来た。
馬のためにも時々休憩が入るから、その時ばかりは馬車から出てストレッチもする。
程好いところに宿場町があるからそこで寝泊りする、なんていうのも中々しない経験だから面白い。
結構な人数の集団で動いてるけど、前もって行動が決まってるから先々予約が済んでるからスムーズなのよねぇ。
国境の検閲も、馬車から降りて名前を言うだけ。
乗った馬車を調べたりはされるけど、別に休憩時間の時に降りるのと大差ないくらいの時間で通れたわ。
跨いだ国は一つ、その次の国の港からアマツ諸島の本島へ行くわけだけど――
「すごーい!海キレイ!」
思わず感動から言ってしまった。大声で。
恥ずかしくなってきゅっとしてたらお年を召した収納師さんがカラカラ笑ってくれた。
「そうじゃな、ワシも初めて海を見た時は感動したものですわい。
湖とはまた違って雄大でたまらんものです」
「ひゃい……」
「ただ海は揺れがありますぞ。お嬢様がた、酔い止めの薬がありますからの。
つらいと思うたら船員に渡してもろうたほうがよい。
ワシは平気なんじゃが、若いモンはもう本島までの五日間でやつれてしまいましてなあ」
そこで私たちは顔を見合わせた。
今世では小舟にすら乗ったことありません、よね。
魂は島国生まれなんですけど肉体は陸育ち。果たして大丈夫かしら。
なんて思ってたけど案外平気。
寝床はハンモックなんだけど想像以上に寝心地がいいし、甲板に出ると潮風が程好くてたまらない。
というか潮風の匂いがね!懐かしくて!
海の魚のお料理も、アマツ諸島を往復する船のものだからか和風。
味噌煮と白米が出た時は内心ガッツポーズした。
パンじゃなくてすみません、なんて言われたけど、これもおいしいですよ、私は好きです、って真顔で言っちゃったわ。
魂が求めてたあの味が目の前にたっぷりあるんだもん。
太るの覚悟でおかわりまでしちゃった。
そんな中、五人のうちの一人、リリアン様は厨房でとにかくレシピを書き付けていたわ。
「調味料の売れ行きが悪いって言う話を聞いていたの。
でも料理人だって使い方が分からないなら買わないじゃない?
買ってみて、使ってみて、馴染みもなければおいしくも仕上がらなかったなら、二度目はないのよ。
だから、私、この旅では料理のレシピをたくさん聞きほじることにしたわ」
それに、レシピがあれば国で食べられるし。
リリアン様の目は本気だった。
あの方、洋風の濃い味が苦手だ、和食がいい、ってずっとぼやいておられたものねえ。
朝は味噌汁とおにぎりがいいって愚痴も何度も聞いたわ…そこまでこだわりのない私でもたまにはそういう朝食がいいって思ったくらいだし、リリアン様は相当よ、きっと。
五日間の船旅が終わって、旅装を解いて身支度をしたらすぐアマツ諸島の王宮へ。
なんていうか、城ではなかった。
平たい屋敷が連なっていて、最低限の機能はあるって感じ。
屋内は勿論土足厳禁とのことなので靴は脱いで。素足を見せることに障りがある令嬢のために、と用意されたのは靴下。足袋はそうよね、サイズがきっかりしているから揃えにくいわよね。
今世では初めての畳張りのお部屋で、この体では初の正座であちらの外交団の方々と面会し、その後は皇帝――帝(みかど)との謁見。
左右を佩刀した武士らしい殿方で固めた帝はまだ三十路前かな?
こちらの顔立ちは日本風だけど、日本風の顔立ちで年齢推しはかるのって前世振りだから難しいわ。
ともあれ、皇女や皇子との対談も許されて、益々の交流を望む、とお言葉を賜って終了。
この国の皇女や皇子は跡継ぎにならなかった場合、独身のまま跡継ぎに仕えるのだそうで。なので、普通に政治的なお話が通じる。
そこで打って出たのはカーラ様とビヴァリー様。
カーラ様は浴衣と着物、草履に下駄を流行らせたい。
ビヴァリー様はアマツ流の扇子を輸入したい。
なので文化に詳しい学者やデザイナーも交えて皇女や皇子と日々あれこれと交渉しているわ。
アマツ諸島では逆にこちら風のドレスが珍しいから需要があるみたい。
扇子一つでもデザインがかなり違うし、素材も違うから、お互い新発見の多いようでよかった。
これで何もしてないのは私とメリンダ様になった。
だけどホントに何もしないわけにもいかなくって、貴族のご令嬢やご婦人と交流して、こちらの生活や主な流行をリサーチしたし、あちらの興味を満たしたりしてたのよね。
交易の結果入ってくるようになった大量の砂糖で最近味が向上したという餡子のお菓子なんて本当絶品で、お茶とよく合いますねと褒めたら大変喜んでもらえた。なんでもお気に入りの職人のお手製だったそう。
こちらでも、異性とあれこれ話し合うのはちょっとはしたない、という文化はある。
皇女みたいに立場があるひとが、仕事として…ならともかく、令嬢も夫人も家の奥向きのことや婦人としての交流はできても、家と家とのお付き合いで積極的に当主と話す、みたいなことはない。
あ、勘違いする人が多いんだけど、夫人の仕事ってそんな楽じゃないわ。
お茶菓子一つとっても「敵対派閥の特産品」なんて出そうものなら関係が悪化しかねない。着ている服や装飾品の出どころだってそう。
だから夫のその日その日に着るものも予定を聞いた夫人が考えて準備するの。
だから夫人と話す時はそのお仕事を褒めるのが大事。
で、私たち相手って、家の派閥とか関係ないじゃない?
だから大変人気になってしまった。
お茶会をするとなっても私たちをもてなすため、って理由があればちょっと微妙な関係でも呼んで問題ない。
そのお茶会で、微妙な関係を改善しようと頑張るって寸法。
利用してごめんね!って感じでちょっとした便宜をはかってもらえたり、交易に有利な情報をもらえたりする。
なので私たちは呼ばれたお茶会や食事の席を断らない。
ニコニコ笑いながらクッションの役目を果たし、夫人がたのお勤めを見守るのだ。
そんな生活をしている間に、ちょっとね、気になる方が出来てしまってね?
外交団の一人、アナキン伯爵家のエイブリー様。
年齢は二十八歳で十歳年上なのだけど、落ち着きがあって、頭の回転が早くて、人当たりが柔らかい。
独身な理由は外交をしたくて頑張っていたら学園卒業後にアマツ諸島の外交団に入ることになって、忙しい日々に結婚とか考えていられなかったみたいで。
あと二年もすればさすがに結婚をせっつかれるんだろうなあ、とお話してくださって。
じゃあ、私はどうでしょう?なんて言ってしまって!
だって、そのお話を聞いた時にはもう気になってたんですもの。
外交で一年の半分以上一緒にいられない時間があるにせよ、それってあと何年もって話じゃないそうだし。
数年はそういう生活だったとしても、私の方が年下なのだから、その、跡継ぎを作るのにだって支障はないし?
結婚なんてしたくないって思ってたけど、この方全体的に好みなのよ。
顔立ちはとびきり美形ってわけじゃない。
でも性格のよさが滲み出ていて、落ち着く感じ。
旅暮らしを基本にしているから体は程々に筋肉がついていて、背丈も低いわけじゃない。
つまり見た目は悪くない。
で、内面は前述の通り。
女性相手に豹変するとかそういうこともない。すごく紳士的。
激しい恋愛は出来ないけど穏やかな愛を築くのは絶対できる、そういう人。
……なんて、あれこれ理由付けたけど、結局のところ一緒に過ごす内にこれからもを望んでしまったに過ぎないのよね。
エイブリー様からのお返事は、耳まで真っ赤になって「少しだけ考えさせてください」だったわけで、これって脈ありよね。
もちろん私だってさりげなく好感を持たれそうな感じを出してアピールした部分があるし、悪い結果にはならないと思う。
それにこれでも諦めが悪いから、もし遠慮されてもとっ捕まえるわ。
や、さすがに本当に申し訳ないけど……ってお断りなら諦めるけど。
なぁんてお仕事しながら自分のことしてたら、メリンダ様は、なんと皇子の一人と恋に落ちてしまった。
男女まぜこぜの、テーマが決まったお茶会でご一緒した時にお互いビビビと来るものがあったとか。
それで少しずつ交流しているうちに、メリンダ様はこちらに嫁いでもいいくらい好きになってしまったのだとか。
皇子も乗り気で、本来独身で帝に仕えなきゃいけないところをなんとかしてみせると誓ってくださったそう。
一応、そういうとこ抜け穴もあるらしいし、実現は可能らしいわ。
それに、王族同士のやりとりじゃないものねえ。メリンダ様、侯爵家のご令嬢だし。婿入りじゃなくて嫁入りだし。
貴族令嬢がこっちに来て外交の手伝いをする、なんてものすごく珍しい話だから、これまでは起こらなかった話でもあるでしょうしね?
アマツ諸島の方々、外交や交易はしても、国から出てあちこちに顔見せするとかはなさらないし。
どちらにせよメリンダ様、お幸せに。
いえ、一度は国に帰るのだけどね?一緒にね?
でも話が決まればアマツ諸島に嫁ぐわけだし。…さみしいなあ。
そんなこんなであっという間に交渉は終わって、今回はかなり多い品目を持ち帰ることになった。
貴金属のやり取りを今回は見送って、カーラ様とビヴァリー様が厳選した衣類等をかなり多めに仕入れた。
型と布を仕入れてもいいけど、既製品にするのは、異国本場の品というブランドを大事にしてのこと。そして全員に必ずいきわたる量でないことも大事。
流行の最先端の淑女たちが身に着ければ少しずつ浸透する。
けどその速度は爆発的ではないから、仕入れるまでの間在庫をだぶつかせておかないように調整しているのだ。
次からは随行する収納師を大幅に増やすことで対応なさるそう。
こういうところ、お二人はすごいのよね。
リリアン様は各地を巡って手に入れたレシピを書き付けた紙の束という宝を手にしていた。
代わりにこちら風の料理を教えてきたというのでお互い得をしたはず。
海の魚を使う料理はさすがに陸の我が国では出せないけど、豚や牛、鳥のお肉を使う料理なら応用可能だとか。
昆布や鰹節も料理には必須だと今回から交易の品に入ったので、益々リリアン様はご満悦。
私たちも多分今後お世話になるわね……味噌汁には絶対出汁がいるもの。
それで私は?って?
無論、エイブリー様はオッケーをくれたわ。
婚約は国に帰ってから。
なので、皆に見守ってもらいながら指切りをした。
我が国でもしてるのよ、これ。貴族でも小さな子ならする。
大人になった後は異性同士で指を絡めるなんてはしたないって言われかねないけど、これは約束したという証拠ですので必要ですわ!って言い張った。
それでも渋るので、はしたない行為ではなく契約の証だという証明だとして見守ってもらったの。
乙女ゲームのヒロインちゃんに振り回されそうになったけど、転生していたおかげで回避できて。
あれこれやりたいことも出来て、素晴らしい目標も輝かしい未来も手に入れて。
私たち、形は違えど幸せよ。
なんて、話を〆たみたいな風に思いながら帰国したわけだけど、お父様が難敵だったのよねえ。
お母様を亡くして、兄様はもう十分大きくて既婚者で、まだ孫も生まれてないお父様は私を密かに溺愛してくださってたみたい。
今回の随行も本当は乗り気じゃなくて、可愛い娘ともうちょっと一緒にいていいじゃん!って内心では思ってたとか。
仕事のデキる男なのにお父様ってば、か~わいい!
でもね、エイブリー様との結婚は許してもらわなきゃ。
帰り道、宿場町では同じ卓を囲んで一緒に夕飯を、なんてささやかなデート?をしてた身分としてはね、募った恋心を叶えたいの。
家が馬車三十分くらいの場所だとか、お父様と同じ作家の本を好んでるとか、好むワインの銘柄が同じだとか、あれこれ教えたわ。
特にこの実家と近距離ってところに心揺さぶられてたわね。
しかも領地持ちじゃなくて宮仕えの家系だから私が移動することもない。
会いたいと思えば会いに行ける距離に娘がいる安心感はすごいと思うの。
そんなわけで、一週間以上だだをこねたけど、お父様はなんとか説得完了。
婚約書を届けてから庭でエイブリー様とお茶をすることになった。
昼からお酒は出せないけれど、さっそく当家の料理人が覚えた餡子のお菓子と、アマツ茶でお茶よ。
あの頃と違って椅子に座って、っていうところにお互い違和感があって笑いあったわ。
「ねえエイブリー様、私、あの婚約破棄騒動で自分に落ち度があったとは思っておりませんの。
ただ、可愛げはないんだなと自覚していて。
そんな女ですけど、エイブリー様には可愛いアシュリーを見てほしくって」
「きみはいつでも十分に美人で可愛いと思うよ。
……その、あちらに到着した時に、海に感動していたろう?
あの時、本当に目を輝かせていて、可愛いなと思っていたんだ」
あらまぁ。
ちょっと頬が熱いわ。
はしたないというか、恥ずかしいところを見せてしまってたのね。
だって久々、いえ、前世振りの海だったんだもの。
でも、あの素の感じを可愛いと言ってもらえたなら大丈夫……かしら?
「それにね、アシュリーからすれば僕はおじさんなんじゃないかと心配してたんだ。
十歳も年上だしね。
だから告白してくれた時は嬉しかった。
きみに寂しい思いをさせない、とはまだ誓えないけど、この国にいる間はきみを大事にするし、一緒にいる。
もちろん外交で旅に出ても、同じ空の下できみを想おう。
……どうだろうか?」
誠意と情熱を伝えてくれるエイブリー様に、私は微笑んで頷いてみせた。
多分、ちょっと遠くで伺ってるお父様も、この言葉を聞いてくれていたと思う。
もしかすると泣いてるかも。
私もちょっと目が潤んでるかもって自覚があるし。
それから。
私たち五人はなんだかんだとまだ良好な友人関係を維持していて、時には家の厨房に押し入って和食をいじくり回したり、買い取った浴衣を着てはしゃいだり。
と思えばアマツ諸島風のお茶会を派閥関係なく開いて、お茶と和菓子を広めたり。
そういう風に外交旅行で得たものを広げて発展させながら、各々の人生を進めていく。
カーラ様とビヴァリー様は、私と同じような、外交を得意とする家と婚約した。
メリンダ様は着々と嫁ぐ準備を進め、次の外交訪問であちらに移住することが決まった。
リリアン様はなんと、当分は独身のままでアマツ諸島の料理を広めるべく、市井の料理屋さえ巻き込んで勉強会を主催することに決めた。
あの頃の私たちは狭い鳥かごの中に居て、ただ嫁いで子を産むことだけが仕事だと思っていた。
だけど、前世の記憶が蘇ったこともあって、自分たちで動くことは出来ると知って、変わった。
アマツ諸島への旅は確かに王陛下の決めたことだけど、そこでの行動は私たちの選び取ったこと。
その後の伴侶でさえ私たちは自分で選んだ。
カーラ様と、ビヴァリー様も、幾つか準備された婚約者のリストからご自身で選んだのだもの。
前世の自分には感謝している。
幸せになるためにはあの茶番劇のような婚約破棄は必要だった。
婚約破棄を経て、面倒なウワサを避けてアマツ諸島に行く。
私たちはそうしなければ幸せを勝ち取れなかったのだと思う。
だから、と、今日も私は夜空に手を合わせて祈るのだ。
ありがとう、昔の私、と。
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