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その三
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顔合わせを了承してから僅か一週間。クラーク殿下が言った通り陛下や王妃は、ハリスとの婚約に賛成しておりトントン拍子に今日の午後、王妃の庭での対面がセッティングされた。
王妃の庭に先に到着したユーナは、案内役の女官の許可を得て色とりどりの花の間を散策している。これから始まる顔合わせを考えると、思わずため息が漏れる。
『なんだか王族の方々の気合いが、逆に怖いのだけど……』
重要な秘密を抱えた一族とはいえ、貴族の顔合わせに王妃が庭を貸し出すなんてあり得ない。何か裏があるとしか、考えられなかった。
「ユーナ様、そろそろお戻り下さい」
女官に声を掛けられテーブルまで戻ると、城の文官の制服を着た長身の黒髪の男性の後ろ姿が見えた。
「初めまして、ユーナ・アイビンと申します」
ユーナが挨拶をすると、その声に反応して振り向く。男性の翠の瞳と視線が合った瞬間、ユーナは本能的に危険を感じて一歩後ろに下がる。何もしていないのに、何故か彼に絡め取られる様な感覚になる。
「……お会い出来て光栄です。ハリスと申します。宜しく」
耳に心地よい低音ボイスに優しげな笑顔。本来なら周りの女官の様に頬を赤く染めるモノだろうが、ユーナには寒気を感じて無意識に両手を擦っていた。
『何だろう……猛獣に狙われてる様な感覚……私はエサ?』
ユーナの反応に気付いたハリスは、誰にも気付かれない様にニヤリと笑うと彼女の手を取りテーブルへエスコートした。
「そんなに脅えなくても何もしませんよ?」
耳元で話されて、鳥肌がたつほど怖い。ユーナは産まれて初めて、得たいの知れない恐怖を感じながら顔合わせが始まった。
「クラーク殿下が仰ったそうですが、自分は祖国と縁を切り、この国で骨を埋める覚悟で来ました」
そう言って始まったのは、自分のアピールでは無く領地運営や政治の話だった。ミレーニアには一般の領民が通う無料の学校がある。その理由や通学に関しての金銭的支援はどうしているのか聞かれた。
「お金を渡すだけでは解決しません。ですから教科書の貸出や昼食の提供。授業で使うノートや筆記用具の現物支給。他には……」
ハリスの前にも数人と顔合わせはしたが、私が政治の話をすると彼らは嫌な顔をした。ところがハリスは楽しそうに聞いている。時々、質問を交えながら気が付けば一時間程話していた。
「私から質問しても宜しいですか?」
「はい、何なりと」
ユーナがずっと気になっていた事は、宝石の話。ハリスは今日の話の中で一度も、宝石の魔法について話さなかった。
「宝石の事をお聞きにはならないのですか?」
「宝石?アイビン家の秘密の魔法ですか……それは関係ないので」
柔なか笑顔で答えるハリスに、ユーナは目を丸くして黙った。魔法は関係ないと言われた事が初めてだった。ところがハリスの眼の奥に見えた欲望の色が気になって、ユーナは無意識に震えだす。
「やはり貴女は見た目に騙されない」
ニヤリと笑うハリスは、柔らかい笑顔ではなく、ほの暗い闇が垣間見える。テーブルの上にあった手を掴まれただけなのに、一生逃げられない様な気分になった。
「この魔力……やはり私の花嫁だ」
「え?花嫁って……な……にを」
キンと固く響く音と共に周りから音が消え、後ろに控えているはずの女官や護衛騎士の姿が見えなくなった。
「これは……異空間魔法!?」
「気付くとは流石、我が花嫁。まさか2人で、人間に産まれ変わるとは思わなかったぞ」
ユーナの目の前に座っていた筈のハリスの姿が大きく歪み、パリンと音をたてて粉々に砕け散る。破片の中から顕れたのは、長く艶やかな黒髪とその隙間から覗く捻れた角、そして、怖いくらい強い光を放つ翠の瞳の男。その姿はお伽噺にでてくる魔王そのものだった。
王妃の庭に先に到着したユーナは、案内役の女官の許可を得て色とりどりの花の間を散策している。これから始まる顔合わせを考えると、思わずため息が漏れる。
『なんだか王族の方々の気合いが、逆に怖いのだけど……』
重要な秘密を抱えた一族とはいえ、貴族の顔合わせに王妃が庭を貸し出すなんてあり得ない。何か裏があるとしか、考えられなかった。
「ユーナ様、そろそろお戻り下さい」
女官に声を掛けられテーブルまで戻ると、城の文官の制服を着た長身の黒髪の男性の後ろ姿が見えた。
「初めまして、ユーナ・アイビンと申します」
ユーナが挨拶をすると、その声に反応して振り向く。男性の翠の瞳と視線が合った瞬間、ユーナは本能的に危険を感じて一歩後ろに下がる。何もしていないのに、何故か彼に絡め取られる様な感覚になる。
「……お会い出来て光栄です。ハリスと申します。宜しく」
耳に心地よい低音ボイスに優しげな笑顔。本来なら周りの女官の様に頬を赤く染めるモノだろうが、ユーナには寒気を感じて無意識に両手を擦っていた。
『何だろう……猛獣に狙われてる様な感覚……私はエサ?』
ユーナの反応に気付いたハリスは、誰にも気付かれない様にニヤリと笑うと彼女の手を取りテーブルへエスコートした。
「そんなに脅えなくても何もしませんよ?」
耳元で話されて、鳥肌がたつほど怖い。ユーナは産まれて初めて、得たいの知れない恐怖を感じながら顔合わせが始まった。
「クラーク殿下が仰ったそうですが、自分は祖国と縁を切り、この国で骨を埋める覚悟で来ました」
そう言って始まったのは、自分のアピールでは無く領地運営や政治の話だった。ミレーニアには一般の領民が通う無料の学校がある。その理由や通学に関しての金銭的支援はどうしているのか聞かれた。
「お金を渡すだけでは解決しません。ですから教科書の貸出や昼食の提供。授業で使うノートや筆記用具の現物支給。他には……」
ハリスの前にも数人と顔合わせはしたが、私が政治の話をすると彼らは嫌な顔をした。ところがハリスは楽しそうに聞いている。時々、質問を交えながら気が付けば一時間程話していた。
「私から質問しても宜しいですか?」
「はい、何なりと」
ユーナがずっと気になっていた事は、宝石の話。ハリスは今日の話の中で一度も、宝石の魔法について話さなかった。
「宝石の事をお聞きにはならないのですか?」
「宝石?アイビン家の秘密の魔法ですか……それは関係ないので」
柔なか笑顔で答えるハリスに、ユーナは目を丸くして黙った。魔法は関係ないと言われた事が初めてだった。ところがハリスの眼の奥に見えた欲望の色が気になって、ユーナは無意識に震えだす。
「やはり貴女は見た目に騙されない」
ニヤリと笑うハリスは、柔らかい笑顔ではなく、ほの暗い闇が垣間見える。テーブルの上にあった手を掴まれただけなのに、一生逃げられない様な気分になった。
「この魔力……やはり私の花嫁だ」
「え?花嫁って……な……にを」
キンと固く響く音と共に周りから音が消え、後ろに控えているはずの女官や護衛騎士の姿が見えなくなった。
「これは……異空間魔法!?」
「気付くとは流石、我が花嫁。まさか2人で、人間に産まれ変わるとは思わなかったぞ」
ユーナの目の前に座っていた筈のハリスの姿が大きく歪み、パリンと音をたてて粉々に砕け散る。破片の中から顕れたのは、長く艶やかな黒髪とその隙間から覗く捻れた角、そして、怖いくらい強い光を放つ翠の瞳の男。その姿はお伽噺にでてくる魔王そのものだった。
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