上 下
10 / 107
本編

町の人達にサヨウナラ

しおりを挟む
 引っ越しをするって言っても、受けた仕事が残ってるから今すぐには無理だ。それに勇者様のご飯の量を考えると、無限収納に食材を入れとかないと野宿になった時が困る。そこで私と師匠は修理に専念して、勇者様が配達と買い出しをする事になった。
 町はそれほど大きく無いから、午後から私が勇者様を案内しながら挨拶回りする事になった。

「師匠、いってきます」

 師匠が工場の入り口からヒラヒラと手を振る。勇者様と二人で再び、町を歩いて行く。町を離れる理由は身内に不幸があったから師匠の地元に戻るって事で話を合わせてある。



 町を回りながらお得意様や、よく買い物していた店にも出来るだけ顔を出す。店が集中している場所は回ったから、後は個人宅や宿屋だけだけど流石に歩き疲れた。私、魔力切れから回復したばかりだったよ。

「イリーナ、休憩しよう。顔色が悪い」

「そうですね。疲れました」

 少し先にある公園のベンチに座ると、勇者様が屋台を見つけてソワソワし始めた。あの屋台はドーナツと飲み物?その少し先には串焼きもある。おやつの時間には早いですよね?串焼きですか?

「……お腹、空いたんですか?」

「う。いや……はい」

 勇者様が頭を掻きながら申し訳なさそうな顔をした。いや、責めてる訳じゃないんです。

「買ってきます。何が良いですか?」

「いや、自分で買うから休んでて」

 立ち上がろうとした私をベンチに座らせると、頭にポンと手を置くと髪をグシャグシャにされた。

「お兄さんに任せなさい」

 そう言って屋台に行く勇者様と反対側から、学生時代の同級生達が歩いてきた。

「ねぇ、さっき聞いたけど引っ越すの?」

 一人が聞く。私が黙ったまま頷くと、一人が泣き出した。次々と別れの言葉を言われる。何時出発するのか、引っ越し先が何処なのか聞かれるが話せる事は少なくて、ずっと言葉を濁していたが一人だけ住所をしつこく聞いてくる。手紙書くとか言うけど、そんなに親しく無いのに……どうしよう……なんか……この子変だ。

「イリーナ、お待たせ」

 困惑する私を助けてくれたのは勇者様だった。両手に屋台で買った食べ物を持って、器用に同級生の間をすり抜け私の隣にくると食べ物を押し付けてきた。突然の行動に首を傾げながらも受け取ると、空いた手を肩に添えて歩き出した。

「君たち悪いね。まだ、彼女と行くところがあるから、またね」

 強引に私を連れ出した勇者様の目が、真っ直ぐに先を見ていた。さっきまでの優しさは無く、鋭いナイフの様に感じる。

「このまま帰りますか?」

「……あぁ……気付いたのか?」

 その言葉に私は黙って首を横に振った。

「どうしても納得がいかなくて……」

「……顔を知っているからこそ分からない……分かりたくないよな」

 勇者様の言葉が胸に刺さる。……気付きたくなかったけど……さっきの子が……内通者なんだろうな。

「あの子、どうなるんですか?」

「……師匠を巻き込んでる時点で、お咎め無しは無理だな」

 彼女に何があったか分からないし、家庭環境も知らないけど罪は罪か。

「なんか切ないです」

 勇者様がそうかと一言言った後、また、私の髪の毛をグシャグシャにした。なんだか気に入ってます?私は最悪なんですがね!

「家でゆっくり食べるか」

 だった。これ買いすぎじゃないですか?

「これ何人分ですか?」

「え?俺、一人分だけど。食べたかったか?」

 屋台に追加を買いに行こうとする勇者様を慌てて止めて、そのまま家に帰った。後、何日、この家に帰れるかな?

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】恋人との子を我が家の跡取りにする? 冗談も大概にして下さいませ

水月 潮
恋愛
侯爵家令嬢アイリーン・エヴァンスは遠縁の伯爵家令息のシリル・マイソンと婚約している。 ある日、シリルの恋人と名乗る女性・エイダ・バーク男爵家令嬢がエヴァンス侯爵邸を訪れた。 なんでも彼の子供が出来たから、シリルと別れてくれとのこと。 アイリーンはそれを承諾し、二人を追い返そうとするが、シリルとエイダはこの子を侯爵家の跡取りにして、アイリーンは侯爵家から出て行けというとんでもないことを主張する。 ※設定は緩いので物語としてお楽しみ頂けたらと思います ☆HOTランキング20位(2021.6.21) 感謝です*.* HOTランキング5位(2021.6.22)

【完結】王子妃教育1日無料体験実施中!

杜野秋人
恋愛
「このような事件が明るみになった以上は私の婚約者のままにしておくことはできぬ!そなたと私の婚約は破棄されると思え!」 ルテティア国立学園の卒業記念パーティーで、第二王子シャルルから唐突に飛び出したその一言で、シャルルの婚約者である公爵家令嬢ブランディーヌは一気に窮地に立たされることになる。 シャルルによれば、学園で下級生に対する陰湿ないじめが繰り返され、その首謀者がブランディーヌだというのだ。 ブランディーヌは周囲を見渡す。その視線を避けて顔を背ける姿が何人もある。 シャルルの隣にはいじめられているとされる下級生の男爵家令嬢コリンヌの姿が。そのコリンヌが、ブランディーヌと目が合った瞬間、確かに勝ち誇った笑みを浮かべたのが分かった。 ああ、さすがに下位貴族までは盲点でしたわね。 ブランディーヌは敗けを認めるしかない。 だが彼女は、シャルルの次の言葉にさらなる衝撃を受けることになる。 「そして私の婚約は、新たにこのコリンヌと結ぶことになる!」 正式な場でもなく、おそらく父王の承諾さえも得ていないであろう段階で、独断で勝手なことを言い出すシャルル。それも大概だが、本当に男爵家の、下位貴族の娘に王子妃が務まると思っているのか。 これでもブランディーヌは彼の婚約者として10年費やしてきた。その彼の信頼を得られなかったのならば甘んじて婚約破棄も受け入れよう。 だがしかし、シャルルの王子としての立場は守らねばならない。男爵家の娘が立派に務めを果たせるならばいいが、もしも果たせなければ、回り回って婚約者の地位を守れなかったブランディーヌの責任さえも問われかねないのだ。 だから彼女はコリンヌに問うた。 「貴女、王子妃となる覚悟はお有りなのよね? では、一度お試しで受けてみられますか?“王子妃教育”を」 そしてコリンヌは、なぜそう問われたのか、その真意を思い知ることになる⸺! ◆拙作『熊男爵の押しかけ幼妻』と同じ国の同じ時代の物語です。直接の繋がりはありませんが登場人物の一部が被ります。 ◆全15話+番外編が前後編、続編(公爵家侍女編)が全25話+エピローグ、それに設定資料2編とおまけの閑話まで含めて6/2に無事完結! アルファ版は断罪シーンでセリフがひとつ追加されてます。大筋は変わりません。 小説家になろうでも公開しています。あちらは全6話+1話、続編が全13話+エピローグ。なろう版は続編含めて5/16に完結。 ◆小説家になろう4/26日間[異世界恋愛]ランキング1位!同[総合]ランキングも1位!5/22累計100万PV突破! アルファポリスHOTランキングはどうやら41位止まりのようです。(現在圏外)

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

だってお義姉様が

砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。 ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると…… 他サイトでも掲載中。

あなたが私を捨てた夏

豆狸
恋愛
私は、ニコライ陛下が好きでした。彼に恋していました。 幼いころから、それこそ初めて会った瞬間から心を寄せていました。誕生と同時に母君を失った彼を癒すのは私の役目だと自惚れていました。 ずっと彼を見ていた私だから、わかりました。わかってしまったのです。 ──彼は今、恋に落ちたのです。 なろう様でも公開中です。

腕着け時計のご令嬢~あの人を救うために……時間よ巻き戻れ~

柳生潤兵衛
恋愛
エミリア・レロヘス子爵令嬢は、妹アデリーナの誕生日を祝うパーティーで、婚約者であるヤミル・クルーガー伯爵令息から婚約破棄を告げられる。 アデリーナが、数々の嫌がらせを受けたと嘘を吹き込んだからだ。 その場で母マリアンからも、レロヘス家からの放逐を宣言されてしまう。 エミリアは涙を流すが、それは悲しみの涙ではなく、喜びの涙だった。 彼女は、この婚約破棄の場面を何回も経験していた…… 初めての放逐という結果に喜び、母の気が変わらぬうちに……と足早にレロヘス家を去る。 その後のエミリアの物語―――― 妹のアデリーナと母親のマリアンの“ざまぁ”は、8・9・10話と後半にもあります。 ①②など、丸数字が先頭にあるエピソードタイトルが“追放サイド”の没落に関するエピソードであります! ⑦まであるはずでありますっ! ※※『小説家になろう』さん『カクヨム』さんへも投稿しています。

わたしの旦那様は幼なじみと結婚したいそうです。

和泉 凪紗
恋愛
 伯爵夫人のリディアは伯爵家に嫁いできて一年半、子供に恵まれず悩んでいた。ある日、リディアは夫のエリオットに子作りの中断を告げられる。離婚を切り出されたのかとショックを受けるリディアだったが、エリオットは三ヶ月中断するだけで離婚するつもりではないと言う。エリオットの仕事の都合上と悩んでいるリディアの体を休め、英気を養うためらしい。  三ヶ月後、リディアはエリオットとエリオットの幼なじみ夫婦であるヴィレム、エレインと別荘に訪れる。  久しぶりに夫とゆっくり過ごせると楽しみにしていたリディアはエリオットとエリオットの幼なじみ、エレインとの関係を知ってしまう。

幸せなのでお構いなく!

恋愛
侯爵令嬢ロリーナ=カラーには愛する婚約者グレン=シュタインがいる。だが、彼が愛しているのは天使と呼ばれる儚く美しい王女。 初対面の時からグレンに嫌われているロリーナは、このまま愛の無い結婚をして不幸な生活を送るよりも、最後に思い出を貰って婚約解消をすることにした。 ※なろうさんにも公開中

処理中です...