上 下
51 / 59

51

しおりを挟む
 目の痛みに呻く魔術師さんには悪いけど、先に土壁で目隠しを作ってサラに私の服を着せた。羨ましいくらいスタイル良いわね……胸がキツそう。

「ちょっとサイズが小さいわね」

「大丈夫。動きやすいよ」

「髪を纏めるから後ろ向いて頂戴」

 サラサラ流れる金色の髪を緩い三つ編みにして一束に纏めると、最後にクルッと巻いてお団子にした。

「ルーシー凄い!これなら邪魔にならないよ。ありがとう」

 抱きついて喜ぶサラを宥めながら土壁を消すと、少し疲れた様な表情の魔術師さんが彼女を見て目を見開いた。あら?何かしら?驚いた様な顔をしているわ。

「魔術師さん、痛みは治まったのかしら?」

「あぁ……うん。もう大丈夫~」

 団長さんに上着を返してサラに詳しく聞くと、ドラゴンは番に合わせて姿が変えられるらしい。らしいって言うのも話を聞いただけで、ドラゴン以外の番と一緒にいる姿は見たことが無いとか。ドラゴンにとって番の存在は絶対って聞いた事を思い出し、見たこともない相手をどうやって探すのか疑問が浮かんだ。

「でも、どうして番って分かるのかしら?」

「産まれた時からね夢を見るんだよ。番の顔や特徴が夢に出てくるんだ」

「夢にねぇ……番が見つかったのなら私と契約するのは止めた方が良いんじゃないかしら?」

 ウッと言葉に詰まるサラを見ていると、何か悩んでいる様にみえた。番が絶対って事は主従契約より番を優先するって事よね?もし、その事でサラが傷付くなら、やっぱり契約はしない方が良いわね。

「魔術師さん、仮契約を解除して欲しいの」

「ルーシー待って!僕は嫌だよ」

「ねぇサラ。昔、ドラゴンは番が絶対だって聞いた事があるの。そうなんでしょう?」

 私の問いにサラは完全に俯いてしまう。握られた手が微かに震えていて、見ている自分まで苦しくなる。

「うん、そうだよ。番と出会うと全てにおいて番が一番優先」

 少しの沈黙のあとポツリと言ったサラの言葉は重い。やっぱり私の予想は間違っていないみたいね。契約で縛れば苦しむのはサラだわ。

「主従契約で縛れば貴女が苦しむわ。だから解除するの」

「分かってる……ルーシーが言いたい事は分かるよ。契約を破れば僕もルーシーも怪我するって。だからダメなんでしょう?」

 私が黙って頷くと、黙って見守っていた二人から息を飲み込む音が聞こえた。怪我をするって分かっていて私は無視は出来ないわ。

「私は契約なんてしなくてもサラと友達でしょう。だから解除しましょう」

 サラの両手を握って視線を合わせる。姿は人間の大人なのに中身は幼い子供の様で、酷くバランスの悪いその姿に不安を覚えた。

「私と一緒にいる事と契約は関係ないでしょう?」

「だって!ルーシーは逃げちゃうじゃないか!自分から回りから逃げて一人になろうとするから嫌だよ」

「サラ……」

 ずっと俯いていた顔を上げたサラの目には戸惑いと怒りの色が浮かんでいた。何かを堪えるその姿に掛ける言葉が見つからない。大きく息を吐き出す音に振り返ると、魔術師さんが腕を組んでいた。何……機嫌が悪い?

「君の名前は、サラっていうの?」

「うん、ルーシーがつけてくれた名前だよ」

「番って事は僕のお嫁さんって事だよね」

「うん、人間ではそうかな?」

 サラの言葉を聞いて何度も頷く魔術師さんは、団長さんも顔が引きつるくらい機嫌が悪い。機嫌の悪さに気付いていないサラは、目の前に立った魔術師さんを不思議そうに見上げた。

「何だろう。ムカつくんだよね~僕の事はどうでも良いの?」

「そうじゃないけど……」

「僕はハリー。さっさと仮契約を解除して僕の家に帰ろう」

 へ?ま、魔術師さん?……どうしたのその態度。団長さんもどうして気の毒そうな表情でサラを見ているの?
 状況についていけない私が唖然としている目の前で、魔術師さんが杖を取り出し何かを呟いた後で杖を高く上げる。フワリと前髪を揺らす程度の風が吹いたかと思うと、私の体の中から何かが抜ける感覚のあと急に足から力が抜ける。軽い貧血の様な症状に戸惑う私をサラが泣きそうな顔で見ている。えっと……何かしら……考えが纏まらないわ……

「ハリー」

 フラリと揺れる私の体を団長さんが支えながら魔術師さんに鋭い視線を向けていた。

「ルーシーさんの症状は仮で繋がっていた魔力を切ったせいね。解除は完了しているから二日か三日で治まる。安心して」

「えぇ、分かったわ」

 どこか苛立たしげに髪を掻き上げる魔術師さんは、サラの手を握ったまま団長さんに視線を向ける。彼はニタッと笑うと一瞬で足元に魔方陣を作り上げた。

「マーク!後で迎えに来るからちゃんと話し合いなよ~じゃあね」

「おい、待て!ハリー!!」

 焦るサラと目があったのは一瞬。魔術師さんが手を振ると二人の姿は視界から消えた。えっと……話し合い?

「はぁ……すまない」

「団長さん?」

「ハリーのヤツ、嫉妬したみたいだ」

 魔術師さんが消えた場所を見詰めていた私の横で、団長さんが疲れた様に肩を落とす。あー、さっき不機嫌な態度だったのはそれなのね。分かりにくいわねぇ……うん?出会ったばかりで嫉妬?

「アイツは好きな者を大切にするが嫉妬深くて……サラに一目惚れしたようだな」

「あら……サラにとっては良かったのかしら?」

「どうだか……アイツかなり面倒臭いぞ。それよりルーシー」

 改めて名前を呼ばれて顔を向けると、団長さんの濃い緑の瞳が真っ直ぐに私を捉えた。

「サラが言った言葉の意味を教えてくれないか」

「言葉の意味……って言われても何もないわよ」

 団長さんの目が怖くて下がろうとしたけど、手首を掴まれ阻まれる。クラリと軽い眩暈の覚えた私の視界から森が消え、濃紺の制服とハーブの様な緑の匂いに包まれた。

「どうして逃げるんだ」

 逃げる?誰が?サラも団長さんも何を言っているのかしら?私は……私は……

ドクン

「私は……」

ドクン

 自分の心臓の音がやけに耳につく。自分の事なのに言葉が見つからない。

私が逃げるって……何から?


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生幼女具現化スキルでハードな異世界生活

高梨
ファンタジー
ストレス社会、労働社会、希薄な社会、それに揉まれ石化した心で唯一の親友を守って私は死んだ……のだけれども、死後に閻魔に下されたのは願ってもない異世界転生の判決だった。 黒髪ロングのアメジストの眼をもつ美少女転生して、 接客業後遺症の無表情と接客業の武器営業スマイルと、勝手に進んで行く周りにゲンナリしながら彼女は異世界でくらします。考えてるのに最終的にめんどくさくなって突拍子もないことをしでかして周りに振り回されると同じくらい周りを振り回します。  中性パッツン氷帝と黒の『ナンでも?』できる少女の恋愛ファンタジー。平穏は遙か彼方の代物……この物語をどうぞ見届けてくださいませ。  無表情中性おかっぱ王子?、純粋培養王女、オカマ、下働き大好き系国王、考え過ぎて首を落としたまま過ごす医者、女装メイド男の娘。 猫耳獣人なんでもござれ……。  ほの暗い恋愛ありファンタジーの始まります。 R15タグのように15に収まる範囲の描写がありますご注意ください。 そして『ほの暗いです』

転生先ではゆっくりと生きたい

ひつじ
ファンタジー
勉強を頑張っても、仕事を頑張っても誰からも愛されなかったし必要とされなかった藤田明彦。 事故で死んだ明彦が出会ったのは…… 転生先では愛されたいし必要とされたい。明彦改めソラはこの広い空を見ながらゆっくりと生きることを決めた 小説家になろうでも連載中です。 なろうの方が話数が多いです。 https://ncode.syosetu.com/n8964gh/

【本編完結】ただの平凡令嬢なので、姉に婚約者を取られました。

138ネコ@書籍化&コミカライズしました
ファンタジー
「誰にも出来ないような事は求めないから、せめて人並みになってくれ」  お父様にそう言われ、平凡になるためにたゆまぬ努力をしたつもりです。  賢者様が使ったとされる神級魔法を会得し、復活した魔王をかつての勇者様のように倒し、領民に慕われた名領主のように領地を治めました。  誰にも出来ないような事は、私には出来ません。私に出来るのは、誰かがやれる事を平凡に努めてきただけ。  そんな平凡な私だから、非凡な姉に婚約者を奪われてしまうのは、仕方がない事なのです。  諦めきれない私は、せめて平凡なりに仕返しをしてみようと思います。

野生児少女の生存日記

花見酒
ファンタジー
とある村に住んでいた少女、とある鑑定式にて自身の適性が無属性だった事で危険な森に置き去りにされ、その森で生き延びた少女の物語

とんでもないモノを招いてしまった~聖女は召喚した世界で遊ぶ~

こもろう
ファンタジー
ストルト王国が国内に発生する瘴気を浄化させるために異世界から聖女を召喚した。 召喚されたのは二人の少女。一人は朗らかな美少女。もう一人は陰気な不細工少女。 美少女にのみ浄化の力があったため、不細工な方の少女は王宮から追い出してしまう。 そして美少女を懐柔しようとするが……

パーティー会場で婚約破棄するなんて、物語の中だけだと思います

みこと
ファンタジー
「マルティーナ!貴様はルシア・エレーロ男爵令嬢に悪質な虐めをしていたな。そのような者は俺の妃として相応しくない。よって貴様との婚約の破棄そして、ルシアとの婚約をここに宣言する!!」 ここ、魔術学院の創立記念パーティーの最中、壇上から声高らかに宣言したのは、ベルナルド・アルガンデ。ここ、アルガンデ王国の王太子だ。 何故かふわふわピンク髪の女性がベルナルド王太子にぶら下がって、大きな胸を押し付けている。 私、マルティーナはフローレス侯爵家の次女。残念ながらこのベルナルド王太子の婚約者である。 パーティー会場で婚約破棄って、物語の中だけだと思っていたらこのザマです。 設定はゆるいです。色々とご容赦お願い致しますm(*_ _)m

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

婚約破棄され逃げ出した転生令嬢は、最強の安住の地を夢見る

拓海のり
ファンタジー
 階段から落ちて死んだ私は、神様に【救急箱】を貰って異世界に転生したけれど、前世の記憶を思い出したのが婚約破棄の現場で、私が断罪される方だった。  頼みのギフト【救急箱】から出て来るのは、使うのを躊躇うような怖い物が沢山。出会う人々はみんな訳ありで兵士に追われているし、こんな世界で私は生きて行けるのだろうか。  破滅型の転生令嬢、腹黒陰謀型の年下少年、腕の立つ元冒険者の護衛騎士、ほんわり癒し系聖女、魔獣使いの半魔、暗部一族の騎士。転生令嬢と訳ありな皆さん。  ゆるゆる異世界ファンタジー、ご都合主義満載です。  タイトル色々いじっています。他サイトにも投稿しています。 完結しました。ありがとうございました。

処理中です...