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番外編

訓練生のつぶやき

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「おい、聞いたか?」

「何をだよ」

「今日、マーク教官の婚約者が来るんだってよ」

 同期から婚約者が来ると聞いても、どうせ貴族のお嬢様が使用人に作らせた差し入れを持って来るだけだと考えいると驚きの一言を耳に届いた。

「は?訓練場を使う?」

「あぁ、教官の婚約者ってハンターなんだってさ。広い訓練場がないから陛下から許可を貰ったらしいぞ」

 同期の話を聞きながら、一人の女性の我が儘で訓練場の使用許可を出した陛下や教官に苛立ちを覚えた。一般のハンター程度で騎士団の訓練場がいるか?俺達を馬鹿にしてんのか。


「ルーシーさん、お久しぶりです」

「サージスさん、お久しぶりって団長だったわね」

「あなた方の前では自分はまだまだですよ」

 苛立つ俺の後ろから聞こえた会話はサージス団長と知らない声。振り向けば焦げ茶色の長い髪を一纏めにした背の高い女性がいた。軽さ重視の薄い防具を身に付けてはいるが、武器も持たず団長と親しげに話をしている。団長がまだまだなら俺達は赤ん坊じゃないか。一体、誰なんだ?

「ルーシー、早かったな」

「マーク。だって楽しみで仕方なかったのよ」

 マーク教官と笑顔で親しげに話す姿に婚約者だろうと思うが、この女性がハンター?女性の割には背が高いが、特別、筋力があるようにも魔法が強い様にも見えない。街中に何処にでも居そうな普通の一般人にしか見えない。

「早速やるか」

「えぇ、宜しくね」

 二人は当たり前の様に訓練場に向かって歩き出す。その後ろ姿を呆然と見ていると、団長から小さな笑い声が聞こえた。

「二人の戦いは勉強になります。見学者席から見て学びなさい」

「良いんですか!ありがとうございます」

 マーク教官に憧れる同期は団長に頭を下げると、近くにいたメンバーを誘ってさっさと訓練場に向かった。

「君は行かないのですか?」

「あの……あの女性では教官の相手は出来ないのではないでしょうか?」

「フフ、君も見た目に騙されましたか」

「え?」

「彼女は教官より強いですから、しっかりその目で確認しなさい」

 団長にそう言われた次の瞬間、ドンと大きな音と共に衝撃波が体を揺らした。

「もう始めたんですか。お二人共、元気ですね」

 団長は笑いながら訓練場に向かって歩き出す。慌ててその後ろを追い掛けて着いた訓練場では、先程の女性の髪が赤く染まって揺れていた。え?魔力の量がさっきと違う?

開放オープン

 女性が一言、呟くと彼女の両手には双剣が現れた。教官も滅多に使わない長剣を構えている。あれは確か威力が強すぎるから訓練中は使用しないって言ってなかったか?

「いくぞ」

「どうぞ」

 その言葉を最後に二人の姿が一瞬で視界から消えた。見学者席にいた訓練生が全員、驚いて視線を彷徨わせる中で団長だけは二人の姿を捉えていた。

「皆さん、上です」

 団長の言葉に合わせて全員が上に顔を向けると、氷の槍を剣で捌く教官と笑顔を浮かべながら次の魔法を放つ女性が見えた。

「どうして空中に……」

「身体強化での跳躍と風魔法で自分を浮かせています」

「え?魔法を自分に使いながら更に攻撃まで……」

 誰かの呟きが聞こえたが俺は声も出せずに二人の動きを見ている。

 教官が剣に魔力を流していると、女性も剣に魔力を流し次の攻撃を仕掛ける。次の攻撃が雷魔法だった事にも驚いたが、雷は囮で続け様に風魔法で何か飛ばした。

「二属性同時」

 二属性同時もあり得ないがさっきの氷も入れると三属性。一般人にも複数属性持ちがいるのか。

「彼女の魔法は五属性です」

 五属性?水、風、土、雷、火って事は……

「へ?それって全属性じゃ」

「いいえ、光と闇は使えないそうです」

 誰かの呟きに答えた団長は驚く素振りもなく当然という顔で二人を見ている。団長、それは全属性とほぼ変わらないと思います。きっとその場にいた全員が同じ事を考えたと思う。カンと金属音が聞こえて視線を団長から音のした方向に向けると、教官の剣を交差させた双剣で受け止めた女性が、蹴りを繰り出し教官は避ける為か後ろに飛んだ。

「は、速い」

「まだ、全力ではないですね。二人が全力でやると建物が壊れますからね」

 団長が不吉な事を言う。壊れる?結界魔法で世界的に有名なギルマスの魔法が掛かったこの場所が?魔法が当たってもビクともしない結界が?……本気まじか……

「今日は動きが鈍いわね」

「君のスピードが上がっただけだろう」

 軽い口調で会話しながら後ろに下がった教官が剣を構えなおすと、“神速” と呟き一瞬で視界から消えた。

「え?今の魔法騎士しか使えないはずじゃ……」

「マーク教官は魔法騎士です」

 魔法騎士……だからあんなに強いのか。何処か納得する言葉を聞きながら、目で追う事すら難しい二人の動きを追う。魔法で加速した教官の剣を躱した女性が地面に降りると、植物の蔓が現れ巻き付こうとして切り落とされ逆に教官に向かって飛んだ。

「チッ」

 教官は舌打ちすると飛んで来た蔓を剣で凪払った次の瞬間、女性は教官の後ろから喉元に剣を突きつけていた。

本気まじか」

 誰かが俺の心の声を代弁した。教官の中でも最強のマーク教官に勝った。目の前の光景に驚き過ぎて誰一人、次の言葉を言えなかった。

「あー、すっきりしたわ」

「まったく君の相手は命掛けだな」

「冗談。後、一秒遅れていたら私の負けよ」

 そう言った女性は空中に手を伸ばすと何かを掴む仕草をした。訓練生は全員、訳が分からないという表情をして見ていると、女性が開いた手の中に植物の棘。確かマーク教官って土属性で植物を使うんだよな?でも、アレが刺されば命が危ないよな?

「あー、楽しかったわ。次は何時、出来るかしらね」

「結界が持たないからな。メイソンに聞いてみないと分からんな」

「残念」

 え?命掛けなのに楽しかった?どっちもそうなのか?二人は普通の会話をしながら後片付けを始める。魔法の衝撃波でボコボコと穴の開いた地面に手をつけた女性が魔力を流す。一瞬だけ赤く光った地面に穴は一つも見当たらなかった。その上、“ついでだから”と言って建物に開いた穴や傷まで修理した女性は、俺達に向かって訓練の邪魔をした事を謝ってから帰った。
 邪魔じゃないです。と言うかレベルが違い過ぎて何も言えない。こんな時、呆然自失って言うだろうな。

「君達もお二人を見習って訓練に励みなさい」

 団長はそう言うと訓練所を出て二人の元へ向かった。残された俺達は互いに顔を見合わせて、大きなため息を吐き出した。


「アレを目指すの無理じゃね?」

「「「だよな」」」






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