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閑話 陛下のボヤキ
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書類の修正を終え議会提出用の箱に入れると、椅子の背もたれに体を預けて天を仰ぐ。目を閉じるとギルドマスターと楽しげに話すシュミットガル令嬢の顔が浮かんだ。
……安心した顔をしていたな……その聡明さから忘れそうになるが、彼女はまだ十七歳。次男と同じ歳だ。年相応の笑顔を見た事はなかったな。
「シュミットガル令嬢、ギルドマスターとは仲が良さそうでしたね」
「あぁ、あれでは二人は脈なしだな」
弟はまだ良い。問題は息子に何と伝えるか。脈なしと言った所で納得するとは思えん。だが、あの笑顔を見ればギルドマスターに心を開いていると分かる。我々、王族と言うより、自分を利用しようとする貴族が嫌なんだと気付かされた。ローランド先生から話を聞いた時と、面会した時の印象が変わっていたのも、幼いながらに大人の裏に気付いていたのかもしれない。
魑魅魍魎が蠢く大人の世界に入るには幼過ぎた少女に、これ以上、大人の都合を押し付けるのは酷な事だと分かっていた。
「陛下、お呼びですか?」
ノックと共に廊下から聞こえてきたのは歳の離れた弟。両親と共に可愛がってきたが、聡明な弟は貴族達が陰で『不要品』と言っている事を理解し表舞台に出ることを止めた。
「入ってくれ」
部屋に入ってきた弟に先ほど二人に見せた書類の問題点を話す。罰則についての話では、方眉を上げて考え込んでいた。
「罰則ですか……些か大袈裟な気がしますが」
「不正に保証金を請求する者が必ず現れる」
「書類審査で発覚しませんか?」
「シュミットガル令嬢の意見では、医師が協力する可能性があると言った」
シュミットガル令嬢の名前を聞いて態度を変えた弟は、腕を組み考える仕草をみせた。
「医師が偽の診断書を出すか……成る程、では詐欺罪と同じ罰則、若しくは不正に受け取った金額の三倍で返すのはどうでしょう?」
「金は金で償う。良いかもしれん、事務方の話も聞くとしよう」
「そうですね。不正受給額に事務処理の経費を上乗せしましょうか」
「さて、仕事の話はここまでだ。彼女との婚約の件だが」
「断られましたか?」
「まぁな。結婚はせず養子を迎えたいそうだ」
私の言葉を聞いた弟はゆっくりと息を吐き出すと、了承の返事だけ残して部屋を出ていった。
あの時……シュミットガル令嬢の最初の婚約の時に、私がもっと粘って二人を婚約させていたらアイツも初恋を拗らせて独身を貫く事もなかったかもしれんのにな。今更、過ぎた話か……さて、もう一人の婚約者候補だった息子は……
「コリンは今、何している?」
「コリン殿下は部屋に籠って数日、まともに食事を取っていないようです」
「……バカタレが。そんな事だから婚約の話が消えたのに、また体調を崩す気か」
「繊細なんでしょう」
王族が繊細で済むはずはない。王族としての責務も果たせない様では切るしかないか。それとも鍛えなおすか……
「辺境伯に連絡してくれ。一から鍛えさせる。預け先は……ガーランド辺境伯だ」
「え……宜しいのですか?あそこは馬車で半月程掛かりますよ」
「それぐらい離さんとアイツは諦めんよ」
側近の一人が了承の返事をすると通信機を繋いだ。事情を話し相手から了承が得られると、早速、息子を呼び出し事を伝えた。彼女の言った通り俯き肩を震わすだけで何も言わぬ息子を見て、思わず深いため息を吐き出した。
「そうやって何時も回りが察してくれるのを待つのか?」
「……」
「黙っていては何も伝わらん。彼女は自分の意見を言葉にしたぞ。彼女の意思とは関係なく最初の婚約で振り回された。だから結婚はしたくないと、養子を迎えるとハッキリ言った……お前は何かを言ったのか?自分の気持ちを伝えたのか?」
「ッ!!しかし!自分の意思を押し付けたくはないです!」
「話さなければお前の意思も彼女の意思も分からんだろう。物理的に距離を置き、お前の事を知らぬ土地で一から勉強しなおせ」
「物理的とは、何処ですか?」
「ガーランド辺境伯の所だ。向こうには連絡もしてある」
私の言葉をどう受け取ったのか息子は、グッと拳を握り締めると力強く頷いた。
「分かりました。もっと出来る男になってから帰って来ます」
部屋に入って来た時の暗く落ち込んだ雰囲気は消え、何かを決意した強い意思をその目に宿している。息子の成長に期待しながら部屋を出て行くその背中を見送った。
さて、彼女は本当に結婚しないのか。それとも……
……安心した顔をしていたな……その聡明さから忘れそうになるが、彼女はまだ十七歳。次男と同じ歳だ。年相応の笑顔を見た事はなかったな。
「シュミットガル令嬢、ギルドマスターとは仲が良さそうでしたね」
「あぁ、あれでは二人は脈なしだな」
弟はまだ良い。問題は息子に何と伝えるか。脈なしと言った所で納得するとは思えん。だが、あの笑顔を見ればギルドマスターに心を開いていると分かる。我々、王族と言うより、自分を利用しようとする貴族が嫌なんだと気付かされた。ローランド先生から話を聞いた時と、面会した時の印象が変わっていたのも、幼いながらに大人の裏に気付いていたのかもしれない。
魑魅魍魎が蠢く大人の世界に入るには幼過ぎた少女に、これ以上、大人の都合を押し付けるのは酷な事だと分かっていた。
「陛下、お呼びですか?」
ノックと共に廊下から聞こえてきたのは歳の離れた弟。両親と共に可愛がってきたが、聡明な弟は貴族達が陰で『不要品』と言っている事を理解し表舞台に出ることを止めた。
「入ってくれ」
部屋に入ってきた弟に先ほど二人に見せた書類の問題点を話す。罰則についての話では、方眉を上げて考え込んでいた。
「罰則ですか……些か大袈裟な気がしますが」
「不正に保証金を請求する者が必ず現れる」
「書類審査で発覚しませんか?」
「シュミットガル令嬢の意見では、医師が協力する可能性があると言った」
シュミットガル令嬢の名前を聞いて態度を変えた弟は、腕を組み考える仕草をみせた。
「医師が偽の診断書を出すか……成る程、では詐欺罪と同じ罰則、若しくは不正に受け取った金額の三倍で返すのはどうでしょう?」
「金は金で償う。良いかもしれん、事務方の話も聞くとしよう」
「そうですね。不正受給額に事務処理の経費を上乗せしましょうか」
「さて、仕事の話はここまでだ。彼女との婚約の件だが」
「断られましたか?」
「まぁな。結婚はせず養子を迎えたいそうだ」
私の言葉を聞いた弟はゆっくりと息を吐き出すと、了承の返事だけ残して部屋を出ていった。
あの時……シュミットガル令嬢の最初の婚約の時に、私がもっと粘って二人を婚約させていたらアイツも初恋を拗らせて独身を貫く事もなかったかもしれんのにな。今更、過ぎた話か……さて、もう一人の婚約者候補だった息子は……
「コリンは今、何している?」
「コリン殿下は部屋に籠って数日、まともに食事を取っていないようです」
「……バカタレが。そんな事だから婚約の話が消えたのに、また体調を崩す気か」
「繊細なんでしょう」
王族が繊細で済むはずはない。王族としての責務も果たせない様では切るしかないか。それとも鍛えなおすか……
「辺境伯に連絡してくれ。一から鍛えさせる。預け先は……ガーランド辺境伯だ」
「え……宜しいのですか?あそこは馬車で半月程掛かりますよ」
「それぐらい離さんとアイツは諦めんよ」
側近の一人が了承の返事をすると通信機を繋いだ。事情を話し相手から了承が得られると、早速、息子を呼び出し事を伝えた。彼女の言った通り俯き肩を震わすだけで何も言わぬ息子を見て、思わず深いため息を吐き出した。
「そうやって何時も回りが察してくれるのを待つのか?」
「……」
「黙っていては何も伝わらん。彼女は自分の意見を言葉にしたぞ。彼女の意思とは関係なく最初の婚約で振り回された。だから結婚はしたくないと、養子を迎えるとハッキリ言った……お前は何かを言ったのか?自分の気持ちを伝えたのか?」
「ッ!!しかし!自分の意思を押し付けたくはないです!」
「話さなければお前の意思も彼女の意思も分からんだろう。物理的に距離を置き、お前の事を知らぬ土地で一から勉強しなおせ」
「物理的とは、何処ですか?」
「ガーランド辺境伯の所だ。向こうには連絡もしてある」
私の言葉をどう受け取ったのか息子は、グッと拳を握り締めると力強く頷いた。
「分かりました。もっと出来る男になってから帰って来ます」
部屋に入って来た時の暗く落ち込んだ雰囲気は消え、何かを決意した強い意思をその目に宿している。息子の成長に期待しながら部屋を出て行くその背中を見送った。
さて、彼女は本当に結婚しないのか。それとも……
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