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 団長さんが言った通り一時的に仕事が溜まっていただけだったのか、夜中まで仕事をしていたのは夜食を持って行ったあの一回だけだった。その後は午後に帰宅して私と一緒に昼食を食べて訓練をする。兄妹が帰宅すると弟に型や素振りを指導する。そんな生活が一週間続いた頃に、団長さんが両親の事故の事で進展があった事を教えてくれた。


 話が長くなるからと昼食の後、書斎に移動した私達はソファーに向かい合わせで座った。そして話が始まると、汚職事件も発覚したと言う。えっと……書類の空欄が問題じゃなかったのかしら?どうしよう……もう話に付いていけないわ。

「汚職って何の話なの?書類の空欄が問題だったのよね?」

「事故の書類を捜査していると別で国が管理する書類の改竄が見付かったんだ」

 そう言って『ギー』と言う人物の調査報告書を差し出した。

「報告書って一般人が読んで良いものなの?」

「それは遺族である君達に渡す書類だから安心して読んでくれ」

 本来なら事故の場合、捜査報告書を家族にも渡すらしい。私や後見人の院長が受け取って無い時点でおかしいって言われても知らないわよ。そう思いながら報告書を読んでいくと、自分でも血の気が引いていくのが分かった。
 え?偽物の住所の記載に、登記の改竄と破棄……しかも、『ギー』は偽名で、団長さんを斬りつけた元護衛。

「本当なのこれ?話についていけないわ。元王子の護衛が何の関係があるのかしら?」

「父親の親族で君の従兄だ。ジェットの父親は素行の悪さを理由に跡目から外し、君の父親か君達兄妹の誰かに譲ろうとしていたようだ」

「そんな話は一度も聞いた事ないわ」

「だろうな。君達の両親は平民育ちの自分達には無理だと断り、ジェットの父親も了承した。遠縁の親戚筋から養子を貰う準備もしている」

「じゃあ、両親は誤解から殺されたというの?自分の事は棚上げして、両親に八つ当たりでもしたというの?」

 苛立ち混じりに団長さんに投げ付けた言葉に、彼はゆっくりと首を横に振った。

「ジェットは自分が跡目から外されている事を知らなかった。どうやら君達の祖父が父親に財産を残していたようだ」

「祖父が?父親は一度しか会った事は無いと言っていたわよ」

「その時、貴族になることを断り相続も辞退したそうだが、祖父は一つだけでもと屋敷を父親に残した」

 “屋敷”と聞いて報告書に視線を落とす。まさか、公園になっていた屋敷って……

「その公園にあった屋敷が、君達の父親が相続するはずだった屋敷だ。ジェットは借金返済の為に家族に何も言わずに売り、その発覚を遅らす為に馬車を暴走させた」

 遅らす為に……でも、どうしてそんな事をしたのかしら?そんな事しなくても両親は欲しいなら屋敷は彼に渡したし、何も文句は言わなかったはずだわ。それなのに……
 理不尽な理由にやり場のない怒りが込み上げる。そして、ここから汚職事件の発端になったと言う団長さんの瞳には、私よりも強い怒りの炎が浮かんでいた。

「ジェットは登記書類を破棄すればバレないと思っていた様だが、事故の調書のサインがあった一人が気付いてジェットを脅迫した」

「借金があったのよね?」

 脅迫と聞いて私が思い浮かんだのは金品の要求だったけど、彼等は互いに協力してお金を稼ぐ事にしたらしい。協力して稼ぐって……最初に言っていた汚職の事かしら?

「貴族から金で依頼を受け、書類の改竄や破棄をやっていたんだ」

 “救い様の無い屑ね”

 そんな事を考えながらも不思議と犯人対する怒りが落ちつき、これからの事を冷静に考え始める自分に少し驚いた。あら?……自分でも驚くほど冷静だわ。何故……あぁ、私以上に怒っている人が目の前にいるからかもしれないわね。

「意外と冷静なんだな」

「そうね……私も不思議だわ。もっと怒りがわくと思っていたもの」

 私がそう言うと団長さんが、ゆっくりと息を吐き出して顔を手で覆い隠した。

「すまない。自分の方が冷静にならなければと思うが……」

 怒りが治まらないのか俯いたまま動かない団長さんの姿に、私の顔には笑みが浮かんだ。こんなに他人の私達、家族の事を考えて怒ってくれる人はいないわね。

「ありがとう団長さん」

 私は団長さんに対して、自然とお礼の言葉を口にした。

出会いは偶然。
ただの治療師と患者。


 たまたま、騎士団団長が私の患者だっただけで、国のトップである陛下が見舞いに来て、ずっと放置されていた両親の事故の事を調べて貰えて……

「私達、家族は幸せね」

「何故だ?」

 私の言葉が意外だったのか、団長さんは驚いたような表情で私を見た。

「偶然が重なって、自分達の良い方向へ進み出す……こんな幸運、なかなかないわよねぇ、団長さん?」

 首を傾げて尋ねれば、団長さんは目を丸くして動かなくなっていた。フフ、あー可愛い顔。歳上に失礼だとは思うけどねぇ。

「まったく、君には敵わないな」

 フーと息を吐き出した団長さんの肩から力が抜ける。改めて向き直った彼は、犯人のこれからを教えてくれた。

「現在、取り調べ中だが既に失職、貴族追放と終身刑が確定している」

「随分、話が進んでいるのね」

「陛下は、国の腐った部分に手を入れる機会を待っていたんだ。今回、思いきった改革も進めるそうだ」

 自分達家族の事件が切っ掛けで、本当に大事おおごとになってしまったみたいね。貴族制度の改変に一般人登用枠の増加。そして……

「貴族制度の廃止?」

「あぁ、市民が選挙で代表を決めて、代表達が国をまわす。隣国の制度を取り入れ王族、貴族を完全に廃止する気だ」

 意気揚々と語る団長さんの言葉を、私は直ぐに同意する事は出来なかった。そんな簡単にはいかない。特権を簡単には取り上げられるはずないし反対も多いはず。何年先になるか分からない事を本気で今からやるつもりみたいね。

「そう……大変ね。何年先になるかしら?でも、今から楽しみだわ」

 私にはそんな言葉しか出て来なかった。でも、団長さんは笑って私の言葉に頷いた。

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