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後編
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自分には一目惚れした婚約者がいる。強引に婚約した直後から屋敷に住まわせ、勉強をさせ傍に置いた。格上からの婚約で、もっと自分を磨けば良いものを、怠け者は勉強以外の事を何もしなかった。
艶やかで輝く髪はボサボサになり、一つに束ねただけ。ドレスも同じものを何度も着る。毎月、買うように指示をしているにも関わらず、金は使っているが新しいドレスも宝飾品も見たことがない。やる気のない彼女を見ると、つい叱責を繰り返していた。
『さようなら』
笑顔でそう言ってベランダの手摺を乗り越えて婚約者が落ちていく。駆け出して手を伸ばしても、彼女は不思議そうに見詰め返しただけで抵抗する事なく落ちた。
「どうして……一体、何が……」
背中から落ちた彼女が父と何か話しているが、二階からは聞こえない。唯、父の表情は険しくなり、母は真っ青になり震えている。使用人が走って何処かに行く。呆然としながら彼女を見ていたが、先程の言葉を思い出し彼女の部屋に走り出した。
誰も世話をしなかった?掃除すらしない?では、彼女はこの数年間、どうやって暮らしていた?
勢いよくドアを上げると、薄汚れたカーテンと天井の照明に掛かる蜘蛛の巣が目についた。受け入れがたい現実に震える足で中に入り、クローゼットを開けると、彼女がいつも着ていたドレスが三枚だけ掛けてあった。毎月、買ったはずのドレスは何処だ?宝飾品も一つもないなんて……自分は……
「お前は、何を見ていたんだ」
「……父上……」
呆然とする自分は、父からの問いかけに答える事など出来ない。私に届いていた毎月の請求書は誰の物なんだ。
「お前に任せ過ぎたな……こんな子供騙しに引っ掛かるとは、彼女ほど優秀な女性はいない」
回らない頭に父からの説明が詰め込まれる。彼女に買ったはずのドレスの代金は、全て使用人の懐に入り請求書は誤魔化す為に作られた偽物だった。父は一度、ドレスを自ら洗う彼女を見て声を掛けていた。
「私が、あの時、解放していれば……あの才能を惜しんだばかりに」
領地や城の仕事で家に殆ど帰らない父が気付いていた?それなのに自分は……気付かなかった?
「お前は妻と領地へ隠居させる。仕事をせず横領した使用人は全員、騎士団へつき出す」
ヒッと息を飲む音が聞こえる。後から駆け付けた彼女の両親も、この部屋を見て固まった。
「む……娘は幸せに暮らしていたのではないのですか!何年間も会わせなかったのは、これを隠す為ですか!」
「会わせなかった?貴女方が来なかったのではないのか?」
思った事を口にした途端、彼女の父親に胸倉を掴まれ絞められた。
「ふざけるな!お前の母親は娘が幸せだから邪魔をするなと言って、会いに来た私達を追い返していたんだ!」
言いたい事を言った後、父親は手を離すとその場に泣き崩れる。こんな事になるなら脅しなど無視して、娘の思う相手に嫁がせれば良かったと言った。思う相手に?まさか、彼女に恋人がいたのか?母は、婚約の話を持ちかけたら、彼女から前の婚約者を捨てたと……
「脅し?」
「そうだ!お前とお前の母親が我々を脅したではないか!話を受けなければ取引を止めると!」
そんな……自分は……脅した訳ではなかった。唯、彼女に見て欲しかっただけで……
「自分がしていた事は……全て間違っていたのか……」
「今更、気付いても遅い」
父親の言葉が胸に刺さった。
艶やかで輝く髪はボサボサになり、一つに束ねただけ。ドレスも同じものを何度も着る。毎月、買うように指示をしているにも関わらず、金は使っているが新しいドレスも宝飾品も見たことがない。やる気のない彼女を見ると、つい叱責を繰り返していた。
『さようなら』
笑顔でそう言ってベランダの手摺を乗り越えて婚約者が落ちていく。駆け出して手を伸ばしても、彼女は不思議そうに見詰め返しただけで抵抗する事なく落ちた。
「どうして……一体、何が……」
背中から落ちた彼女が父と何か話しているが、二階からは聞こえない。唯、父の表情は険しくなり、母は真っ青になり震えている。使用人が走って何処かに行く。呆然としながら彼女を見ていたが、先程の言葉を思い出し彼女の部屋に走り出した。
誰も世話をしなかった?掃除すらしない?では、彼女はこの数年間、どうやって暮らしていた?
勢いよくドアを上げると、薄汚れたカーテンと天井の照明に掛かる蜘蛛の巣が目についた。受け入れがたい現実に震える足で中に入り、クローゼットを開けると、彼女がいつも着ていたドレスが三枚だけ掛けてあった。毎月、買ったはずのドレスは何処だ?宝飾品も一つもないなんて……自分は……
「お前は、何を見ていたんだ」
「……父上……」
呆然とする自分は、父からの問いかけに答える事など出来ない。私に届いていた毎月の請求書は誰の物なんだ。
「お前に任せ過ぎたな……こんな子供騙しに引っ掛かるとは、彼女ほど優秀な女性はいない」
回らない頭に父からの説明が詰め込まれる。彼女に買ったはずのドレスの代金は、全て使用人の懐に入り請求書は誤魔化す為に作られた偽物だった。父は一度、ドレスを自ら洗う彼女を見て声を掛けていた。
「私が、あの時、解放していれば……あの才能を惜しんだばかりに」
領地や城の仕事で家に殆ど帰らない父が気付いていた?それなのに自分は……気付かなかった?
「お前は妻と領地へ隠居させる。仕事をせず横領した使用人は全員、騎士団へつき出す」
ヒッと息を飲む音が聞こえる。後から駆け付けた彼女の両親も、この部屋を見て固まった。
「む……娘は幸せに暮らしていたのではないのですか!何年間も会わせなかったのは、これを隠す為ですか!」
「会わせなかった?貴女方が来なかったのではないのか?」
思った事を口にした途端、彼女の父親に胸倉を掴まれ絞められた。
「ふざけるな!お前の母親は娘が幸せだから邪魔をするなと言って、会いに来た私達を追い返していたんだ!」
言いたい事を言った後、父親は手を離すとその場に泣き崩れる。こんな事になるなら脅しなど無視して、娘の思う相手に嫁がせれば良かったと言った。思う相手に?まさか、彼女に恋人がいたのか?母は、婚約の話を持ちかけたら、彼女から前の婚約者を捨てたと……
「脅し?」
「そうだ!お前とお前の母親が我々を脅したではないか!話を受けなければ取引を止めると!」
そんな……自分は……脅した訳ではなかった。唯、彼女に見て欲しかっただけで……
「自分がしていた事は……全て間違っていたのか……」
「今更、気付いても遅い」
父親の言葉が胸に刺さった。
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