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しおりを挟む「反省していないようだな」
ハウル殿下の地を這うような低い声を聞いてハンソン子息が息を呑む音がします。殿下ははっきりと分かる大きなため息を吐き出すと、彼に向かって払い除ける様に手を振りました。
「貴様は一番の被害者であるアーデン令嬢に謝罪しなかった」
「あ!」
殿下に言われてやっと私に存在を思い出したのか、慌てて体の向きを変え頭を下げようとしましたが私は手を上げ途中で止めましたわ。だってね?言われてからの謝罪なんて……
「遅きに失するですわ。指摘されなければ失態に気づけないのなら後継ぎ等、夢のまた夢。本来、次期当主なら災害時、家に帰るように連絡が来るでしょう。私の様に」
「あ……あ……」
何か思い当たる事があったのかハンソン子息が口を開閉を繰り返し意味の無い言葉を溢しています。ここまで言われてからじゃないと気づけないなんて魑魅魍魎が蠢く城の文官も難しいでしょうね。
「マデラーだけ帰宅させたのも……成績が下がっても叱らなかったのも……後継ぎじゃないから」
納得したかは分かりませんがハンソン子息は何も話さなくなりました。まぁ、騙したウォーレ令嬢が一番悪いのでしょうが、彼の未来もまた明るくはないでしょう。
ハンソン子息の事は学園長が引き受けてくださったので、私と殿下は揃って退出しました。
「殿下、紛失した書類の予備をお持ち致しますわ。寮の部屋に立ち寄って頂けますか?」
「あぁ、分かった」
了承を確認した私が寮に向かって歩きだしましたが、殿下は立ち止まったまま動きません。私が振り返り首を傾げ無言で問うと、彼は後頭部を乱暴に掻いた後ゆっくり息を吐き出しました。これは彼がイライラを落ち着かせる時のクセです。
「すまない。誤解でもルルーシュが他の男の婚約者と言われて腹が立った」
「まぁ……嫉妬してくださったの?」
「……そうだ」
真っ赤な顔を横に反らして小さな声で返事をした殿下は、私より歳上なのに可愛く見えてしまうから不思議ですわ。
「ありがとうございます」
私はそれだけ言うと後ろも確認せずに何時もより急ぎ足で寮に向かいました。
だって私の顔も熱を持っているのですもの。見られたくありませんわ。女子寮は王族であろうと男性の立ち入りは学園長の許可と教職員の立ち会いが必要なので、部屋に入ると膝から崩れ落ちてしまいました。
「……もう……普段はあんな事言いませんのに……」
まだ熱い顔を両手で覆っても落ち着かない私は、深呼吸を数回してから気合いを入れる為に両頬を叩きました。
「はぁ……行きましょう」
手元の書類に漏れがないかを確認してから寮の玄関に向かうと、壁に凭れ掛かる殿下の周りに人集りが出来ていました。色とりどりのドレスを見に纏い華やかな笑顔で殿下に話し掛ける女子生徒達。何時もの光景ですが私の足は床に縫い付けられた様に動かなくなりました。
あぁ、私なんかが本当に殿下の隣に立って良いのかしら。やっぱり他の高位貴族出身のご令嬢の方が……
「ルルーシュ、どうした?体調が悪いのか?」
後ろ向きな考えに捕らわれて俯いていた私の顔を殿下が大きな体を折り曲げて下から覗き込んでいます。その表情は令嬢達に囲まれ眉間にシワを寄せた不機嫌な顔ではなく、本当に私の体調を心配していると分かります。でも、何と返事をしたら良いのか分からない私は、無意識に空いている手で殿下の服の裾を掴んでいました。
「大丈夫か?」
私の手を殿下の大きな手が優しく包み、じんわりと温もりを感じていると固くなった心と体がゆっくりと溶かされていく気がしましたが周囲から悲鳴の様な甲高い声が響き我に還りました。あ……人前でした。
「あ、あの……殿下、手」
「手?」
「離して」
私が恥ずかしくなって狼狽えていると、殿下はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべ私の視界から消えた次の瞬間。私の体は床から離れ浮いていました。魔法で浮くとは違い殿下にいわゆるお姫様抱っこされていました。
「で、で、殿下!?」
「寮母殿、ルルーシュの体調が悪い様なので今晩は城で預かる」
状況に付いていけない私を他所に、寮母は了承の返事をしてしまいました。待って下さい!体調は問題ないのよ‼
「待って下さいませ。身内でもない男性が淫らに未婚の女性に触れるのはいけませんわ」
暴走する殿下に勇敢にも声を掛け制止させたのはクラスメイトで友人のマギー・フォームド伯爵令嬢でした。彼女の言葉に助かったと安堵したのは一瞬。
「彼女は私の婚約者だ」
次の瞬間には殿下の爆弾発言でざわめきは一瞬にして沈黙に変わりましたわ。マギーも殿下の言葉を受けて目を丸くしていましたが、いち早く正気に戻ると私に向けて手を振りました。
「婚約者、自ら看病してくださるなら安心ね」
「ま、マギー……待って」
「ご理解感謝する」
マギーに手を伸ばそうとしたけど彼女に届く前に殿下は馬車へと向きを変えて歩き出します。待って誰か助けて、違うの!
「ルル、頑張れー」
友人からの軽い応援の声を殿下の肩越しに聞きながら、私はそのまま殿下と共に城へと連れて行かれました。
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