[完結]要らないと言ったから

シマ

文字の大きさ
上 下
2 / 2

後編

しおりを挟む
 自分には一目惚れした婚約者がいる。強引に婚約した直後から屋敷に住まわせ、勉強をさせ傍に置いた。格上からの婚約で、もっと自分を磨けば良いものを、怠け者は勉強以外の事を何もしなかった。
 艶やかで輝く髪はボサボサになり、一つに束ねただけ。ドレスも同じものを何度も着る。毎月、買うように指示をしているにも関わらず、金は使っているが新しいドレスも宝飾品も見たことがない。やる気のない彼女を見ると、つい叱責を繰り返していた。


『さようなら』

 笑顔でそう言ってベランダの手摺を乗り越えて婚約者が落ちていく。駆け出して手を伸ばしても、彼女は不思議そうに見詰め返しただけで抵抗する事なく落ちた。

「どうして……一体、何が……」

 背中から落ちた彼女が父と何か話しているが、二階からは聞こえない。唯、父の表情は険しくなり、母は真っ青になり震えている。使用人が走って何処かに行く。呆然としながら彼女を見ていたが、先程の言葉を思い出し彼女の部屋に走り出した。

誰も世話をしなかった?掃除すらしない?では、彼女はこの数年間、どうやって暮らしていた?

 勢いよくドアを上げると、薄汚れたカーテンと天井の照明に掛かる蜘蛛の巣が目についた。受け入れがたい現実に震える足で中に入り、クローゼットを開けると、彼女がいつも着ていたドレスが三枚だけ掛けてあった。毎月、買ったはずのドレスは何処だ?宝飾品も一つもないなんて……自分は……


「お前は、何を見ていたんだ」

「……父上……」

 呆然とする自分は、父からの問いかけに答える事など出来ない。私に届いていた毎月の請求書は誰の物なんだ。

「お前に任せ過ぎたな……こんな子供騙しに引っ掛かるとは、彼女ほど優秀な女性はいない」

 回らない頭に父からの説明が詰め込まれる。彼女に買ったはずのドレスの代金は、全て使用人の懐に入り請求書は誤魔化す為に作られた偽物だった。父は一度、ドレスを自ら洗う彼女を見て声を掛けていた。

「私が、あの時、解放していれば……あの才能を惜しんだばかりに」

 領地や城の仕事で家に殆ど帰らない父が気付いていた?それなのに自分は……気付かなかった?

「お前は妻と領地へ隠居させる。仕事をせず横領した使用人は全員、騎士団へつき出す」

 ヒッと息を飲む音が聞こえる。後から駆け付けた彼女の両親も、この部屋を見て固まった。

「む……娘は幸せに暮らしていたのではないのですか!何年間も会わせなかったのは、これを隠す為ですか!」

「会わせなかった?貴女方が来なかったのではないのか?」

 思った事を口にした途端、彼女の父親に胸倉を掴まれ絞められた。

「ふざけるな!お前の母親は娘が幸せだから邪魔をするなと言って、会いに来た私達を追い返していたんだ!」

 言いたい事を言った後、父親は手を離すとその場に泣き崩れる。こんな事になるなら脅しなど無視して、娘の思う相手に嫁がせれば良かったと言った。思う相手に?まさか、彼女に恋人がいたのか?母は、婚約の話を持ちかけたら、彼女から前の婚約者を捨てたと……

「脅し?」

「そうだ!お前とお前の母親が我々を脅したではないか!話を受けなければ取引を止めると!」

 そんな……自分は……脅した訳ではなかった。唯、彼女に見て欲しかっただけで……

「自分がしていた事は……全て間違っていたのか……」

「今更、気付いても遅い」


 父親の言葉が胸に刺さった。

しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

モブだった私、今日からヒロインです!

まぁ
恋愛
かもなく不可もない人生を歩んで二十八年。周りが次々と結婚していく中、彼氏いない歴が長い陽菜は焦って……はいなかった。 このまま人生静かに流れるならそれでもいいかな。 そう思っていた時、突然目の前に金髪碧眼のイケメン外国人アレンが…… アレンは陽菜を気に入り迫る。 だがイケメンなだけのアレンには金持ち、有名会社CEOなど、とんでもないセレブ様。まるで少女漫画のような付属品がいっぱいのアレン…… モブ人生街道まっしぐらな自分がどうして? ※モブ止まりの私がヒロインになる?の完全R指定付きの姉妹ものですが、単品で全然お召し上がりになれます。 ※印はR部分になります。

【R18】両想いでいつもいちゃいちゃしてる幼馴染の勇者と魔王が性魔法の自習をする話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 「両想いでいつもいちゃいちゃしてる幼馴染の勇者と魔王が初めてのエッチをする話」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/575414884/episode/3378453 の続きです。 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

ほらやっぱり、結局貴方は彼女を好きになるんでしょう?

望月 或
恋愛
ベラトリクス侯爵家のセイフィーラと、ライオロック王国の第一王子であるユークリットは婚約者同士だ。二人は周りが羨むほどの相思相愛な仲で、通っている学園で日々仲睦まじく過ごしていた。 ある日、セイフィーラは落馬をし、その衝撃で《前世》の記憶を取り戻す。ここはゲームの中の世界で、自分は“悪役令嬢”だということを。 転入生のヒロインにユークリットが一目惚れをしてしまい、セイフィーラは二人の仲に嫉妬してヒロインを虐め、最後は『婚約破棄』をされ修道院に送られる運命であることを―― そのことをユークリットに告げると、「絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ」と真剣に言ってくれたのだが……。 その日の朝礼後、ゲームの展開通り、ヒロインのリルカが転入してくる。 ――そして、セイフィーラは見てしまった。 目を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめているユークリットの顔を―― ※作者独自の世界設定です。ゆるめなので、突っ込みは心の中でお手柔らかに願います……。 ※たまに第三者視点が入ります。(タイトルに記載)

婚約破棄したのに断罪されそうなんですけど....?

神々廻
恋愛
私は明日、海の向こうの国に嫁ぎます。そして、王家主催のパーティでお別れ会をする予定があのバカ王子のせいで台無しになりそうなんですけど!?断罪する気ならもっと前にしろやぁぁ!!聖女と結婚?出来るわけ無いでしょ!!それでもお前は王族か!!! 全2話完結

【R-18】踊り狂えその身朽ちるまで

あっきコタロウ
恋愛
投稿小説&漫画「そしてふたりでワルツを(http://www.alphapolis.co.jp/content/cover/630048599/)」のR-18外伝集。 連作のつもりだけどエロだから好きな所だけおつまみしてってください。 ニッチなものが含まれるのでまえがきにてシチュ明記。苦手な回は避けてどうぞ。 IF(7話)は本編からの派生。

私、悪役令嬢ですが聖女に婚約者を取られそうなので自らを殺すことにしました

蓮恭
恋愛
 私カトリーヌは、周囲が言うには所謂悪役令嬢というものらしいです。  私の実家は新興貴族で、元はただの商家でした。    私が発案し開発した独創的な商品が当たりに当たった結果、国王陛下から子爵の位を賜ったと同時に王子殿下との婚約を打診されました。  この国の第二王子であり、名誉ある王国騎士団を率いる騎士団長ダミアン様が私の婚約者です。  それなのに、先般異世界から召喚してきた聖女麻里《まり》はその立場を利用して、ダミアン様を籠絡しようとしています。  ダミアン様は私の最も愛する方。    麻里を討ち果たし、婚約者の心を自分のものにすることにします。 *初めての読み切り短編です❀.(*´◡`*)❀. 『小説家になろう』様、『カクヨム』様にも掲載中です。

【R18】ひとりで異世界は寂しかったのでペット(男)を飼い始めました

桜 ちひろ
恋愛
最近流行りの異世界転生。まさか自分がそうなるなんて… 小説やアニメで見ていた転生後はある小説の世界に飛び込んで主人公を凌駕するほどのチート級の力があったり、特殊能力が!と思っていたが、小説やアニメでもみたことがない世界。そして仮に覚えていないだけでそういう世界だったとしても「モブ中のモブ」で間違いないだろう。 この世界ではさほど珍しくない「治癒魔法」が使えるだけで、特別な魔法や魔力はなかった。 そして小さな治療院で働く普通の女性だ。 ただ普通ではなかったのは「性欲」 前世もなかなか強すぎる性欲のせいで苦労したのに転生してまで同じことに悩まされることになるとは… その強すぎる性欲のせいでこちらの世界でも25歳という年齢にもかかわらず独身。彼氏なし。 こちらの世界では16歳〜20歳で結婚するのが普通なので婚活はかなり難航している。 もう諦めてペットに癒されながら独身でいることを決意した私はペットショップで小動物を飼うはずが、自分より大きな動物…「人間のオス」を飼うことになってしまった。 特に躾はせずに番犬代わりになればいいと思っていたが、この「人間のオス」が私の全てを満たしてくれる最高のペットだったのだ。

処理中です...