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54 side マーク
しおりを挟む「マーク避けてね」
ハリーの言葉に反応して体は無意識に横に大きく飛んだ。のんびりした声に反して、敵に向かって飛んでいったのはサラが吐いた炎だった。
「何だコレは?」
体全体が炎に包まれたアラン殿は呆然としながら、燃える自分の手を見つめている。その表情に死への恐怖は微塵もない。ただ状況が理解出来ない様だった。
「その炎はね、闇だけを燃やすんだよ」
サラが言うにはファイアドラゴンの業火には人の闇や取り憑いた魔物だけを燃やす効果があるらしい。ハリーの指示でメイソンが魔物拘束の結界でアラン殿を囲った。
「……闇だけ……もう大丈夫ね」
ルーシーの小さな声が聞こえて振り向くと、彼女は草の上に座り込んでいた。アラン殿に気を取られていた俺は、彼女が被弾している事に今頃気付いた。
「ルーシー!?」
駆け寄れば微かに微笑んだ彼女がゆっくりと目を閉じる。被弾した右肩は黒く変色し、その近くの髪は耳より下の部分がなくなっていた。誰かの息を飲む音がやけに響く。木の様に燃やし尽くしたりしないが、何かしらの影響がある事がみて取れる。アラン殿に問い質そうにも、彼はいまだ炎に包まれている。一番、魔法道具に詳しい人物はとてもじゃないが話出来る様には見えん。どうしたらいいんだ。
「ルーシーは大丈夫だよ」
サラがそう言うと彼女の黒い肩に触れながら、目を閉じて人には聞き取れない音を発すると赤く発光する。数秒の後、光が収まるとルーシーの肩は元の色に戻っていた。
「闇だけを取りのぞいたよ。でも……ルーシー疲れているから寝たんだよ」
「疲れて……一体、どうなっているんだ?」
サラの言葉の意味が分からず尋ねると、まゆを下げ困った様な表情に変わった。
「僕との仮契約を解除したから魔力が減っているの。魔力が戻る前に怪我したから回復に時間が掛かるんだよ」
「……どれくらい掛かる?」
「分からない。人間とドラゴンでは回復の時間が違うから」
俯いて弱々しく頭を横に振るサラにこれ以上何も聞けなかった。落ち込むサラを抱き締め慰めながら、ハリーがまだ調査途中だと前置きして魔法道具の影響を話し始めた。
「一部の魔法道具が貴族の家に受け継がれているのは、その家の固有魔力に反応するからなんだけど分かる?」
ハリーの言葉に黙って頷くと続きを話し始めた。魔法道具は力が強い物ほど対で造られているらしい。術の反動軽減の為、ブローチの時の様に暴走した時に抑える為でもある。
「貴族は不祥事を嫌がるからね。ルーシーさんが無事だったのも、魔法道具を身に付けていたからだと思うよ~」
説明を聞きながらアラン殿に視線を向けると、黒く染まっていた髪が燃えて銀髪の部分のみが残っている。
「彼は何時まで、あのままなんだ?」
「体の闇が燃え尽きるまでなんだけど~相当、染み込んでるから正直な話し分かんないんだよね」
口から黒い煙の様なものを吐き出したアラン殿が喉を抑えて踞る。結界のせいか炎のせいか彼の声は何も聞こえなかった。
「その腕輪があの人の魔法道具の対になっているかも知れないね。だから欲しかったのかも」
「なる程……対か……」
正直なところハリーの話しを全て理解した訳ではなかったが、恐らく血縁者でない俺では対の効果は無いに等しいのだろう。
ルーシーの負担になる事は避けたい。
そう考えた時、思い付いた事は自分がやる以外になかった。ハリーから離れアラン殿の前に立つと、彼は苦し気に顔を歪ませ俺に向かって手を伸ばしたが結界に弾かれた。
「貴殿が何を求めるか知らんが、その手を掴めば変わるのか?」
こちらの声は伝わった様で何度も頭を縦に振る。メイソンに視線を向けると、一度だけ頷き結界を消した。踠きながら必死に手を伸ばすアラン殿の手を俺が掴むと、彼は更に苦し気に顔を歪めた。何だ……掴んだ手から魔力が流れて来る。その意味が分からずハリーに視線を向けると、黙ってアラン殿を見ていた。
「マークの腕輪が闇に染まった魔力を吸収しているんだよ。黒い魔力が全て無くなれば彼は助かるはずだけどねぇ」
「……魔力切れになるか、命が尽きるか」
「そうだね~尽きると思うよ」
ルーシーの様に魔力切れで深い眠りにつく事は稀で、多くの場合は魔力が回復する前に先に命が尽きる。元々の魔力の総量に対して黒い魔力がどれ程を占めるか次第で、その後が決まるとハリーは言った。彼は元々、それほど魔力は多くないと記憶している。その事が原因でかなりの劣等感をルーシーの父親に持っていたらしいが、この苦しみ方は尋常ではない。
アラン殿を取り巻く炎が小さくなり黒く染まる瞳が一瞬だけ大きく開かれると、彼は俺の手を振り払い両手で顔を覆い踞った。この瞳も染まっていたのか……これでは視力は失うかもしれないな。
「マーク、このおっさんをどうするんだ?」
メイソンが腕を組み不機嫌な表情でアラン殿を見ている。この燃えている状態では動かす事も難しいが……
「結界で囲めば運べるか?」
「空間遮断を使えば炎の影響を抑えて運べるぞ」
「その炎は人や物には燃え移らないから普通に運んでも大丈夫だよ~」
ハリーの助言を聞いて移動の計画を頭の中で考える。アラン殿は荷車に乗せて城内の独房に入れるとして、人目につかない路順の確認と、ルーシーは……俺の家で休ませるのが安全か。
「ルーシーさんはマークの家で預かってよ」
ハリーの言葉に真意を尋ねようと視線をむけると、彼は俺に意味ありげな視線を向けていた。これは何か企んでいる顔だな……
「勿論、そのつもりだが急にどうした?」
俺の質問には答えずサラと一緒にルーシーの側に膝をつくと二人で何かを囁く。ルーシーの体がフワリと浮かぶと、周りの草木から小さな光の粒が飛び出し集まり彼女の体に吸い込まれて消えた。
「今、何をした」
「自然の力を借りて回復を加速せたよ~」
「「は?」」
ハリーは冬眠させたと言うが一体、何の話だ。何時ものやる気のない気の緩い口調でサラと協力して更に深く眠らせ、生命維持の為に必要最低限の力以外使わない様にしたと言った。
「仮死状態って言えば近いかな?バレると面倒臭いからマークが保護してよ~」
「……分かった。兎に角、先ずは彼女をベッドで休ませたい」
俺の言葉に全員が頷くと、ハリーが俺とルーシーを先に家に転移させてくれた。
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