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 シャワーで汗を流してさっぱりした私は、届けて貰った着替えに袖を通した。ベッドの端に座り窓の外を眺めていたけど、城内とはいえ団長さんの私室にいる事が何だか落ち着かない。しかも、届いた服は庶民には手の出せない高級品。着替えはありがたいのだけど……金額が怖いわ。早く家に帰って普段着に着替えたいわねぇ。

「ルーシー、入っても大丈夫か?」

 そんな事を考えていた時、ノックと共に聞こえた団長さんの声に返事をすると、食事を乗せたワゴンを押して入って来た。団長さんの大きな体にワゴンは小さ過ぎて使い辛そうで、国の偉い人にこんな事までさせて申し訳なく感じた。
 普段は気安い雰囲気だけど、この国の騎士団のトップ。ギルマスも魔術師さんも本来なら会う事すら無い様な遠い存在なのに……

「ごめんなさい、こんな事までさせて」

「気にするな。余計な人には会いたくないだろう」

「それはそうだけど団長さんは忙しいじゃないの」

 俯いてしまう私の目の前にワゴンを止めると、団長さんが食べる様に勧めてくれる。それでも手が出ずにいると団長さんの大きな手に、頭を撫でられて肩がピクッと小さく跳ねた。

「仕事も気にするな。メイソンとハリーにやらせている」

 団長さんの言葉に驚いて顔を上げると、彼は笑いながら今までの迷惑料だなんて言っている。ギルマスはともかく魔術師さんは大丈夫なのかしら?

「普段は頼りない奴らだが頭はキレるし仕事も早い。やる気がないだけだな」

「仲が良いのね……羨ましいわ」

 三人の気安い態度に私は羨ましいと思った。私にはそんな気安い仲間はもう居ない。ダイと組む前はソロか父とペアだったし、二人以外とはタイミングが合わずずっと相棒はいなかった。

「羨ましいか?まぁ、仲は良いが戦闘では合わせにくいな」

 三人の連携が取れていると思っていた私が、不思議に思って首を傾げると団長さんは苦笑いしながらベッドの脇の椅子に座った。

「お腹は空いていないのか?」

「あ……ごめん……ッ!?」

 食事をしてない事を指摘されて謝ろうとした私の口に、団長さんは千切ったパンを押し込んだ。ちょっと!!何を考えているのよ!

「謝るくらいなら食べろ。人には注意して自分は食べないのか?」

 以前、朝食を摂らずに団長さんが家を出ようとして止めた事を言っているのかしら?それとこれとは……
 言いたい事は沢山あるけど、口の中が空になるタイミングで次のパンを入れる団長さんに、ムッと抗議の視線を向けると彼は楽し気に笑っている。その無邪気な笑顔に何も言えなくなった。

「こんな時は“ありがとう”だろう。早く食べないと冷めるぞ」

「……ありがとう……」

 お祈りをしてスープに口をつけると団長さんは安堵の表情を浮かべた。パンとスープを食べきるまでずっと見られていた私は居心地が悪かった。

「三日ぶりなんだ。もっと食べなくて大丈夫なのか?」

「大丈夫よ。魔力の使い過ぎで寝ていただけだもの」

「そうか……では、君が寝ていた間の話をしても」

「マーク!一人だけ狡いよ!!」

 ドアが壊れそうな勢いで開いた次の瞬間、魔術師さんが少し怒った様な声で入って来た。

 え?狡いよ?何が?混乱で動けない私の目の前で、魔術師さんは“僕も心配だったのに”とか“抜け駆け禁止”とか意味の分からない事を団長さんに言っていた。

「ハリー、分かったから静かにしろ。ルーシーも驚いているぞ」

 私の名前を出した途端、ピタッと動きを止めた魔術師さんが団長さんから視線をゆっくりと私に向ける。暫し無言の後で勢いよく頭を下げた。……本当にこの人の行動は理解出来ないわねぇ……
 染々とそう感じていると、団長さんが申し訳なさそうな表情で私を見ていた。

「煩くてごめんね~。僕もルーシーさんが心配だったのにマークのヤツ、会わせてくれないからさぁ~それにフガ!?」

「お前は、まだ仕事が終わっていないだろう!」

 まだ何か言おうとした魔術師さんの口を押さえた団長さんは、何かを言いながら抵抗する彼をを無理矢理部屋の外へと追い出してドアに鍵を掛けた。ハーと肩で息をした団長さんが頭を掻きながら謝ると、再び椅子に座って私が寝ていた間の話を教えてくれた。

 黒い靄は首都からもハッキリ見えるほど集まったらしい。自分達が地下で対峙していた時、上では大騒ぎ。団長さんが避難指示を出していたお陰で怪我人などはいなかった。だけど……

「私の存在がバレたって、どういう事なのかしら?」

「一般人である君の存在を極秘にしたかったが、結界の外から見ていた者がいて、そこから広がってしまったんだ」

 広がってしまった?城内にってことよね……そう言えば目を覚ました時、団長さんは丁寧な言葉使いで誰かと話をしていた……相手が団長さんより偉い人ってことよね?

「私が起きた時にいた人達は」

「陛下と正妃のお二人だ」

「……両親の事は……」

「バレた」

 頭を抱えてしまった私に追い討ちを掛ける様に、両陛下に私達家族を貴族席に戻したらどうかとか、城で雇ったらどうだとか言われているって……私達は平民で良いのよ。家族で平和に暮らしたいだけなのに、貴族なんてごめんよ。

「君が嫌がるだろうと思って断ってはいるが、一度、直接話しがしたいそうだ」

「……両陛下を前に礼儀作法なんて私は知らないわよ」

「それも言ったがお二人が引かなくてな……すまん」

 これ以上、嫌がっても団長さんが板挟みになるだけで話しは進まないわね。私が了承するしかないじゃない。

「分かったわ。何時なら話が出来るのかしら?早く家に帰って兄妹に会いたいわ」

「明後日に時間を作ってある。今日はこのまま家に帰って大丈夫だ」

 帰れると聞いて安心した私は肩の力が抜けた。団長さんが帰宅する時に合わせてギルマスが魔道馬車を出してくれる事になったらしい。ギルマスの馬車?

「ギルマスの魔道馬車って普通の馬車よね?」

「はぁ……諦めろ」

 団長さんの深いため息を聞いて私は全てを悟った。


 安全には帰れないのね

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